さて皆様、本日は真夏の屋内フェス「怖話百物語」にお集まり頂きまして誠に有難う御座います。僭越ながら司会担当を務めさせて頂きます、発起人のロビンミッシェルと申します。
今宵、皆様が繰り広げて頂く御話は、どれも実話に基づいて書かれた怪異の数々で御座います。
まだ真っ暗なこの会場に蝋燭が百本灯された時、私達の身に何かが起こるかも知れません。どうか貴方のその目で最後までしっかりとお見届け下さいませ候。
それでは始めましょうか…ひひ…
separator
一話目
【ツトム君】
俺は幼少期に片目の白濁した少年と遊んだ記憶がある。
彼は自分の事をツトム君と呼び、よく山や川でお互い泥だらけになりながら遊んだものだが、彼は同じ学校でもないし、そもそも俺は彼の家を知らない。
なぜならいつも現地集合、現地解散だったからだ。
その日、俺はいつもの様にじゃあな!と分かれた後、彼の家を知るべくこっそりと後を付けた。
暫くして彼が入っていった建物は、とても人が住めるような状況にない廃れたボロい平家だった。
辺りは薄暗くなり始めていたので少し怖かったのだが、俺は勇気を出して割れた硝子窓の隙間から家の中を覗いてみた。
するとまず目に飛び込んできたのは、床に転がる様々な動物の死骸達だった。
そして荒れた部屋の丁度真ん中辺りに中年の女性が一人、正座をしてこちらをジッと見つめている事に気づいた。
数秒、いや数分だったかも知れない。
俺はなぜかその女性から目を離す事ができずに、只々、そこで固まってしまっていた。
すると俺の脳裏に母親から何度も言われていた内容がふつふつと蘇ってきた。
「あの集落から外れた平家には絶対に近づいちゃダメよ」
なぜ?という俺の問いに母親は言った。
「この間、夫婦喧嘩の末に奥さんを刺し殺した犯人が、その後に自分の子供までも締め殺して床の下に隠していたんだって。
男はまだ捕まっていなくて、過去に動物虐待の逮捕歴もあるらしいの」
まさかここが?俺はここへ来た事を猛烈に後悔していた。
「も う く る な よ」
突然、声を掛けられ振り返ると、ツトム君が今までに見せた事もない様な恐ろしい顔で俺を睨んでいた。
もうこねーよ。
separator
二話目
【ポケモンGO】
朝四時、俺は店のシャッターを降ろしスマホをタップした。
軽い電子音と共に「歩きスマホにご注意下さい」の文字が。そうポケモンGOだ。
俺はここの所、仕事が終わると暫しの間ポケモンウォークを楽しんでいる。もう六十匹のポケモンをGETしたが、まだまだポケモンマスターへの道のりは遠い。
すると早速、目の前の歩道橋を渡った辺りに花弁満開のポケストップを発見!
新しいポケモンが潜んでいる可能性を信じて、俺はスマホを見つめたまま歩道橋の階段を登り始めた。
「やだー、私そんな事言ってないよー」
階段の上から若い女性の声が近づいてくる。電話でもしているのだろうか?
おっと!野生のポッポ出現!ポッポはレアな種類ではないが、数を稼いでレベルを上げる為には必要な存在だ。GETしなければ。
俺は階段の途中で立ち止まり、野生のポッポにモンスターボールを浴びせかけた。
「だから何でヒロキは私の言う事を信じないのよ!いつもそうじゃん!」
何やらさっきの女が電話で言い争いを始めた様だ。相手は彼氏だろうか?いやそんな事はどうでもいい、こいつポッポの癖にモンスターボールを上手くかわして俺を挑発してやがる!
少し勿体無いがズリの実を食わせてスーパーボールで仕留めるか。
「もういい!全部私が悪いんでしょ?あの女の言う事は信じて私の言う事は信じないのね!ヒロキの気持ちは良く分かったわよ、さよなら!!」
次の瞬間、カン!と高い音がして、次に歩道橋の下からドン!と重たい音がした。
階段を見上げると女の姿はなく代わりに半透明の白い腕が二本、ウネウネと蛇の様に宙を泳いでいた。
手摺から音のした方を覗き込むと若い女が倒れていた。右脚があらぬ方向に折れ曲がっている。痛そうだ。
自分から飛び降りたのか、それともあの白い腕に突き落とされたのか?ようやくポッポをGETした。
女は痛い痛いと呻き、それを見た通行人達が慌てて彼女に駆け寄り騒いでいる。
するとブルルとスマホが振動して、新たなポケモンが出現した。
「か、カビゴンじゃねーか!!」
俺は思わぬ激レアポケモンに手に汗を握りながら戦闘態勢に入った。焦りは禁物。これは絶対に逃してはならないデカい獲物だ!
「すいません!そこの人、目撃者の方ですか?」
スーツ姿の男が歩道橋の下から俺に声を掛けてきた。
「うるせー!今の俺に話しかけんじゃねーよ馬鹿が!」
呆然と立ち尽くす老若男女を他所に、俺の怒声が爽やかな朝の空に吸い込まれていった。
separator
三話目
【石井さん】
俺はとある駅前でしがない中華料理屋を営んでいる。去年から常連客になった智津子さんはいつか俺にこんな話をした。
霊に首を締められる。
しかも彼氏とセックスをしたその朝に必ず現れるのだそうだ。
金縛り状態の智津子さんを両手でギリギリと恨みを込めて、おおおお…と地の底を這う様な低い声で、それは隣りで寝ている彼氏が目を覚ますまで続くと云う。
家が悪いと考えて新しいアパートへと引っ越したのだが、男はまた現れた。
憑いて来てる?もしかして生き霊かしら?
様々な考えが頭を過ぎったが知り合いに教えてもらった盛り塩と酒を部屋の四方に置いて、その夜も彼氏とセックスを楽しんだ智津子さんは深い眠りに就いたそうだ。
ギリギリと首に圧迫感を感じて目を開けると、すぐ目の前に両目を血走らせた青白い男の顔が迫っていた。
智津子さんは殺される!と思い、反射的に首を締めているその指に思い切り噛み付いたそうだ。すると小さな呻き声と共に男の手は離れ、身体が自由になった。
ガバリと跳ね起きると、部屋の隅に男が此方に背を向けて立っている。
「石井さん?石井さんなの?」
智津子さんは男の背中に向けてそう言ったそうだ。いつもはよく見えなかった男の顔が今回ははっきりと見えた。昔、実家の隣り近所に住んでいた父の友人でもある石井さんにそっくりだったというのだ。
「その日から全く現れなくなったわ石井さん。あの日、部屋に置いていたお酒が半分くらい無くなってたの。
だから次に現れたら懲らしめてやろうかと思って、今はお酒に農薬を混ぜて置いてあるのよ」
智津子さんは回鍋肉を突きながらフフンと笑った。
separator
四話目
【電話ボックス】
中学の時に自宅で首を吊って自殺した同級生がいた。
名前を仮に川島としておこう。
川島の遺書から部活動内での虐めが原因だったらしく、練習の合間にトイレで自分の汚物を食わされたり、金を要求されていたらしい。
父親は激怒し、学校側を訴えたりしてマスコミが騒ぐ程の騒動になったが、数ヶ月もすれば誰も川島の名前を口にする者はいなくなった。
そんなある日の事、舎弟の龍が面白そうな話を持ってきた。
「兄貴、川島が糞食わされてた南校舎の便所に変な落書きを見つけたんすよ。
『ここへ掛けると川島に繋がる』ってあって電話番号が書いてまして、昨日試しに駅前の公衆電話から掛けてみたんですがね」
龍はそこで一旦言葉を切り、ポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出して俺に見せた。
「おまえ、また馬鹿な事いってそんな趣味の悪いいたずらを信じた…」
「繋がったんすよ、川島に!」
いつになく真剣な顔をする龍に俺は言葉を呑み込んだ。
「川島、泣きながら言ってましたよ。あいつらが憎い、あいつらが憎いって!」
「………… 」
龍の言葉を完全に信じた訳ではないが、万が一の事を思い、慎吾と猛も誘って放課後に駅前の公衆電話に向かった。
「川島のやつ、明日は兄貴を連れてくるって言ったら喜んでましたよ」
俺は龍から紙切れを受け取り、書いてある電話番号をプッシュした。
プルルルル
プルルルル
「お、おい!マジで繋がったぞ!」
焦る俺。龍達はボックスの外で神妙な顔をして沈黙している。
プルルルル
ガチャ
「はい、お電話ありがとうございます。デリバリーヘルス「ポアゾンペロソナ渋谷店」で御座います!お客様、ご指名の娘などはいらっしゃいますでしょうか?」
「はっ?」
外にいた三人は大爆笑し猛はドッキリ大成功のプラカード、龍は「ダマされましたね」と云うロゴの入ったタスキを掛けて、慎吾は赤いヘルメットを被っている。
「き、貴様ら」
「兄貴すいません!ドッキリっす。そんな本怖みたいな事がある訳ないじゃないすかー」
俺のこめかみからブチブチと血管の切れる音がしたその時だった。
「お客様、只今のお時間でしたらノゾミちゃん、カレンちゃん、マリエちゃんが直ぐに対応でき…ザ…ザザ…ザザ」
電波が混線しているのか、通話にノイズが走りだした。更に。
「時間にし…ザ…でしたら、ザザ…ザザザザザザ…ロ…ザ…ロビン君…ザザザ…ザザザザザザザザザザザザザザ…プツン…」
突然通話が途切れ、次の瞬間、背中に冷気を感じて肩に冷たい手を置かれる感触がした。
「ロビン君、後ろハ絶対に振り向カないでね」
川島の声だった。
前のガラス戸には、俺の肩越しから顔を覗き込もうとする川島が映っていた。
あれから10年以上経つが、この間、風の噂で川島を虐めていた三人組の二人は病死、後の一人も事故で半身不随になっていると聞いた。
separator
五話目
【海水浴】
いらっしゃいませ、ラーメン屋でございます。
豚骨、醤油、味噌に鶏ガラ…各五百円で販売しております。
五百円がないお客様には特別に、ラーメン一杯につき怖い話一つで販売しております。
今日は五百円玉貯金中の松浦さんのお話です。
separator
高校卒業して、大学もいかないでぷらぷらしてたんだよ。
毎日毎日ヒマな連中で集まって酒呑んだり、麻雀したり、女軟派したりして、あの頃は未来なんぞに何の希望も持ってなかったな。
ある夜、いつものメンバーで酒呑んでたら誰が言いだしたのか日本海沖まで海水浴に行こうかって話になって、男四人一台の車に乗り込んでハイテンションのまま出発したんだ。
日本海っていやあ俺たちの住む場所からはまるで反対側だから、高速をぶっ飛ばしても二時間以上はかかる。でもそこは若さだよな、皆んなノリノリで海に着くまで女の話なんかで盛り上がっていたよ。
海が一望できる駐車場に車を着けたのが午前三時、無論、こんな朝っぱらからビーチに人影はない。
陽が昇るまで仮眠するかって事で、俺たちは狭い車の中で不自由な体勢のまま眠りについたんだ。
おい起きろ!と言う声で目を覚ますと、運転手の佐伯が俺の肩を揺すっていた。
「高倉がヤバいんだよ」と佐伯は顔面蒼白になっている。見ると俺の隣りで寝ていた筈の高倉がいない。
外は若干白みがかっていたけどまだ暗いから、あれから一時間ぐらいしか経っていたいのが分かった。
佐伯が指さした方を見ると、駐車場の入り口付近で高倉と向かい合う様にして立っている髪の長い女の姿が見えた。
「なんだ、高倉もう女引っ掛けたのかよ?やるなー」
そんな俺に、佐伯は苦虫を噛んだ様な顔をして言ったんだよ。
「あの女マジでやべーぞ、俺と高倉がションベンしに外出た時、あいつ車の前に立ってたんだ。声掛けようかと近づいたらあの女鼻歌唄いながら何か抱いてたんだよ。何抱いてたと思う?」
佐伯は青い顔をして続けた。
「狸だよ狸!ズタズタになった狸の死骸だよ!!それ見て引いてる俺に向かってあの女『私の赤ちゃん可愛いでしょ?』って言いやがった!あの女ヤバすぎんだろ?」
佐伯が言うには、高倉はそれを見て可愛いねと言いながら狸の死骸を抱かせて貰ったらしい。服が血だらけになってもお構いなしに高倉は取り憑かれた様に狸の亡骸をあやし続けたそうだ。
全身に鳥肌が立った佐伯はすぐに車に乗り込んだのだが、高倉は狸を抱いたままあの女の後をついて行ったらしい。
俺達がもう一度、高倉達の方を見た時にはもう二人は車道の上に立っていた。
そこへ轟音を立てながら10tトラックが突っ込んできたんだ。
そこまで言って、松浦さんは黙り込んでしまいました。
「で、高倉さんはどうなったんですか?」
私の質問に、松浦さんは一言こう答えました。
「あいつも狸になっちまったよ」
separator
そう言うと、松浦さんは豚骨ラーメンに替え玉を平らげ、百円玉を一枚カウンターの上に置いて帰っていきました。
作者ロビンⓂ︎
百物語、出だしは如何だったでしょうか?
こんな調子で進めていきたいと思っております。只今、参加者絶賛募集中です…ひひ…
詳しくはこちら→http://kowabana.jp/boards/32
沙羅様 六話〜十話
http://kowabana.jp/stories/27066