追憶の君へ 【A子シリーズ】

長編12
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追憶の君へ 【A子シリーズ】

大学卒業間近の死ぬほど忙しかった頃──。

卒論制作で頭を悩ませていた私のスマホに、1通のメールが来ました。

『お友達を紹介したいので、7時にガストに来てくださいね☆もし来なかったら……』

本文に添付された画像を開いて見ると、画面一杯に『あの顔』が出てきたので、私は思わず声なき悲鳴を上げてスマホを落っことしそうになりました。

月舟さん、それは卑怯だよ……。

卒論を仕上げることに専念したかったけれど、その後のめんどくささを鑑みた私は、仕方なく行くことにしました。

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7時前に大学近くに数件あるガストを渡り歩き、ようやく月舟さんの姿を見つけると、本当は嫌だけど店内に入ります。

「せんぱい!遅いですヨ?」

ちょっとむくれる月舟さんに、私は腕時計をちらつかせて言いました。

「まだ7時になってないし、場所もガストしか書いてないから、探し回ったんだよ?」

ちょっと怒り気味に言う私に、月舟さんはゲンコツを二、三度自分にコツンと当てて言います。

「そうでしたぁ?ウッカリウッカリィ♪」

その態度に一瞬カチンときましたが、何か言うとその後が怖いので、グッと堪えました。

ひと悶着していて月舟さんの隣に座っている人を放ったらかしにしていたことに気づいた私は、慌てて見慣れない外国人女性に挨拶しました。

「Hello!Nice to meet you」

私がフレンドリーに握手を求めると、金髪女性は私の手を両手で握って言います。

「オラ、日本語しか分がらねすけ、日本語でしゃべってけれ」

は?

何処からどう見ても欧米人な女性に、私は言葉を失いました。

「せんぱい、この子はワタシと同じく文学部二年のミシェルちゃんです」

「ミシェル=ロビンソンって言います。親はアメリカ出身だども、オラは生まれも育ちも日本だもんで、英語はサッパリだんだわ……こう見えでも、オラ、東京出身でねぇすけね?」

いや、分かるよ?そんな流暢な東北訛りでしゃべられたら……。

ミシェルさんのアメリカン……じゃなかった、東北ジョークに固まる私を見て、ミシェルさんはクスクス笑っています。

「センパイはA子さんのお友達なんだべ?オラ、ツッキーからA子さんの話さ聞いで、いっぺん会いてど思ってたんだわ」

また私、関係ないじゃん……。

「あぁ……そう」

気の抜けた返事をする私に、月舟さんが上目遣いで言いました。

「A子せんぱい、せんぱいとセットじゃないと来てくれないから、せんぱいを巻き込んじゃいました!エヘッ♪」

あどけない顔でエライこと言ってくれてるよ……。

私が二人の向かいの席に着き、待ちに待つこと一時間、焦る素振りも見せずA子が悠々と現れました。

「よぅ!」

悪びれることもないA子に完全に慣れている私が、二人を紹介します。

「ツッキーとその友達のミシェルさん」

A子はミシェルさんを一目見るなり、話しかけました。

「コニチハ、ハジメマシテ、あたしエーコデース」

A子……それ、まんま日本語だからね?片言の。

「は、初めまして!オラはミシェルって言います!!A子センパイに会いてがったんです!」

立ち上がってお辞儀する見た目外国人に、流石のA子も時が止まったようです。

「日本語しゃべれんなら、最初から言いなよ……あたし、英語はからっきしなんだからさ」

A子は日本語以外てんでダメじゃん……。

一通りの自己紹介も済み、ミシェルさんが本題に入ります。

私達を呼び出すんだから、何かあるに決まってるという推理はやっぱり当たっていたみたいです。

「オラ、人探ししとで、ツッキーに相談さしたら、A子センパイだば何とかしてくれるって言ったもんで……」

ミシェルさんの話を標準語に要約すると、小学校低学年の時に東京に引っ越して行った男の子に会いたいけれど、都会はサッパリ分からないので案内して欲しいのと、一人で会うのは恥ずかしいので、一緒に来て欲しいとのことでした。

それ、月舟さんだけで良くない?と思いましたが、ミシェルさんのお祖父さんの牧場の牛肉5㎏プレゼントに乗ったA子が快諾してしまいました。

「で?その初恋の相手の手がかりは?」

A子がミシェルさんを見据えて言うと、ミシェルさんは顔を真っ赤にしてあたふたします。

「せせせセンパイ!!そんだハッキリ言わねでもいいでねスか!?……ひ」

見た目と言語のギャップに、私の頭が追いつかないのはさておき、ミシェルさんは恥ずかしそうに古びた日記帳を出して見せました。

『みしぇるのにっき 見たらコロス!!』

ミシェルさんは表紙に物騒な文言が書いてある日記帳に挟まったハガキを数枚取り出して、A子に見せます。

色褪せたハガキをジッと見つめていたA子が、ハガキからミシェルさんに目を戻して言いました。

「どうしても会いたいの?」

A子の刺すような視線から、目を逸らすことなく、ミシェルさんは頷きます。

「会いてです……東京の大学さ受げだのも、あの子に会いてがらですし」

ミシェルさんの真っ直ぐな瞳を見て、A子は何処か淋しそうに笑いました。

「分かった!肉に見合った仕事はするよ♪その前にハンバーグ二人前ライス抜きで注文しといて」

ハンバーグはおかずだよ?

ドリンクのみの私達三人の隣で、二人分のハンバーグを貪るA子を半笑いで見つめながら、食事が終わるのを待ちました。

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ガストを出て、地図も持たずに歩き出すA子に、私達もついて行きます。

ハガキの住所をA子が覚えているかは疑問ですが、A子を信じるしかありません。

バス停をいくつも通り過ぎ、駅に見向きもせず、

歩きに歩いて三時間、私はA子を絞め殺そうかと何度も思いましたが、どうやら目的地に到着したらしいです。

古めかしい平屋の一軒家。

ミシェルさんの初恋の人は、そこにいるとA子が言っています。

時刻はもう12時を回っていました。

「こんな時間にお邪魔したら失礼だから明日にしない?」

私が至極当然の提案をすると、月舟さんは必殺の『あの顔』で迫ってきます。

「日付が変わってるんだから、もう明日じゃないですか!!」

屁理屈を言うなし!

とは言えず、私は黙っていることにしました。

「ガキじゃないんだから、まだ起きてるでしょうよ」

A子はそう言うと、平屋のピンポンを押します。

コイツ、本当に押しちゃったよ……。

私が呆気に取られていると、家の中からスラリとした男性が出てきました。

「どちら様?」

ドアから顔を出した青年がA子を訝しげに見て言います。

「ホントにいだ!!オラだ!ミシェルだ!覚えでねぇが?」

青年にミシェルさんが近寄って叫ぶと、青年の表情が一気にほころびました。

「なんだ!ミシェルでねぇが!すっかり垢抜げで、いいオナゴになったねっか!!」

二人は十数年ぶりの再会を喜んで、手を取り合って嬉しそうに話しています。

「まぁ……こんなトコで立ち話も何なんで、上がらせてもらいますか♪」

月舟さんが家の中へ二人を押し込むように物理的にプレッシャーをかけて言いました。

二人きりにさせてあげなよ……。

そう思った私ですが、既に入ってしまっているA子が心配なのと、心優しい青年の社交辞令の誘いもあり、せっかくなので少しだけ上がらせてもらうことにします。

家の中はとても片付いていて、こじんまりとしていながらも住みやすそうでした。

玄関からすぐのリビングに通された私達は、小さめのテーブルを囲み、私とA子は青年とミシェルさんの対面に、月舟さんはミシェルさんの隣に座ります。

「こんなものしかないけど」

そう言って青年は缶のウーロン茶と緑茶を出してくれましたが、A子が缶を見るなりボヤきます。

「アルコール入ってないじゃん!!」

出されたものに文句を言うなし!

私がA子を小突いて注意しましたが、人のいい青年は申し訳なさそうに頭を掻いて言いました。

「オレ、酒があんまり得意じゃないもんで……」

1ミリも悪くない青年に、私が逆に頭を下げます。

「気にしないでください!この子バカなんで」

青年に頭を下げたまま、私がA子を睨み付けると、A子は口を尖らせてウーロン茶に手を伸ばしました。

青年はもう一度、A子にペコリとしてから、ミシェルさんの隣に座り、ミシェルさんを見つめます。

「オラ、東京の大学さ通ってんだ。こっからはちっと遠げけど、アパートで独り暮らししてんだわ」

「そうげ!オメが独り暮らしなんて大丈夫げ?オメの部屋さ、おっちらがってだんが、掃除でぎらんだが?」

「レディにむごで失礼だぞ?ちゃんと掃除も洗濯もしてだわ」

ちょっと意味が分かりにくい二人の会話を見て、月舟さんがニヤニヤしています。

これが見たかったんだね……月舟さんは。

盛り上がる二人を他所に、居心地悪いことこの上ない私でしたが、隣でA子は寝始めるし、月舟さんも心配だし、で神経を磨り減らしていました。

「オメ、これ覚えでっか?」

ミシェルさんが青年におずおずと手の平を見せて言うと、青年はミシェルさんの手の中の物を見た途端、「あぁ……」と照れくさそうに呟いて、天井を見上げて頬をポリポリしています。

ミシェルさんの手の平には、オモチャの指環がありました。

プラスチックを銀色に塗ったリングには、小さな黄色い花が付いています。

それは大人の指にはちょっと小さな指環でした。

「おっ!?それはもしや、婚約指環ですかぁ?」

月舟さん、野暮なこと言うんじゃないよ。

直球ストレートな月舟さんの言葉に、二人は真っ赤になって俯きました。

何だか甘酸っぱい光景に、私まで恥ずかしくなってしまい、隣で口を開けて寝ているA子を見て、心をクールダウンさせます。

本当に緊張感ないね……A子。

「ちょっと!ミシェルちゃんに付けてあげてくださいよ!ワタシ、デジカメ持ってますから!!」

私もこの時ばかりは、『バッテリー忘れてろ!』と念じましたが、大丈夫そうです。

「ツッキーも人がワリィな!そんだ恥ずかしごど、させねでよ!!」

ミシェルさんが激しく抵抗しますが、月舟さんは面白がってカメラを構えて囃し立てます。

「こんだのまだ持ってたんだな」

青年が言うと、ミシェルさんは黙ってコクンと頷きました。

ミシェルさんの右手を取り、青年が指環を小指にはめてあげると、目がチカチカするほどフラッシュを焚いて、月舟さんが激写します。

「ヒュ~ヒュ~♪熱いねぇ!お二人さん!!」

小学生のような月舟さんに呆れつつ、私はリンゴみたいな顔のご両人を静観していました。

それからしばらく、月舟さんの質問攻めに遭う二人を気の毒に思いながら、私が静かに見守っていると、ミシェルさんがあくびを始めました。

そりゃあ、あんなに質問されたら疲れちゃうよね。

そんなミシェルさんのあくびに釣られてか、月舟さんも眠そうです。

「そろそろ帰ろうか?だいぶ遅くなったし」

私が提案すると、月舟さんが重いまぶたをカッと見開いて言いました。

「こんな夜分に女の子が歩いてたら、襲われちゃいますよ!!今夜は泊まっていきます!!」

それ、あなたが決めることじゃないよね?

私の心のツッコミは届くことなく、言うだけ言った月舟さんはそのままバタリと横になりました。

あぁ……寝ちゃったよ。

青年に申し訳なくて、謝罪をしようと体を向けると、ミシェルさんも青年にもたれるように眠っています。

ミシェルさん……あなたもか……。

「何だか遅くに押しかけた上に、こんなことになってしまって申し訳ありません」

私が代表して謝ると、さっきまで寝ていたA子がガバッと体を起こして言いました。

「やっと寝てくれたよ……」

あんたが言うなし!

私が心の中でA子に言うと、A子は青年に向かって話し始めます。

「最期にこのミッシェルちゃんに言っとくことある?」

最期?ってか、ミシェルさんね?

A子のワードに引っかかった私が、A子に訊きました。

「どういうこと?」

すると、A子が眉をハの字にして答えます。

「いや、コイツは2年前に死んでるんだよ。バイクに轢かれて」

「そうなんです」

青年もばつ悪そうに続きました。

「今際の際に一目会いたいと思ってたら、あっちに行きそびれちゃって……」

行きそびれちゃって……って、そういうものなの?

「あのハガキから辿ったら、まだこっちにいるし、当人同士が会いたいって言うから会わせてやったのよ。アタシ、優しいから」

いや、肉5キロ目当てじゃん……。

「そうですね……コイツにも会えたし、思い残すことはありません。本当にありがとうございました」

青年はそういうと、ミシェルさんの頬をそっと撫でてから横に寝かせ、腹を括った顔で立ち上がります。

「じゃあ、ここ消すね」

A子が両手を合わせて何やらモニョモニョ言い始めると、家の壁や天井、家財一式が歪み始めていき、周りの景色がアイスクリームが溶けていくかのようにドロリと滴っていきました。

壮大なイリュージョンを見せられていたことに、私はこの時初めて気づいたのです。

幻覚も消え去り、うっすらと明るんできた空が見えると、そこはただの駐車場でした。

「何!?今、何が起こったの!?」

テンパる私にA子がさも当たり前のように言います。

「アンタが前に言ってたヤツ、ファントムスピリッツ……だったっけ?」

ファンタスマゴリーだよ!!そんなオドロオドロしい名前、イヤじゃん!

「ここのこと、ツッキーは知ってたみたいだね、この男が死んでることも……」

A子に言われて謎が解けました。

月舟さんは、ミシェルさんと青年を会わせてあげたかったようです。

だから、わざわざA子に依頼した……それで辻褄が合います。

月舟さん、いつもはあんな感じだけど友達想いだもんね。

月舟さんの寝顔を見つめていると、A子が青年に仁王立ちして言いました。

「アンタの案内は妹がするから迷わず逝きなよ?色男!」

A子が青年に不気味な笑みを向けると、青年は気恥ずかしそうに笑います。

「こっからは、あたしの出番だねっ♪」

愛らしい声と共にA子の背後からひょっこり現れたのは、私の娘……じゃなかった、はとちゃんでした。

「はとちゃん!!」

久しぶりの再会に私が思わず、はとちゃんをキュッと抱き締めると、はとちゃんは照れながら抱き締め返してくれました。

「いいから早く連れてってやんなよ……朝になっちゃうじゃん」

何だ?A子、妬いてるのか?

A子に言われてむくれながら私から離れたはとちゃんは「妹遣いが荒いな……この姉ちゃんは」と小声でボヤいてから、青年の前に立って手を伸ばしました。

「河原まで連れてってあげる。そこからは一人で逝けるはずだから」

はとちゃんの言葉に頷いて、青年は小さなはとちゃんの手を取ります。

「よろしく頼みます」

青年は丁寧にお辞儀をすると、A子に1通の白い封筒を渡しました。

「いつかミシェルに渡してください……」

私から見えた封筒の宛名は『追憶の君へ』と書いてあったと思います。

A子は封筒を預かると、尻のポケットにしまって言いました。

「確かに預かったよ。必ず渡してあげる……アンタのためにも、ミッシェルちゃんのためにもね」

だから、ミシェルさんだってば!

A子の言葉を聞いて、安心したかのように穏やかな笑顔を浮かべて、青年ははとちゃんと一緒に白々としたバニラ色の空へ還っていきました。

細やかな光の粒達が、小さく瞬きながら空へ昇っていくのを見送った私とA子は、目の前の現実を見て力なく笑います。

デジカメを構えて眠る月舟さんと、日記帳を抱き締めて幸せそうに寝ているミシェルさんの小指には、あの指環がしっかりとはめられていました。

この二人をどうやって連れて帰ろうか……。

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結局、流石に二人を抱えて歩きは無理だと判断した私達はタクシーを呼び、運転手さんに手伝ってもらいながら二人を送り届けると、何故かA子まで私の部屋に帰って来ました。

「疲れたから寝る」

そう言い終わると、A子は泥のように眠りました。

相当な力を使ったみたいです。

カーペットに横たわるA子のポケットに入っている封筒を見つめながら、私はミシェルさんのことを考えました。

ずっと想い続けてきた人が、もうこの世にいないことを知った時、ミシェルさんの心は事実を受け止められるだろうか……。

そんな心配をしていた私でしたが、頼まれたことはきちんとやるA子ですから、きっと上手くやってくれるでしょう。

そんないざという時だけは頼もしいA子から、彼からの最期のメッセージがミシェルさんの手に無事に渡ったのは、また別の話です。

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はじめまして!はじめましてコメントさせてもらってます!いつも楽しみにしています(*ノ∀

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