大学三回生の春、暖かな陽射しが心地よい日のことでした。
私がキャンパスの中庭で、お弁当を食べ終え、日向ぼっこしていると、私を呼ぶ声がします。
声の感じがA子ではなかったので、安心して振り向いた私は、声の主に「あぁ…」と会釈します。
以前、知り合った医学部の雪ちゃんこと、雪さんでした。
「久しぶりやねぇ!元気しとった?」
「お陰様で……」
当たり障りのない挨拶を交わしながら、雪さんは私の隣に座ると、ズィッと顔を近づけて言いました。
「アンタさぁ……呪いって信じる?」
整ってはいるものの、至近距離の雪さんの真顔は迫力があり、私はドギマギしながら答えました。
「い、いやぁ……」
私の返答を聞いて、雪さんは「だよねぇ」と笑いました。
「ウチも一応、科学者の端くれやん?呪いなんて非科学的なモン信じるなんて言うたら、笑われるわ」
そう言うと、雪さんは傍らに置いてあった紅茶のペットボトルを一口飲みました。
それ…私の……。
「そこでなんやけど、A子にワタリつけてくれへん?」
「は?」
雪さん、A子と知り合いなんじゃ……。
「ウチのスマホ、こないだ水没して死んだんよ……救命措置は施したんやけど、助からんかったわ」
何かセリフが医者っぽい。
「分かりました、電話してみます」
私が携帯を鳴らすと、ワンコールでA子が出ました。
「何?」
もしもしくらい言ってよ。
「A子、あのね……」
私が本題に入ろうとした瞬間、雪さんが私の携帯を取り上げて話し始めました。
「あ!A子?ウチやけど、ちょっと頼まれてくれへん?……お礼ならするし、こないだの焼き肉食べ放題!!どや!?」
私の知らない所で、どんどん話は、まとまりつつありました。
「んじゃ、頼むわ!!……分かってるて……ほいじゃ、あとでな♪」
電話を終えた雪さんは、私に携帯を返して言いました。
「今夜、空いてるよね?」
私は雪さんの含み笑いに、嫌な予感しかしませんでした。
nextpage
日が落ち、必ず来いと雪さんに言われた店に着いた私は、入るべきか否か店先で迷っていると、店の引き戸がガラリと開きました。
「早く入んなよ」
まごまごしている私を不思議そうに見つめる雪さんに、私は愛想笑いを返して中へ入りました。
チェーン店の居酒屋の狭い座敷に通された私は、先客に気づきます。
「アンタ、何飲む?何でもあるけど」
いつか聞いたセリフが頭をよぎりましたが、ここは居酒屋です。
「じゃあ、ウーロン茶を」
私が遠慮がちに言うと、雪さんは笑いながら言います。
「お子ちゃまやなぁ……」
そう言いながらも、ちゃんとウーロン茶を頼んでくれたところは、A子とは違います。
「あ!紹介するわ……後輩のミサキ」
突然、思い立ったかのように雪さんが先客の女性を紹介してくれ、ミサキさんと私は会釈し合いました。
「A子おっそいなぁ……」
そりゃそうです……A子は時計が読めないんだから。
ウーロン茶が届いたところで、雪さんが唐突に話し始めます。
「ミサキのことやねんけどな……この子がなんや呪われてる言い出しよってさぁ……呪いなんてある訳ないって何べん言うても聞かへんねん……強情な子やで…ホンマ」
綺麗な顔して癖の強い関西弁でまくし立てる雪さんのギャップが強すぎて、イマイチ話が入ってきません。
要約すると、後輩のミサキさんは、お付き合いしていた元カレにしつこく付きまとわれ、困ったミサキさんが警察に相談し、元カレのストーキングは止みましたが、体調は悪くなるは、車に轢かれそうになるは、呪いとしか思えないことが立て続けに起きて参っている……ということでした。
「ウチもミサキを診察したんやけど、どっこも悪いトコ見つからへんかったし、気のせいやろ?って言うてんけどな……この子が納得せぇへんから……」
そこで、肉食霊媒師A子先生の出番となった……らしいです。
「やぁ!どうもどうも」
堂々と遅れて登場したA子先生は、悠々と手を振りながら席に着きます。
「あぁ……こりゃ大変だ」
ミサキさんを一目見るなり呟くA子に、雪さんが詰め寄ります。
「ちょっ…A子、遅れて来て、いきなり何言うてん?」
「その子、呪われてるよ?残念だけど」
A子の言葉に絶望の顔をしているミサキさんを押し退けて、雪さんが前のめりになります。
「どゆこと?」
尋問に近い迫力の雪さんに、A子はニヘラと笑いました。
「普通は呪いなんて、おいそれと実行できないんだけど、きちんと手順を踏めば誰にでもできるんだよ……ただし、効果はマチマチだけどね」
「んで?効果のほどは?」
雪さんの鋭い眼光を受け流すように、A子はミサキさんを見つめます。
「大したことはないね……殺すほどの力はない」
物騒なワードをサラリと言いつつ、生ビールとレモンハイを頼むA子に、雪さんは言いました。
「どうしたらええの?」
A子の返答をジッと見つめながら待つ対面の二人に、A子が答えました。
「返しちゃえばいいよ……あと、守護霊交代」
簡単にいかなそうなことを簡単に言ってくれるA子に、二人は脱力します。
「でも、やり方が悪かったねぇ……生き霊なら良かったけど、ソイツ、遣い魔だもん……無事で済みゃいいけど……」
「どういうこと?」
私が口を挟むと、A子は届いた生ビールを一気に半分呑んでから答えます。
「生き霊なら本人自身だから問題ないんだけど、遣い魔の場合は、執行者が別にいるってことだからね……遣い魔は、目的が果たされるまで消えないんだ……それを返すってことは、標的が自分に変わるだけ……ゲプッ!!」
ちょっと……汚いんだけど……。
「昔から言うじゃない?人を呪わば穴二つって。この場合、二つの穴に自分がハマることになるって訳よ」
「そっか!本来は呪われた方と呪った方が入る穴っちゅうことなんやろけど……やられたらやり返す……倍返しやっ!!的なことやな!!」
グッと力強く拳を突き上げる雪さんを、若干遠目に見つつ、私はウーロン茶をチビチビ飲みました。
「んじゃ、始めるよ」
物凄くライトなノリで、A子がミサキさんの顔の前に右手を突き出すと、何やらゴニョゴニョ呟きます。
「ホイッ!!」
A子の力が入ってるんだか入ってないんだか分からない気合いのせいなのか、ミサキさんの周りの何もない空間から「パチンッ!!」と弾ける音がしました。
「ちょっ…何?今の!?」
謎の破裂音に驚く雪さんを無視して、A子はミサキさんの隣に移動して、背中を擦りながらブツブツ何か言い始めます。
「あらよっと!!」
掛け声と同時にミサキさんの背中を軽く叩いて、A子の儀式は終了したようです。
ただ、気合いの入れ方が胡散臭いのは否めませんが、効果てきめんなことは私も知っています。
「もう大丈夫だよ」
自分の席に戻り、残りの生ビールを飲み干して、幸せそうに笑うA子に、ミサキさんは深々と頭を下げました。
「雪ちゃん!約束忘れないでよ?」
タダでは仕事しないA子が念押しすると、雪さんは豪快に笑いながら答えます。
「分かってるって!!任しとき!!」
そのまま和やかに酒宴は進み、雪さんの奢りで店を出ると、外はすっかり暗くなっていました。
「おい!ミサキ!!」
店を出た矢先、噂の元カレらしき人が、少し離れた所で仁王立ちしていました。
「アイツかよ……クソが」
雪さんがミサキさんの盾になるように、一歩前に踏み出すと、A子が雪さんにホロ酔い顔で言います。
「大丈夫だよ……まぁ、見てなって」
男がゆっくりと歩み寄り、距離を詰めて来ますが、一方のA子は警戒心も緊張感もゼロの顔で男を見ています。
「ガシャン!!」
突然、道沿いに建つマンションの上から、男の鼻先をかすめるように植木鉢が落下してきました。
砕け散った破片を前に、周囲の時間か止まります。
「悪いけど、アンタの呪いは返したよ?これからアンタがかけた呪いは、全部アンタに向かう……自分がしでかしたバカなことの代償はデカいよ?……覚悟しとくんだね」
不敵な笑みを浮かべるA子を畏怖の目で見ていた男は、恐れおののいて絶叫しながら逃げて行きました。
男を見送ったA子は、振り向きざまに雪さんに言います。
「じゃあ、約束の焼き肉に行こうか♪」
今から!?
まさかの一言に、流石の雪さんも耳を疑ったようです。
「ほら、甘い物は別腹って言うじゃん?」
焼き肉は甘くないじゃん!!
さんざん飲み食いした後にヘビーな焼き肉を所望するA子に、いろんな意味で戦慄しつつ、焼き肉屋さんへ行きました。
箸が重い私達と対照的に、バクバク焼き肉を喰らうA子を、引き攣り笑顔で見つめる雪さん。
そんな人間離れしたA子を横目に、A子が本当に人類ヒト科なのか?ふと、考えていたのは、また別の話です。
作者ろっこめ
次の新作投稿前に、出来上がっていた分を投稿させていただきました。
今回で二度目の登場の『雪』様です。
A子の友人役としてのエピソードが二つあったため、再登場になります。
前回と違い、A子がちゃんと仕事をしている回になっておりますので、A子ファン(そんな人はいない)の方にも、それなりに読み応えがあったのではないでしょうか。
こうして、わたしの作品作りにご協力をいただけて、また交流してくださる皆様のお陰で、わたしも楽しく執筆させてもらっています。
本当にありがとうございます‼
お名前の使用許可してくださった皆様への作品が完成したら、別の企画をしようかなと企んでおりますので、その時もご協力いただけると嬉しいです。
下記リンクから過去作品などに飛べます。
第13話 『絆の鎖』(SPゲスト出演回)
http://kowabana.jp/stories/28189
第15話 『ファンタスマゴリー』(SPゲスト出演回)
http://kowabana.jp/stories/28214