大学二回生の秋、ゼミの教室に入った私は、騒然としている室内に戸惑いました。
「ちょっとコレ見てよ!!コレ!!」
広げた雑誌を片手に興奮気味に駆け寄るゼミ生に、たじろぎながらも指差す箇所を見ると、見覚えのある顔がありました。
「経済学部のアリサちゃんだよ!!読モにスカウトされたんだって!!」
あぁ…そう……。
まるで興味を示さない私にモチベーションを削がれたゼミ生の子は、不満そうにむくれます。
「同じ大学から、有名ファッション雑誌のモデルが出たんだよ?嬉しくないの?」
全然……とは言えない空気に、私はとりあえず乗っかる感じにしました。
私は空気が読めるんです!A子とは違うんです!!
「スゴいねー!!アリサさんって一年先輩だっけ?」
「そうそう、女子アナ目指してるんだって!!」
「へぇ~……そうなんだ」
ダメだ……激しくどうでもいい……。
この温度差の開きは埋められそうもない……そう思った時、A子が遅れて教室に入って来ました。
天の助けだ!!我が友よ!!
教室に入るなり、私と同じ状況になったA子は、雑誌を一瞥して、「ふ~ん……」と鼻から息を抜いて、私の側に来ました。
「おはよ……今日も眠いねぇ」
「おはようA子」
眠いのはA子だけだよ。
興奮沸き上がる周囲を余所に、A子が私に耳打ちしました。
「……あの子、長くないよ」
は?
縁起悪いことをわざわざ私に伝えるA子に、少しだけイラつきましたが、疑問は解決しておきたい私は、A子に訊きました。
「どういうこと?」
私の問いに大きな欠伸をしてから、A子が答えました。
「死ぬ……って意味じゃないよ?ちやほやされてるのは今の内ってこと」
「何か見えたの?」
私の更なる質問に、A子がデフォの笑顔で答えました。
「水子が見えた……それも一つや二つじゃない……アレはしつこいよ?」
「しつこいって?」
重ねて質問する私に、嫌らしい笑みを浮かべて、A子が言います。
「水子はね、謂わば欲望の塊なんだよ……生まれたいって欲望……悪意のない純粋な欲求が、取り憑いた人間の生気を吸い取り、性格すら歪めることがあるんだ……あの子は性格も喰われてる」
「喰われてるって……」
「あの子の承認欲求、有名になりたいって野心が掻き立てられて、膨れ上がってる……何するか分からないよ?あの子は……」
A子の言葉にゾッとしました。
「水子って祓えないの?」
私が訊くと、A子は首を横に振って言いました。
「祓うんじゃなくて、還すんだよ……逝くべき所に還して、また生まれてくる時を待たせるんだ」
「還す……か」
納得した私は、テキストを取り出し、前を向きましたが、ふと気にかかることがあり、A子を見ます。
「A子には、それが出来るの?」
授業の準備の手を止めたA子が、私を見て言いました。
「出来るよ?でも、頼まれてないし、本人も認めないだろうね……子供を何人も堕ろしました、助けてください……なんて、プライドが許さないだろうから」
A子は頼まれなければ動かないんだった……。
私は気を取り直して、授業に集中する準備を始めました。
さっそく寝る気満々のA子を横目に……。
あれ以来、読モのアリサさんの話は出ませんでしたが、半年を過ぎたある日、大学内が大騒ぎになりました。
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アリサさんが逮捕されたんです。
アリサさんは悪徳モデル事務所に騙され、ついに殺人を犯したそうです。
前代未聞のニュースは、瞬く間に学内に広まりました。
「……有名にはなれたんだねぇ……あの子」
他人事のように呟くA子を見て、私は訊きました。
「アリサさん……これからどうなるの?」
私の問いに、目も合わせずにA子が答えました。
「社会的には死んだし、魂ももう保たないだろうね……死ぬかも知れないよ?」
いつになく冷たい口調のA子に、恐怖する私を見て、A子が続けます。
「自業自得なんだよ……あの子は罪を犯し過ぎた……奪った時間の分だけ…いや、それ以上の長い年月を苦しまなくちゃならない……もう、アタシにもどうすることも出来ないよ」
A子はそう言ったきり、眠る準備を始めました。
これから講義だよ?
同じ大学生が人を殺した。
私はそんな事件を起こしてしまったアリサさんのことを考えながら、講義を聴いていました。
あんなに大騒ぎだった話題も、次々に報じられるニュースの中に埋もれ、すぐに沈静化してしまいます。
飛び交う噂など全く意に介さず、相変わらず飄々としているA子ですが、一つだけ琴線に触れることがあります。
命のことに関しては一切の妥協を許さないA子は、食べ物すら残すことはありません。
命を取り込み、自らの命を繋いでいる。
そんなA子の硬派な生き様に、私も少しだけ共感したのは、また別の話です。
作者ろっこめ
新作書こうと思ってましたが時間がなかったので、ストック放出です。
いろいろ試みたいことはありますが、時間が取れずどうしようか考えています。
この時期は花粉やら多忙やらで、一番嫌いかも知れません。
年度末のラストはツラいです……。
下記リンクから過去作品などに飛べます。
第24話 『追憶の君へ』(三題怪談企画作品)
http://kowabana.jp/stories/28393