俺は昔、24時間営業の喫茶店でバイトしてたんだが、その店では本当にいろんな事があったんだ。
数え切れないくらいの……その中でも特に、店の常連客でもある、通称メロンちゃん(メロンソーダばかり頼む彼女に対し、バイト仲間達が勝手につけたあだ名)という女の子が絡むと、本当に怖い体験をする事が多々あった。
今からその一部を話したいと思う。良ければ最後まで付き合ってくれ。
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まだ8月半ばを過ぎた夏の時期、少し肌寒い秋風が、この町にも吹き始めた頃の事だった。
俺の住む町では、ちょっとした異音騒ぎが起こっていた。
夜中に、市消防本部や各警察署に「大きな爆発音が聞こえた」や、「隕石でも落ちたんじゃないか?かなり揺れた」など、通報や問い合わせが殺到したというのだ。
情報元はバラバラで、イタズラの可能性は低く、地方気象台によると、同市の震度計や風速計などに目立った変化はなかったという。
俺の周りでもけっこう騒がれていて、大学の友達、まあ俺は休学中なのだが、ともかく友人達の間でも話題となっていた。
が、その頃の俺は、喫茶店で起こったとある事件のせいで(この事件に関してはまたいつか…)、精神的にも肉体的にも追い詰められていて、町で起こっていた異音騒ぎにも、それほど関心を寄せてはいなかった。
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そんなある日の夜、俺はいつものように喫茶店の夜間アルバイトに来ていた。
ただ、今日の夜間はいつもとは違っていた。
台風だ。直撃は免れたものの、日本海側を通過した台風の暴風域の影響で、この日はゲリラ豪雨。
こんな日は、普通の店なら早々と閉店するのだろうが、あいにくとうちは余所とは違う。
店長曰く、こんな日こそ、困ったお客さんも多いだろうから、温かい珈琲でも入れて、冷え切った体のお客様を出迎えてあげようよ、とのこと。
まあそんな店長を、俺たちバイトは冷え切った目でみていたのだが……
ただ、こんな日の夜間は、普段の2オペから3オペへと変更される。さすがの店長も、非常事態であるという認識はあるようだ。
まあおかげで体調の思わしくない俺にとっては、非常にありがたい状況となった。
「店の中やっと落ち着きましたね、この雨はまだ止みそうにないけど……」
「だな……」
バイト仲間の唯ちゃんに言われ、俺も釣られるように窓に目をやった。
吹き付けるというよりも、もはや叩きつけるような雨だ。
唯ちゃんの言うように、いつ止むかも見等がつかない。
ちなみに唯ちゃんは、普段は昼勤なのだが、家も近いといこともあり、今日一日だけ夜間の臨時アルバイトに借り出された、哀れな子だ。
活発な子で愛想もよく、うちの看板娘の一人でもある。らしい、俺はそこまで詳しくはない。
20歳になったばかりで、人生初のアルバイト先がここだと本人から聞いた事があるが、それがよりにもよってっここかよと、俺は素直に思った。
冒頭でも書いたが、この店はとにかく変な客が多い。
霊道だの溜まりやすい場所だの、意味不明なこともたくさん言われたが、生身の人間も例外ではない。
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例えば今まさに、カウンター斜め向かい側のテーブル席に座る、深夜の常連客、通称メロンちゃん。
メロンソーダばかり頼む彼女に対し、バイト仲間が勝手につけたあだ名の彼女こそ、この店の変な客の代表格と言ってもいい。黙っていれば美少女なのだが、その本性はかなり危うい。
実際に俺はこのメロンちゃんのおかげで様々な怪事件に遭遇している。
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「あれ?今、なんか変な音しませんでした?」
ふと、窓の外に目をやっていた唯ちゃんが言った。
音?俺には何も聞こえなかったが、
「今なんか音した?」
「雷?」
「してないよ?」
「揺れた?」
「え~何も感じないけど?」
と、店内からは、客達のざわつく声が一斉に上がった。
外では、一寸先が見えないほどの大粒の雨が、滝のように降っている。
「雨の音じゃないの?風も強いし」
俺が言うと、唯ちゃんは首を傾げて見せた。
「う~ん、それとはちょっと違ったような……」
「そういえば、何か最近話題になってたよね。夜中に変な爆発音がした、とかさ」
俺は最近見たローカルニュースの事を思い出して言った。
夜中に突如聞こえた異音、友達からも、以前電話で聞かされた話だ。
「あ、そういえば、なんかニュースにもなってましたよね!音の発生源も分からなくて不気味だって、なんなんでしょうね、でも何かちょっとわくわくしちゃう」
「えっ?」
「あ、おかしいですかやっぱり?」
「あ、いや、別におかしいって事ないけど」
いやおかしいだろ、と心の中でとどめておく。
「何かほら、説明の付かない怪奇現象!みたいな?」
そういって唯ちゃんは嬉しそうに言った。
怪奇現象ならもう間に合ってる、と、俺は白い目でメロンちゃんの方を振り向く。
あれ?
何だろう、メロンちゃんの様子がおかしい。
震え……震えている?
よく見れば、メロンちゃんの肩は小刻みに揺れていた。
顔色もおかしい、普段は色白の肌が、今はどこか青ざめて見える。
「あっ!満月!」
「はい?」
突然の唯ちゃんの声に、俺は反射的に返事を返した。
「い、今一瞬外に満月が見えましたよ!?」
「ま、満月?いや、だって外は大雨だよ?」
「本当ですって!今一瞬だけ満月が……」
唯ちゃんはそう言って窓の外に目をやる。
外は濃い雨に閉ざされていた。月明かりなど微塵もない。
「あれ~?」
小首を傾げ訝しげな目で窓を見上げる唯ちゃん。
俺は車のヘッドライトか何かと見間違えたんだろうと、再度メロンちゃんの方に向き直った。
相変わらず様子が変だ。いつもの無表情な顔とは違い、あきらかに余裕のない顔。
さすがに心配になり、俺はメロンちゃんの側に行った。
見ると、メロンちゃんの顔には尋常じゃない汗が滲んでいた。
手はノートPCのキーボードに指を置いたまま、その指がカタカタと震えている。
明らかに異常だ。
「あ、あの、どうかしましたか?」
放っておけず、声を掛けるが反応はない。
「どこか具合が、」
言いかけた時だった。
「ご、ごめんなさい、許してください、良い子でいますから、ごめんなさい、ゆ、許してください……」
メロンちゃんの声だ。
何だ?どうした?いつもの彼女とは違って明らかにおかしい。いや、おかしいのはいつもの事だが、ともかくその様子は今までに見たこともない。
俺はいてもたってもいられず、メロンちゃんの肩を軽く叩いて見せた。
が、その時だった。
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店内が不意に暗くなった。
停電か?いや、停電とは違う、何だこれ?そう思った瞬間、
ズズーンッ
と、地響くような音が鳴った。
地震?いや、店内は揺れていない。
すると突然、窓の外辺りに光が集まっていた。
金色に爛々とした光、満月?
いや、余りに不自然な光。
不意に、メロンちゃんの肩に置いた俺の手が激しく震えた。
正確には俺の手ではなく、メロンちゃんの肩だ。
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思わず俺は置いた手を離した。すると、さっきの地響きが止み、店内に明かりが戻った。
店内は落ち着いていて、停電も満月も何もなかったかのような様子だ。
窓の外も、相変わらずの滝のような大雨。
「な、何だ今の……」
「ねえ、何かまた揺れなかった?」
「風でしょ?」
「月明かりでてない?」
「あるわけないじゃん」
店の中が、客達の声でまたもざわつく。
異音?揺れ?満月?
そして、極めつけはメロンちゃん……何だ?一体何が?
俺が困惑していると、不意にメロンちゃんが震える手で俺の手を握ってきた。
余りの事に俺は動揺し手を引っ込めようとしたが、メロンちゃんはその手を力強く握り、離そうとはしない。
が、その時だった。
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またもや店内が暗闇に包まれた。そして、
ズズーンッ
大きな地響きと揺れ、そして窓の外に広がる満月のような、満月の……
そこで、俺の思考は停止した。
まるで時が止まったかのように、俺の全身は凍りついた。
窓の外一杯に広がる丸い光、それは、それは……
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目だ。爬虫類を思わせるような目。
ギョロリとした、爛々と金色に輝く大きな瞳。
蛇のように縦長の黒い瞳が、店内を見回すようにギョロリと動き、俺とメロンちゃんに向いた。
「ひっく、い、良い子にしますから、ごめんなさい、ご、ごめんなさい……」
泣きじゃくるメロンちゃんの声に触発されてか、凍り付いていた俺の手に、僅かに血の気が戻った。
俺はその手でメロンちゃんの手を力強く握って見せた。それが精一杯の抵抗だ。
その瞬間、
オォォォッツ!!
と巨大な唸り声のような音が鳴ったと同時に、
ズズーンッ
と、大きな揺れを感じた。
窓の外には黒々とした、艶めかしい鱗のような物が蠢くのが見えたが、店の明かりが戻るのと同時に、外の景色も、先ほどと同じ雨の景色に戻っていた。
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「な、何なんだ今のは……」
そう言ってから、俺は店の柱に力なく寄りかかった。
メロンちゃんに握られていた手はいつの間にか離されており、俺の手のひらには、そのぬくもりだけが、僅かに残っていた。
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その後、あれだけの暴風雨は嘘のように止み、店内にいた客達も早々に店を後にした。
空にかかっていた雨雲は散り散りになり、眩いばかりの日の光が差し始めた頃、メロンちゃんは店を出ようとした。
帰り際、レジをしていた俺に、メロンちゃんはこう言った。
「ありがとう。でもこの事他の人にバラしたら、殴ります」
「えっ……」
「ちなみに私は右利きです」
そう言って自分の右手を見せてから、メロンちゃんは店を出ようとした。
訳が分からない、ただ、俺はどうしても気になってメロンちゃんに声を掛けた。
「あれは、あれはなんだったの?」
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そう聞くと、メロンちゃんは雲間から覗かせる光に目を細ませながら言った。
「決して、怒らせちゃいけない物……」
そう言って、メロンちゃんは去っていった。
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夜勤を終え、俺は家でシャワーを浴びていた。すると突然、遠くから、
ズズーンっと、大きな地響きが聞こえた。
耳を済ませる、その音がだんだんと遠くなり、やがては聞こえなくなったのを確認し、俺は胸を撫で下ろした。
膝がガクガクと笑っている。
そこで初めて、俺は震えていたんだと気がついた。
作者コオリノ
最後のセリフ「ちなみに私は右利きです」は、実際にメロンちゃんのモデルになった方に、私が以前言われた言葉です。
後にも先にも、私がこんなことを言われたのは、彼女だけです。
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