大学二回生の冬がヒタヒタと忍び寄る頃のこと。
ゼミを終えた私が、アルバイトに行くために校内の廊下を急ぎ足で歩いていると、向こうから見知らぬ女性と知り過ぎている女が歩いて来ました。
「うぇーい♪」
私に向けて高々と右手を上げる女、A子を私は目を伏せて通り過ぎようとしましたが、あえなく捕まりました。
「ちょっと!連れないじゃない……友達紹介しようと思ったのに」
「あ、大丈夫です」
あくまで他人のふりをしようとする私を見て、隣の女性が呆れた声でA子に言います。。
「A子、ホンマに貴女の友達なん?めちゃくちゃ避けられてるやん」
ネイティブな関西弁を初めて聴いた私は、驚いて顔を見上げました。
利発そうでクールな整った顔立ちに、私の持つ関西人=愉快のイメージは見事に覆りました。
「雪ちゃんだよ」
クールビューティーを指差し、そう言ったA子に、雪ちゃんは付け加えます。
「まぁ、雪、言うても常温じゃ溶けへんで?」
私の中の関西人≠愉快は、覆り返りました。
「ウチは医学部やから、会うのは初めてやね?よろしゅうね」
「あ、はい」
恐縮している私に、雪ちゃんは気さくに私の肩を抱いて言います。
「あ、はい……やて♪ホンマ可愛いわぁ」
「雪ちゃんが医者になったら病院代タダになるから、アンタも仲良くしときなよ?」
さらりと無躾なA子に、気を悪くすることなく、雪ちゃんが返します。
「医者言うてもウチは法医学やけどな!死んだらウチがキレイにかっさばいたるわ」
ウィットに富んだ関西人を目の当たりにした私は、何一つリアクションが取れませんでした。
「せやせや!A子、この子も連れてくんやろ?」
「そそ♪アンタも一緒に来なさい!!」
「私、アルバイトが……」
二人のノリに辟易している私を余所に、雪ちゃんが真顔で言いました。
「あんなぁ……バイトは逃げへんで?でも、ウチと遊ぶチャンスはもうあらへんかも知れんやん?アンタは賢い子やから分かるやろ?」
「分かるやろ?」
A子より圧しが強い……。
この日、初めてアルバイトをズル休みしました。
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連れていかれたのは、占いの館。
占いなんて信じない派の代表である私は、入るのを躊躇いましたが、A子と雪ちゃんはズカズカと入って行きます。
薄暗い部屋の中には、頭にヴェールをかぶった胡散臭いオバサマが、神妙な顔して待ち構えていました。
「ようこそ、何を占って欲しいのかしら?」
マダム(多分)が私達三人を見据えていると、雪ちゃんが一歩前に出て言いました。
「最近、彼氏が冷たいんです……」
哀しげに眉をひそめる雪ちゃんを、向かいの席に座らせると、マダムが水晶玉に手をかざしながらボソボソと呟いています。
「……彼には他の女がいるわね……既に貴女に気持ちは無いわ」
「そんなぁ……」
打ち拉がれる雪ちゃんに追い討ちをかけるように、マダムは続けます。
「彼はその女と結婚まで考えているようね……」
「ひどい……私とはアソビだったんだ……」
わっと顔を覆う雪ちゃんに、マダムは優しく語りかけます。
「大丈夫よ?彼の気持ちを取り返すために、イイモノがあるわ」
マダムがそう言って取り出したのは、安っぽいクリスタルのブレスレットでした。
「これをしていれば、彼は必ず帰ってくるわよ?今なら三万円で譲れるけど……」
絶対怪しい!!
「あの……雪さ」
私が止めようとすると、雪ちゃんは鬼気迫る勢いで「買います!!」と叫びました。
嘘でしょ!?
そう思っている私の目の前で、雪ちゃんは財布を出してマダムに訊きました。
「そのブレスレットの材質は何ですか?」
「ネパールの水晶よ。これには強い力が宿っているの」
雪ちゃんはそれを聞いて安心したのか、財布から諭吉三名を取り出し、マダムに渡しました。
「じゃあ、コレ」
雪ちゃんは受け取ったブレスレットをA子に渡すと、マダムに向き直りました。
「さぁて、オバハン……ウチには彼氏居らんねんけど、何処のドイツが結婚や言うてんの?」
しおらしかった雪ちゃんが、一転して凄みます。
「あ~こりゃ、タダのガラス玉だ」
ブレスレットを見ていたA子が、ニヤニヤしながら言いました。
「水晶に気泡なんてある訳ないじゃん?オバチャンさぁ……商売下手だねぇ」
「法学部のアンタ!これってどうなるの?」
雪ちゃんが私を振り返って訊いてきます。
「こ、この場合……水晶と偽ってガラス玉を売りつけてるから、刑法246条の詐欺罪に当たります……懲役10年以下です」
「やて?」
鋭い眼光でマダムを射抜く雪ちゃんに、マダムが慌ててお金を突き返しました。
「それはたまたまガラス玉のが混じっただけよ!!料金はお返しするわ!!」
マダムからお金を奪い返した雪ちゃんは、さらに数セットの同じブレスレットをテーブルの上に並べて言います。
「ほな、これは何やねん?ウチの大学生数人から預かってきたモンや!!ウチで鑑定したら、全部ガラス玉やったで?」
科捜研みたい……。
雪ちゃんの静かな威圧でガクブルするマダムに、雪ちゃんがさらにプレッシャーをかけます。
「合理的に説明できるモンならやってみぃ!!」
もはや声も出ないマダムを睨み付けながら、雪ちゃんが私に訊いてきます。
「証拠もこの数あったら、どないなるん?」
雪ちゃんの質問に、私がたどたどしく答えます。
「えっ……と、被害者の証言と今のこと、あとはこの物的証拠も合わせて5件の詐欺罪に問われます。これが五年以内の再犯であれば、さらに累犯加重されると思います」
それを聞いて、雪ちゃんがレコーダーをチラつかせてながら、ニンマリと笑いました。
「恋する乙女ナメんなよ!?オバハン!!」
私が雪ちゃんの手際の良さに感嘆していると、A子がトドメの一言をぶつけます。
「オバチャン、二ヶ月前にオツトメ終わったばっかりだったのに、またヤッちゃったね♪今度のは長いぞぉ?」
二人がマダムを追い詰めるのをただ放心で見つめていると、もう雪ちゃんは最新のスマホで通報していました。
似非占い師が連行されていくのを見送りながら、雪ちゃんが私の肩を抱いて言いました。
「ゴメンな。めんどくさいことに巻き込んでしもて」
「いいんだよ」
私の台詞をA子が代わって答えます。
何でA子が言うんだよ!!
「実はな、A子にウチが相談してん。A子には何やら訳分からん力がある言うて聞いてたし……ほんで、今回の茶番を計画したんよ。オバハンをギャフン言わしたりたかったから」
「私、関係なかったんだね……」
肩を落とす私に、雪ちゃんが言います。
「いやいや、アン時にA子がな。これからアンタとすれ違うから、絶対に連れてく言うてん」
私を巻き込むなし!!
「だって、アタシ法律のこと、よく知らないし……」
法学部辞めちまえ!!
ふつふつと煮えたぎる怒りを圧し殺し、黙って俯いていると、雪ちゃんが今日のお礼と称して、行きつけの焼き肉屋さんへ連れて行ってくれました。
私、お魚の方が良かったけど……。
これを機に、新たに法医学者の卵と仲良くなれたのだけは良かったけれど、A子の奔放さに振り回され続けるのは、また別の話です。
作者ろっこめ
早速、協力してくださる方がいらっしゃいましたので、早々と登場していただきました。
最初の協力者は、わたしがファンの第一号と自称しております。
『雪』様です。
雪様の作品は、基本的にはご自身の体験談で、どれも体験したくないものばかりです。
わたしがあんな体験をしていたら、もうここにはいないでしょう。
是非一度、ご拝読くださいませ。
今回のエピソードはA子シリーズとしては珍しく、A子が活躍しません。
何故なら、このエピソードを通じて、『私』と『雪』様が知り合い、次回に繋がる布石回なもので。
お名前をお借りした雪様、本当にありがとうございます‼
また、快くお名前使用の承諾をしてくださった方のエピソードも順次投稿して参りますので、よろしくお願いいたします。
そろそろ新作を書かねばストックが……。
下記リンクから過去の作品などに飛べます。
第11話 『溜め息』
http://kowabana.jp/stories/28183
第13話 『絆の鎖』(SPゲスト出演回)
http://kowabana.jp/stories/28189