中編3
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秘め事

夫と結婚して十年、ようやく念願のマイホームを手に入れました。

いろいろ切り詰めながらコツコツ貯蓄して十年、ついに2LDKの賃貸から、庭付き一戸建ての家に引っ越します。

温和で真面目、何より私をとても大事にしてくれる夫、ちょっと生意気だけどそれも含めて可愛い娘も一人授かり、その娘も5歳になりました。

私は今、幸せの絶頂にいました。

ある日曜日、夫と私がじゃじゃ馬娘をあやしながら引っ越し準備をしていると、娘も我慢が限界なのか夫にまとわりついて邪魔を始めました。

そんな状況でも、夫は嫌な顔一つせず、笑顔で娘に接してくれます。

「ミィ、退屈なのかい?」

「うん……たいくつだよぉ」

引っ越しまで日もないのにグズる娘に、私は少し苛々しましたが、夫の態度は温和のままで、優しく娘に言いました。

「パパ、アイス食べたいなぁ」

「ミィも食べた~い!!」

「じゃあ、パパと行こうか?」

すっかりパパっ子の娘が、夫にしがみつきながら甘え声を出すと、夫は娘を抱き上げて私に言います。

「ちょっとミィと出てくるよ。少しの間だけ頼むね」

「分かった!行ってらっしゃい」

外へ出掛ける二人を見送った私は、静かになった部屋で一人、張り切って新居への引っ越し準備をしていると、夫の荷物の中に見慣れない箱を見つけました。

引っ越しまで日がないのに、どうしてもそれが気になります。

奇妙な胸騒ぎを覚えつつ、私は箱を開けて中身を見てみました。

中は文具や仕事のものと思われる資料などが、夫らしく整然と収められています。

あまりにも綺麗に収まっているのを、流石は夫と感心した私が蓋を閉じようとした時、まるで隠すように角に追いやられた黒い手帳が目につきました。

これは、見てはいけない……。

そう思えば思うほど見たくなるのが人の性で、私は手帳を手にしてしまいました。

適当にパラパラとめくってみると、普通のスケジュール帳で、私と出会う前からのもののようです。

そこに私の知らない夫がいると思うと、私の胸は高鳴りました。

しかし、そこに書かれていたのは予定などではなく、アイスクリームの名前とそれを食べたことが書いてあるだけの一言日記でした。

拍子抜けしつつも、パラパラとページを進めていくと、日付が割りと最近のものも書いてあります。

『スイカアイスを食べた。まぁまぁだった』

私はそのページから遡って読んでいくことにしました。

『メロンアイスは、あぶら臭くて不味い』

『バナナアイスは、味は悪くないが、五本の房を切り取るのが面倒』

『リンゴアイスは、美味い方だ』

私は夫の密かな愉しみを覗き見している気分に、高揚してしまい、どんどん詠み耽っていました。

『餃子アイスは最悪。二度と食べない』

餃子アイスは確かに美味しくなさそう……。

『イチゴアイスは、一口サイズで食べやすいが物足りない。二個しかないから仕方ない』

『ニンニクアイスは、食感が良いだけで味がない』

ニンニクはクセがありそうなのに……。

『ダイコンアイスは、バランスが良いし、量も多くて良い』

ダイコンのアイスなんて、消化に良さそうだけど、どんな味がするんだろう。

『ザクロのアイスが一番美味い』

どんなに読んでもアイスのお店の名前が出てこないことに痺れを切らせた私は、ページを最初の方まで戻しました。

最初のページの日付は、夫がまだ中学生頃のもの。

『12月25日──。

朝、通学路にあの子が落ちていた。

白い雪のカンバスを赤々と染め上げて、それはそれは美しかった。

僕はあの子が好きだった。

あの子を僕だけのものにしたい一心で、気がつくと僕はあの子を連れ帰っていた』

『1月6日──。

あの子の姿が変わらないように、冷凍庫にしまっていたけれど、どうしても醜く崩れていってしまう。

僕はあの子をどうにか永遠に留めておきたかった』

『1月8日──。

良いアイディアを思いついた。

僕のあの子へのアイを示すため、僕はあの子をアイス彡彡彡彡彡ることにした。

少しずつ、少しずつあの子を自分のものにしていこう』

鉛筆書きのせいで擦れて読めない箇所もあったけれど、私は脳裏に浮かんだ狂気を孕んだおぞましい想像に、吐き気をもよおしました。

私が持っていた手帳をバサリと落とした拍子に、ゆっくりと、あるページが開きました。

『アイスは鮮度が命、娘もそろそろ食べ頃だ』

Concrete
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