過去と未来のノスタルジア

中編7
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過去と未来のノスタルジア

長時間電車に揺られ、凝り固まった身体を伸びをしてほぐす。

頭上にはさんさんと照り付ける太陽。

眼前に広がる、懐かしい田舎の風景を眺めながら、俺は一人呟く。

「戻ってきちまったか・・・」

此処はとある山奥の山村。俺の故郷だ。

数年振りの帰郷に様々な思いを胸に秘め、俺は一歩踏み出すのだった---

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この村・・・否、この一帯で代々続く名家の長男に生まれた俺は、幼少期を何一つ不自由なく過ごして来た。

それだけなら人生勝ち組万々歳、それで済んだのだろう。

しかし、誕生日、出生時の体重身長、その全てが我が家の初代当主と全く同じだった為か「生まれ変わり」だのなんだのと持て囃されてしまえばうんざりである。

それ故に、東京の高校を受験し、入学と同時に上京してからは大学4回生になる現在まで一度も帰省していなかった。

そしてこの先も戻ってくる事はないのだろう。

そんな俺が何故、今回帰郷する事にしたのか・・・どうしても振り切る事の出来ない思い出があったからだ---

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勢い勇んでやって来たはいいものの、行く当てもなく故郷をさ迷い歩く事数十分。

辿り着いたのは子供の頃に良く立ち寄った駄菓子屋。

「うわっ、変わってねぇ・・・」

仲の良かった仲間達と良く店先で駄菓子を食べ散らかしながら遊んだものである。

店のおばあちゃんは元気だろうか?等と思いを馳せれば。

「もしかして総司か?」

そう、声をかけられた。

『総司』とは俺の名前であるのだが、自分ではこの名前が嫌いだ。

初代当主の名前は『宗司』字は違えど、読みは同じ。嗚呼、こんな所にまで俺と言う個は存在しない。

声のした後ろを振り返れば、自分と同年代であろう青年が立って居る。

整った顔立ち、身長は俺より数センチ程高く、どこか優し気な印象を持たせるその姿に心当たりがあった。

「もしかしてアキラか?」

少年時代一番仲の良かった親友の名前を挙げて見れば。

「やっぱ総司か!久しぶりだな!」

「ああ・・・7年振りか?変わって無いなお前。」

少し、俺の心が晴れた気がした---

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「うはっ!懐かしいなぁ・・・こうしてみんなで遊んでたよなぁ・・・」

俺達は駄菓子屋の店先にあるベンチに座り、2人並んでアイスクリームを頬張る。

駄菓子屋のおばあちゃんはご健在で、今なお店を切り盛りしていた。

御年84を迎えるらしいが、田舎のばあちゃん強し。

「で?総司はなんで戻ってきたんだ?その・・・この村の事好きじゃねぇから出て行ったんだろ?」

アキラが気持ち小声で問いかけて来る。

「あぁ・・・嫌いだ。」

率直な意見を述べると共に、もう一つの質問に答える。

「ガキの頃に忘れられない思い出があってな---」

俺が子供の頃、よく遊んだ女の子が居た。

腰まであろう黒髪の良く似合う、とても可愛い女の子だった。

名前は「詩織」。

彼女と村中を遊び回ったのは今でも思い出せる。

思い出せるのだが、俺には彼女と遊んだ記憶しかない。

そう、彼女との記憶は遊んだ事だけなのである。

彼女が誰で、どこの子なのか、その辺りの記憶は一切ない。

それを知りたくて、俺はこの地の土をもう一度踏むことにしたのだ。

「まぁ、つまり?昔好きだった女を追いかけたくて戻ってきたと?」

話終わった後、アキラにそんな事を言われる。

「否定しねぇよ・・・まぁそうなんだろう。」

こんな田舎である、同年代はほとんど都会へと出て行き、彼女もまたこの地には居ないかもしれない。

しかし、この胸のモヤモヤを晴らすだけでも、とやって来たのだが。

「俺はそんな子知らねぇなぁ・・・」

と、アキラに一蹴されてしまう。

「大体こんな小さな所だぜ?同年代なんかみんな友達だったしなぁ・・・そんな子目立って忘れないはずだからよ。」

「そうか、ありがとな。もう少し歩き回ってみる。」

そう言ってベンチを立った俺をアキラが引き止める。

「お前、ガキの頃日記付けてたろ?家にまだあるなら読み返してみれば手掛かりあるんじゃねぇか?」

すっかり忘れてしまっていた・・・親に言われ嫌々ではあったが毎日の出来事を日記に書き留めていたのだ。

「家、戻ってみることにする。アキラ、本当にありがとう。」

アテも無かった先程とはうって変わって希望が湧いた。

東京に行ったら一緒に飲もうぜ?と言うアキラと連絡先を交換して別れる。

その時は奢ってやる事にしよう、そう思いながら実家へと歩を進めるのであった---

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記憶にあるのとなんら変わらない10数年を過ごした実家に戻って来たのはそれからしばらくしてからの事だ。

「二度と戻ってくるかよ・・・って思ってたんだけどな・・・」

悪態を吐きながら門扉を開く。

使用人や家族の驚く声など全て背中で受け止め、無視し、自室に足を踏み入れる。

主の戻ってくる予定の無い部屋ではあったが、キチンと掃除されていた。

彼女との記憶は小学生~中学生くらいの間にあるはずだ。

それでも9年分である、俺はその間に書かれた日記帳を棚から引きずり出しページを捲り始めるのだった。

「きったねぇ字だなオイ」

小学一年の時の自分の字を読みながら悪態を吐く。

ミミズが這った様な字・・・と言って良いのかどうかも解らないものを解読し始める。

そもそも文字とは他人に読めなければ記号と一緒であるのだが。

自分ですら読めないとはどういった事であろうか。

内容も内容だ「あきらくんとあそびました。たのしかったです。」じゃねぇだろう、舐めてんのか俺。

過去の自分に突っ込みをかましながら次々とページを捲る。

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どれくらい経っただろうか、日記帳は既に中学二年へと突入していた。

「おかしい、ない・・・」

そう、ここまで読んでも、彼女に関する記録が一切残っていない。

記録と全く乖離する記憶。

良くホラー物で存在しないはずの子と遊んだ記憶・・・なんてものが出て来るが、そんな物では断じてない。

彼女の名前、顔、仕種、その全てを覚えている。

「なんなんだよ、これは・・・」

得体のしれない感覚が体を駆け巡る。

俺は日記を閉じ、家族の居る居間へと足を向ける。

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「詩織って女の子の事、誰かしらないか?」

突然帰郷しては、そんな事を言い出す俺に戸惑う家族達。

当たり前だろうが、今の俺にそんな事を構っている余裕はなかった。

顔を見合わせるだけの周りの人間を見ていれば、誰も彼女の事を知らないのは一目瞭然。

半ば諦めかけたその時、沈黙を打ち破ったのは俺の祖母だった。

「総司の言う子ではないだろうけど、詩織は初代当主の奥様だよ。」

「なん・・・だって・・・」

偶然、なのだろうか?

「その・・・詩織の写真とかはあるのか?」

自分でも分かるほど声が震える。

「写真はないけれど、肖像画なら蔵に保管してあるわよ?取って来てあげるから待ってなさいな。」

そう言って、祖母は蔵へと歩いて行った。

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「探すのに時間がかかってしまってねぇ、お待たせしたわねぇ。」

そう言って、祖母は一枚の紙きれを俺へと差し出した。

そこに描かれるは、髪の長い一人の美少女、俺の記憶に残る詩織だった。

「なんだよ・・・そう言う事かよ・・・」

俺の口からこぼれるのは、嘲笑とも取れない掠れた声。

あの記憶は『総司』の物ではなく『宗司』の物。

初代の生まれ変わりと言われた俺が見た、過去の記憶。

「どこまで付き纏ってくるんだよ・・・お前は・・・」

ふらふらと、力の入らない足で立ち上がりながら、俺は実家を後にするのだった---

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もう、二度とこの地に戻ってくることはないだろう。

此処に居ても、俺には何も無い。

長年育ったこの地と、未だ振りきれない淡い思い出に別れを告げ、俺は故郷に背を向けるのだった。

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春。出会いと別れの季節。

俺はと言うと大学を卒業し、都内の大手企業に就職していた。

期待と不安の膨らむ初出勤。俺にとっては新たな人生の始まり。

何百人と居た新入社員も、この部署に割り振られるのは数人。

せめて良好な関係を築いていければ、と思いながら新入社員の研修用に割り振られた扉を開けてみれば。

俺と同じ新入社員だろうか、真新しいスーツに身を包んだ女性と対面した。

流れる様な黒い髪、スラリと伸びた綺麗な手足、整った顔立ち。

あの記憶の中に居る少女、瓜二つ、とは言えないが、どこか懐かしく胸を締め付けるような風がその女性から流れて来る。

「あ、初めまして!私、櫻井栞と言います!これからよろしくお願いしますね!」

どこか遠くに聞こえる櫻井さんの声を聞きながら

「圓城総司です・・・よろしく・・・」

掠れる声を絞り出す。

「総司さん・・・私達どっかでお会いしたことありませんか?あ!ナンパじゃないですよ!」

この出会いが、運命だと言うのなら。

逃れられないものだと言うのなら。

もう一度初めてみてもいいのかも知れない。

俺の、二度目の初恋を---

Concrete
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