1
今から僕がする話はみんなが大好きな黒色の話だ。
僕がその日記帳と出逢ってしまったのは今から五年前の冬のことで、場所は学校帰りの電車の中だった。
明日の課題めんどくせーなーって伸びをして上を見たら、荷物棚に黒いノートが一冊置いてあったんだ。
僕はキョロキョロ周りを見渡しながら、すぐさまそのノートを鞄にしまった。
車両には五、六人の乗客がいたんだけど、疲れているのかみんな寝てて、電車の振動で頭がゆさゆさと揺れていた。
もちろんいつもならそんな泥棒みたいな真似はしない。小心者だからね。
でもその時はなぜかそうしなくちゃならないような気がしたんだろう、きっと。
2
僕の降りる駅がアナウンスに流れた時、ドアの側に立つ僕の後ろから誰かが声をかけた。
そこには背広をビシッと着こなした五十代くらいの顎髭の紳士が立っていた。オールバックも顎髭も真っ白だった。
紳士は鋭い目で「私の日記帳を見ませんでしたか?」と言った。けれどその声は弱々しかった。
僕は内心びくびくしていたんだけど、知りませんと嘘をついた。反射的に右手で鞄を抑えたから、もしかするとバレバレだったかも知れない。
「困ったな、アレがなきゃ困るんだが」
紳士がフラフラと隣りの車両に移るのを目で追いながら、僕は電車を降りた。
3
ノートの表面はザラザラとした触り心地で、よく見ると、小さな文字でfuturo diarioと書いてあった。
調べたらスペイン語で「未来日記」と読むらしい。どういう意味だろう?まさか未来を予言するとか?そうなったらまるでデスノートみたいだけど。
パラパラとめくってみたが、今日は競馬の予想が的中しただの、今日はカミさんが退院しただの、今日は迷子になっていた犬が帰ってきただのと、僕にとってはどうでもいい内容の記録がつらつらと書き綴られているだけだった。
ノートに興味を失った僕は机の引き出しにしまい、翌年の受験シーズンが来るまでそれの存在をすっかりと忘れてしまっていた。
4
僕は勉強していた。
寝る間も惜しんで、毎日睡眠三時間で勉強した。
なぜかって、そりゃあ中学の時から大好きだった神谷さんと同じ大学に行きたかったからさ。
彼女は僕にとっては初恋の相手で、その気持ちは今も変わっていない。
神谷さんが狙っている大学が僕の偏差値じゃ至難の技だから、高校受験でおかした失敗を二度と繰り返さないように頑張って勉強してるんだ。
とつぜん勉強の鬼と化した僕を母さんは心配してるらしい。父さんがこっそり教えてくれた。
いつもは勉強しろ勉強しろとうるさい癖に、勉強したら心配するんだな。僕はこの家の七不思議だと思った。
その日、いつものように机に向かって勉強していると、二番目の引き出しからあのザラザラしたノートを見つけてしまった。
僕はその内の一枚を破り、「◯◯大学に合格する!絶対!!」と書いて、壁に貼り付けた。
5
翌年、僕は奇跡的に志望大学に合格した。夢が叶った。人間頑張ればなんとかなるもんだ。
でもそこに神谷さんはいなかった。
僕が受けた大学は、神谷さんのすべり止めでしかなかったみたいだ。
これからの三年間、僕は何を楽しみに生きていけばいいのだろう?まるで天国と地獄を同時に味わったような気がして悲しくなった。なんだよ
6
僕は壁に貼っていた必勝祈願を破り捨てて、ふて寝した。
朝起きたら、なぜか引き出しにしまっていたはずのノートが机の上に置いてあった。
僕はなんとなく、神谷さんが僕の彼女になりますようにと書いて、ノートをまた引き出しにしまった。未来日記だろ?叶うといーなーって感じで。
7
一週間後、僕が本屋で立ち読みしていると、隣りで神谷さんが文庫本を読んでいた。一瞬心臓が飛び出した。
僕に気づいた神谷さんは「あら、もしかして朝倉くん?」って言ってくれた。
僕は人知れず心の中で叫んだ。未来日記様!!!
僕たちは本の趣味が似ていて、好きな作家もだいたい同じだった。
黄泉比良坂先生の幻の処女作『10分後に驚きのどんでん返し』を持ってるよって言ったら、彼女は凄い!と褒めてくれた。やっぱり神谷さんは可愛い。
7
僕たちは毎日ラインのやり取りをした。図書館にもファミレスにも遊園地にも動物園にも行った。
まるでデートだ。そう、僕らは誰がどう見ても、お似合いの今時カップルにしか見えなかった事だろう。
しだいに今まで知らなかった彼女の生い立ちや、性格や、癖なんかも知る事が出来た。ちなみに神谷さんの大好物は、チョコチップがのったアイスクリームだ。
いつもデートの締めは、馴染みのアイスクリーム屋によった。
ある日、神谷さんが僕の部屋を見たいと言った。僕は受験勉強の時よりも熱心に部屋の掃除をした。この部屋に掃除機をかけたのはいつぶりだろう?
母さんがまた僕を心配したようだ。
8
もうすぐ神谷さんが僕の家にやってくる。
今日の僕に抜かりはない。
チョコチップがのったアイスクリームは冷凍庫に冷やしてあるし、部屋はピカピカだし、運のいい事に両親は夜まで帰ってこない。空は少し曇っているけど、まあ、いいだろう。
初めて僕の部屋を見た神谷さんの第一声は、「何もないわね」だった。
机とベッドに、本が詰まった安物の棚があるだけだ、確かに何もない。神谷さんの言う事はもっともだが、僕は少しだけ傷ついた。
「あら、これは何?」神谷さんがベッドの上に置いてあるノートを手にとった。黒くて表面がザラザラしたノートだ。
またノートが一人歩きしたようだ。僕は嫌な予感がした。
「ねえ朝倉くん、このノートどこで拾ったの?」
「えーっと」
神谷さんの表情は今まで見た中でも一番真剣で、キリッとしてて、怒っているように見えた。
なぜ、神谷さんがこのノートを拾い物だと分かったのかは、次の言葉で納得した。
神谷さんは自分のバッグから、僕のと同じようなザラザラしたノートを取り出した。でも表紙は黒ではなくピンクだった。
「これはね、本来は私の家の者(一族)しか持てない、事前に書いた予言が現実になる呪いの書なの」
僕はふーんとしか返せなかった。
「そして、これは間違いなく私のパパの物よ。
でもこれは三年前、パパが亡くなった時に、棺に入れて一緒に燃やしたはず。
それがどうしてここに…
ねえ朝倉くん!これをいったいどこで手に入れたの?教えて!」
神谷さんの言ってる事は色々とカオスだ。
呪いの書?
あの老紳士が神谷さんのパパ?
とても信じられないし、もしそれが本当ならやっぱりデスノートじゃんか。急にディユークとか現れたりしないだろうな?
僕が部屋の中をョロキョロしていると、神谷さんが「あー!!」と大声を上げた。
「どうしたの?」
「ノートの紙よ、一枚破いたでしょ?」
「はい、受験の必勝祈願用に一枚破りました」
「まったく、これ破いちゃったら効果半減なんだから」
しらなかったし!
ん?効果半減?確かに大学には合格したけど、目当ての神谷さんはいなかった。効果半減だ。当たってる。
僕は観念してノートを盗んだ事、そして電車の中で神谷さんのパパと出会った事を話した。
すると僕は正座をさせられて、神谷さん一族の黑歴史や、呪いの書に纏わる曰くなどを、その後一時間に渡って延々と聞かされた。
あんまり内容は覚えてないけど、つまり彼女の祖先は魔法使いだったらしい。魔女狩りがどうとか、とにかく大変だったみたいだ。
僕は話の途中で、夢であってくれと何度もほっぺをつねってみたが、すんごく痛かった。
でも僕がノートに書いた事が現実に二度も叶ったわけだし、彼女の言ってる事はもしかすると、本当なのかもしれないとも思った。
9
冷凍庫からチョコチップののったアイスを出したら、神谷さんの機嫌が良くなったので、僕はホッとした。
アイスのお礼に魔法を見せてよと言ったら、神谷さんは「はあ?」という顔をして、また少し機嫌が悪くなった。
どうやら神谷さんのおじいちゃんの代ぐらいから、もう魔法は使えなくなってしまっているらしい。神谷さんがホウキで空を飛んでる姿を見たかったのに。
「パパはなぜ朝倉くんの前に現れたのかしら?」神谷さんにもその理由が分からないみたいだった。
とつぜん僕の家が物凄い勢いでグラグラと揺れた。僕は情けない悲鳴を上げながら神谷さんにしがみついた。でも神谷さんは全然ビビってなかった。
神谷さんが僕にデスノートを見せた。
そこには「今日、午後の三時に震度3の地震が来た」と書いてあった。
神谷さんは「ほらね?」って顔をした。
10
「これを使って人を殺したことはあるの?」
僕は素朴な質問をした。確か映画では次々に人が死んだはずだ。
神谷さんは多分殺してないと言った。
「お金儲けは?」
普通に考えれば宝クジは絶対買うだろう。
「それをしたから、パパは死んじゃったのよ」
「そうなんだ」なぜか納得した。
「あっ!」
「どうしたの?」
「朝倉くん、私、一つだけ魔法が使えるよ」
空が暗くなり始めた頃に、神谷さんは僕のデスノートを持って帰っていった。
いつもはバイバイと別れるのに、その日はさよならで別れた。
11
その日から神谷さんとのラインはストップした。もちろん一度も会っていない。
でもなぜか僕は彼女を探そうとは思わなかったし、悲しみに暮れる事もなかった。
12
僕は今現在、大学を卒業し社会人になっている。毎日の電車通勤が本当に苦痛で仕方ない。
ふと、つり革の上を見ると、格子の棚に一冊の黑いノートが置いてあった。見た感じ、表面はザラザラしている。
それを見た瞬間、神谷さんとの思い出が濁流のように僕の脳ミソへ流れこんできた。
つまり今まで僕が話してきた内容は全て、この数年間、僕の記憶から抜け落ちていた事なんだ。
僕は瞬時に思った。
神谷さんはあの日、自分のデスノートを使い、僕の記憶を操作したんじゃないかってね。このノートの存在を知ってしまった者は長生き出来ないって言ってたから。
懐かしくなって手を伸ばすと、僕より先に隣りの男がノートを掴んだ。
見れば暑苦しいモブ男だ。このクソ寒い時期にTシャツ一枚とは、おぬし中々だな。
モブ男は腰に巻いたポシェットからマジックを取り出すと、ノートを開き何かを書き始めた。
茶色く汚れた歯を見せながらニヤニヤしている。大量の白いフケが肩にのっている。きもい。
モブ男はノートを棚に戻すと、何事も無かったかのように次の駅で降りていった。
僕はモブ男が何を書いたのか気になり、そっとノートを手にとった。
12
「12月1日、午後5時半、今日俺の乗っていた電車が、◯◯駅手前で脱線事故を起こした。乗客20人が重軽傷。うち先頭車両の8名が死亡、俺が降りたすぐ後の大事故だった、危なかった!」
◯◯駅は次の駅だ。
腕時計を見ると後三分で五時半。
しかもここは先頭車両、車両には僕を含む八名が乗車している。乗客は皆、あの日と同じように死んだように眠っている。
モブ男のニヤついた顔が脳裏を過った。
『次はー、◯◯駅ー、◯◯駅ー』
僕が必死に車掌室の窓を叩いていると、ようやくカーテンが開き、オールバックに顎髭の運転手さんが、いやらしい顔で僕に微笑んだ。
「神谷さん!助けて!!」
ガタン!と電車が大きく揺れた。
了
作者ロビンⓂ︎
ダメだ!またいつものよく分からない話になってしまった!全然怖くないし…ひ…
三題怪談のお題
「日記帳」
「初恋」
「アイスクリーム」
※ 参加希望の方はこちらまで
http://kowabana.jp/boards/53
参加者及び参加作品
よもつひらさか様 『イチゴアイス』
http://kowabana.jp/stories/28388
ろっこめ様『追憶の君へ』
http://kowabana.jp/stories/28393
ろっこめ様 『秘め事』(二作目)
http://kowabana.jp/stories/28398
流れ人様 『彼女は壊れ、壊れた』
http://kowabana.jp/stories/28399
吉井様 『君の為に』
http://kowabana.jp/stories/28396
月舟様 『彼女の答え』
http://kowabana.jp/stories/28401
ロビンM『黑ノート』
http://kowabana.jp/stories/28407