気晴らし【Uレイらいふ】

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気晴らし【Uレイらいふ】

私の部屋に世にも珍しい『物理的に体が透けている女』が転がり込んできてから四ヶ月──。

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 その日もハードワークをやり切り、疲弊しきった体で遅い夕飯を片手に、落ち着けないネグラへと帰る。

 「おかえりなさい」

 「おぅ」

 姿は薄いが存在感はやたら濃い同居人からのお出迎えを軽く流し、弁当をテーブルに置いて風呂場に直行する。

 ゆっくりと一日の疲れと汗を流し、風呂から出て弁当を温めていると、レイコが何か企みを含んだ笑顔で近づいてきた。

 「U子さん」

 「何?」

 部屋に篭りきりのレイコにとって、私は唯一の会話相手だ。

 淋しがり屋の幽霊のレイコの相手はめんどくさいが、一応は毎日つき合ってやっている。

 「今日、インターネッツで見つけたんですけど」

 「普通はインターネッツなんて言わないんだけど……で、何?」

 「ちょっと見てほしいものがあるんです」

 そう言うと、レイコは住み処の押し入れからタオルケットを引っ張り出してきて拡げて見せた。

 「いいですか?よく見ててくださいね」

 ニヤニヤしているレイコがタオルケットを自分の頭にかけ、ただでさえうっすらしている全身を隠した。

 どうやら手品の動画を見たらしい。

 「ワン!ツー!……スリッ!」

 中途半端なかけ声と共にタオルケットが床に落ち、レイコの姿は影も形もなく消え失せた。

 はぁ……しょうもな。

 私はレンジから弁当を取り出して、まるで何も見ていなかったかのように無視して食べ始めた。

 『おわぁぁぁああああ!!』

 突如、下の階からおっさんの悲鳴が響き渡り、レイコがタオルケット越しに床から生えてきた。

 「ふふふ、ビックリしました?」

 ビックリしたのは下のおっさんだろうよ……。

 私は返事も目も合わせず弁当を食べた。

 黙々とモグモグしている私にシビレを切らせたのか、レイコがテーブルの下から顔をにょっきり生やしてほくそ笑んでくる。

 「U子さん、ビックリしすぎて声も出ないみたいですね」

 「うん……お茶いれてくれ」

 「はい」

 こんな私の塩対応にもめげることなく、レイコは毎日何かしらやってくるのだが、それだけ暇をもて余しているのだろう。

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 レイコの淹れたお茶で一息ついていると、レイコは私の対面に座り、真剣な顔で私を見つめた。

 「何よ……」

 「U子さん、一生のお願いがあります」

 既に一生を終えているヤツからの一生のお願いに、私は嫌な予感しかしなかった。

 「今度のお休みに、何処かに連れてってくれませんか?」

 「イヤだ……休みは体を休める日って法律で決まってんだよ」

 「わたしが行きたいのはですね……」

 いつもいつもわたしの話を聞いてないレイコだが、それはおあいこなので我慢する。

 「スカイツリーというのに登ってみたいです」

 「やっと天に還る気になった?」

 「まさかぁ♪」

 まさかって何だよ……コイツ、最初の約束を忘れてるのか?

 「U子さんとわたしが住んでいる街を空から見てみたいんですよ」

 オバケなんだから浮けばいいんじゃね?

 たぶん、それが最良の解決案だと思ったが、そのこと以上に重要な問題があるので、私はそれを突きつけた。

 「スカイツリーからは距離がありすぎて、アフリカの部族でも見えないと思うよ」

 「大丈夫ですよ!わたし、生きてた頃から視力は2.0ありましたから」

 「いや、アフリカの部族はその3倍は目がいいんだけどな」

 「3倍?!何処の赤い彗星ですか?」

 こんなマニアックなツッコミをするということは、レイコは意外と歳いってるな……。

 あまり気にしたことなかったけど、きっと私より歳上なはずだ。

 「一人で行ってきたら?地図描いてやるからさ」

 「U子さん、地図なんて不確かなものを見たところで、わたしが無事にたどり着けると思いますか?」

 地図は確かだろうよ……あんたのポンコツさを考慮しなければな。

 そう言えば、レイコはデパートから脱出するまでに三日かかるヤツだったことを思い出した。

 「わかった……その代わり、少しだけ見たら帰るからな?私も疲れてるんだ」

 「いいんですか?!やったー♪」

 子供のようにはしゃぐレイコに笑顔をビミョーに引きつらせ、自分が二つの意味で『ツカレテイル』ことに今さらながら気がついた。

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 数日後の休日、スーパーマックスハイテンションのレイコに朝5時に叩き起こされた。

 ひょっとしたら、コイツはナチュラルに私を殺そうとしているのではないかと疑心暗鬼になりながら、促されるままに軽く身支度を整えて玄関へ向かう。

 「さぁ!行きましょう♪」

 いつもなら、ここでレイコに見送られて外へ出るのだが、今日だけは違うんだった。

 「ホントに少しだけだからな?」

 「わかってますよ!U子さんはお疲れですから、晩ごはんまでには戻りましょうね」

 この国ではそれを終日と言うんだが……。

 出かける前から、もう帰りたい気分になりつつ、覚悟を決めて靴を履くと、レイコも玄関で身を屈めた。

 「あんた、何してんの?」

 不審な動きをするレイコに声をかけると、レイコはパッと笑って言った。

 「お出かけするんですから、わたしも靴を履くんですよ」

 そう言うと、玄関にボゥっと靴が現れて、当たり前のようにそれに足を突っ込むレイコを見ながら呟いた。

 「……オバケって、そんなことできるんだな」

 「オバケだって元は人間ですからね。外に出る時は靴くらい履きますし、お家に上がる時には靴を脱ぎますよ」

 確かに、ホラー映画に土足で出てるオバケって見たことないかも知れない……外で裸足のなら見たことあるけど。

 変なところで妙に感心した私は、突然ひらめいてしまった。

 「あのさ……そんなことできるんなら、服も変えられるんじゃね?」

 「……ハッ!!」

 マヌケな顔をしているレイコを素通りして部屋へ戻った私は、適当に出した服をレイコに見せた。

 「ほれ!これに着替えてみろ」

 ハンガーにかかったままの服を、レイコはじっと見て言う。

 「わかりました……じゃあ、向こう向いててください」

 オバケのクセに恥じらいを見せるレイコに、ちょっとイラッとしたが、仕方がないので乙女なレイコの言う通りに顔を背けてやった。

 「できました」

 レイコの方へ顔を戻すと、私が出してやった服に身を包んだレイコが、はにかみながら立っていた。

 「似合ってますか?」

 初デートのカノジョみたいな顔をするレイコに、不覚にもキュンとした私が「まぁね」とぶっきらぼうに答えると、レイコは嬉しそうに微笑んだ。

 「流石はU子さんに見立てていただいた服ですね!……胸のところが少しだけキツいですけど」

 悪かったな!サイズは自分に合わせりゃいいだろうが!クソッ!!

 無邪気に笑うレイコにちょっぴりムカついた……ほんの少しだけ。

 せっかくの休日なのに、何故か出勤より早い時間に家を出る羽目になった私は、レイコを連れて始発の地下鉄に乗り、スカイツリーへ向かった。

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 「あんまり人がいませんねぇ……貸し切りみたいで嬉しいです!」

 「まだ開いてないだけだよ……仕方ねぇから、その辺で少し時間潰すか」

 私たちは軽く暇を潰すため、その辺のスタバに入ることにした。

 部屋に篭りきりのレイコにとってはスタバすら珍しいらしく、目を輝かせてしきりにキョロキョロしている。

 「モカフラ、ショートで」

 「かしこまりました」

 私が注文をすると、レイコが不思議そうに私を見つめてきた。

 「U子さん、何を頼まれたんですか?」

 「まぁ、コーヒーシェイクみたいなもんかな」

 世間知らずなレイコに分かりやすく教えてやると、レイコはメニューを指さす。

 「わたしはこの、緑のがいいです」

 「は?」

 私は耳を疑った。

 「わたしはこの、緑のがいいです!」

 どうやら私の聞き間違いではなかったようで、レイコはまっすぐ私の目を見て繰り返した。

 「わたしはこの、緑のがいいです!!」

 さっきより強めの圧をかけてくるレイコに、私が諭すように言った。

 「あんた、飲めねぇだろ?」

 私の優しさを無視し、レイコは眼光鋭くもう一度繰り返した。

 「わたしはこの、緑のがいいです!!!」

 わかったよ、うるせぇな……。

 「すみません、抹茶フラのショートもください」

 「は?…え?……か、かしこまりました」

 わがままなオバケのせいで、店員に軽く引かれてしまったが、嬉しそうなレイコに免じて我慢した。

 出来上がったフラペチーノを両手に、空いている席に適当に座る。

 モカフラを一口飲むと、向かいの席にいるレイコがまじまじと私を見つめて言った。

 「U子さんはホントにコーヒーが好きなんですね」

 「まぁね」

 気にせずまったりしていると、レイコはおもむろにストローに口をつけて、懸命に抹茶フラを吸おうとしているが、当然ながら抹茶フラは微動だにしない。

 「抹茶シェイクって、こんなに吸えないものでしたっけ?」

 「抹茶のせいじゃねぇよ……そうなることはわかってたじゃん」

 悲しそうなレイコに呆れ、つい口に出てしまった私の言葉に、さらに悲しさをにじませる。

 「だって……」

 その先は口にしなかったものの、何となく言いたいことはわかってしまう。

 「何かいい方法ないの?オバケって取り憑いたりするじゃん?取り憑かれるのはイヤだけど、それを応用してさ……」

 「おぉ~ぅ…U子さん!頭がいいですねぇ!」

 何だろう、この気持ち……1ミリも嬉しくない。

 「U子さん、これを飲んでみてください」

 スッとスライドして寄越した抹茶フラを一口飲もうとすると、レイコが私の額に人差し指を挿し込んだ。

 「うわっ!気持ちワリィ!!」

 「さぁ!遠慮なくわたしのをどうぞ!」

 金を出したのは私なのに『自分の』を強調するレイコに若干カチンときたものの、人差し指を挿されたままフラペチーノを口に含む。

 「はぁ~……オイシィ~♪」

 私が抹茶フラを飲んだ瞬間、レイコは幸せそうに顔をほころばせるが、私は味も香りも全く感じず、冷たさだけが喉を通っていく。

 「ほのかな甘さの中で、鼻を抜ける爽やかな抹茶の香りが心地いいですぅ♪」

 「あんたは美味しんぼうか?」

 結局、人差し指を額に挿し込まれた状態で、フラペチーノを2杯飲まされた私には、後味が微かに残っただけだった。

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 営業時間を少し過ぎて観光客がごった返す中、スカイツリーに登る。

 「ワクワクしますねぇ♪」

 隣でウキウキするレイコは、混雑するエレベーターの中で知らないオバさんと半分重なって、3Dみたいになっていた。

 ここで話しかけんじゃねぇよ……。

 ニッコニコのレイコをスルーし、エレベーターをやり過ごすと、エレベーターは展望フロアに到着。

 「わぁぁ♪高ーい」

 当たり前だろ……ここは東京タワーのてっぺんより高いんだから。

 目の前に広がるパノラマに大はしゃぎするレイコに軽く引きながら、距離を置いて観察する。

 「あっちに、わたしたちの家が?」

 「そっちじゃない」

 ガラスから腕をはみ出させて指差すレイコの方向は、残念ながら真逆だ。

 さらに言えば、私のアパートである。

 「満足した?もう帰ろう」

 疲れているのと冷たいものを2杯も飲んだおかげで、心なしか少し肌寒い私が帰宅を促すと、レイコは頬を膨らませて不機嫌そうに眉を寄せた。

 「もうっ!今、来たばかりじゃないですか!そんな遠慮しないでゆっくりしましょうよ」

 ここはオマエの持ち物じゃないだろ?

 そんなことをテンションメーターが振り切っているレイコに言ったところで何の意味もないので、仕方なく静観することにした。

 フロアを駆けていく推定精神年齢5歳のレイコの後ろを絶妙な距離を保ちながらついていくと、レイコがガラス窓にへばりついて腕を外へと出す。

 「U子さん!あそこに人だかりが!」

 レイコが指差す方には、デカい赤ちょうちんが提がった雷門が見える。

 「あれは浅草寺だよ」

 「Oh!おテーラ♪」

 オマエは生粋のジャパニーズだろうが!

 テンションが上がりすぎると、人は異邦人になるらしい。

 「わたし、行ってみたいデース!」

 「あんた、線香の匂いが苦手だって言ってたじゃん」

 自分が言っていたことすら忘れているレイコに問うと、レイコは急に素に戻って言った。

 「そんなの別腹ですよ」

 ほぅ……匂いにも別腹があるのか。

 「じゃあ、行ってみるか!由緒あるお寺だから、あんたも成仏できるかも知れないしな」

 「ふふふ、わたしがそう易々と成仏すると思ったら大間違いですよ?」

 「成仏はしろよ……可及的速やかに」

 ゲスい顔を鬱陶しく寄せるレイコに、軽くイラッとした。

 「降りるよ」

 「もう少し見てから行きましょう?U子さんってばホントにせっかちなんだから」

 うるせぇよ!私は早く帰りたいんだ!

 しばらく景色を楽しんで満足したレイコを連れて、今度は浅草寺へ向かった。

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 平日にもかかわらず沢山の人が行き交う雷門を見て、レイコは目を真ん丸くして叫んだ。

 「U子さん!ちょうちんがめちゃめちゃ大きいですよ!」

 「この奥にクソデカいワラジもぶら下がってるよ」

 雷門を潜り、混雑する仲見世通りを見たレイコが私を振り返って言った。

 「U子さん、はぐれないでくださいよ?」

 「誰が誰に言ってんだよ……ほら、さっさと行くよ」

 私の先導で人を掻き分けるように進んでいると、突然、私の胸の辺りから冷気と共に胸から手が生えてきた。

 「ひゃぁう!!」

 うかつにも情けない声を上げた私に、付近の人間が一斉に視線を向ける。

 「U子さん」

 「オマエ!マジでふざけんなよ!」

 「だって、声かけても聴こえてないんですもん」

 「それにしたって体を貫くことないだろ!」

 「見てくださいっ!!」

 私がガチめに怒っているのに、レイコはまるっきり無視して横を指差した。

 「おだんご屋さんですよ!」

 「だから?」

 「おだんご食べましょう!」

 「あんた、もの食えないじゃんよ」

 フラペチーノ2杯で腹いっぱいな私が振り向き様に言うと、レイコの人差し指がズボッと額に突き刺さった。

 「お願いします!わたし、生前きびだんごが大好物だった気がするんです」

 今朝のことに味をしめやがって……余計なことしなきゃよかった。

 「チッ!…一本だけだからな!」

 今日だけレイコのいいようにつき合ってやることにした私は、額に指を挿されたまま団子屋の下町娘にキビ団子を注文すると、なんだか知らんが五本もきた。

 「U子さん!一人前五本だそうですよ!お得ですねぇ!」

 「腹がいっぱいだって言ってんじゃんよ」

 きな粉が死ぬほどついているキビ団子を受け取って、店先のスペースに寄る。

 「しっかり味わえよ?私は味がしねぇんだから」

 「お願いします!」

 レイコにまじまじと見つめられながら、私は団子を一口食べた。

 「う~ん♪もっちりとした歯ごたえに、ほんのりと甘いきな粉が絶妙です!!これが食べられるなら戦力外のキジさんも鬼退治について来ちゃいますねぇ」

 何気にわかりやすいレイコの食レポと、ライトにディスられたキジの話を聞く私の口の中には、味も素っ気もないグニュグニュの食感しかなかった。

 なんとか団子を食べきった後は、浅草寺の山門である宝蔵門を目指して脇目も振らずに歩き出す。

 何か見つける度に食わされたんじゃ、たまったものではない。

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 仲見世通りを抜けて宝蔵門にたどり着くと、両サイドにぶら下がったバカデカいワラジを見上げて、レイコが呟いた。

 「ほぇ~……大仏さんのですかねぇ」

 「知らねぇし、興味ねぇよ」

 メジャーなちょうちんよりワラジの方がインパクトがあったようで、しばらくワラジを眺めるレイコを急かす。

 足早に宝蔵門を潜り抜けて浅草寺本堂前に入ると、モクモクと煙を上げるツボだかカメだかにワラワラと人が集まっていた。

 「U子さん!あんなに人がいぶされてますよ!」

 「別にくん製になろうとしてる訳じゃねぇよ……あれは悪いところに煙を当てて治そうと願掛けてんだ」

 「なるほど!それであのおじさんは煙を寂しげな頭に……」

 「……ハゲに効くかは知らねぇけど、気休めくらいにはなるかもな」

 はしゃぐレイコなら煙にダイブするかと思ったけど、やはり匂いが気になるのか遠巻きに見ているだけだった。

 「せっかくだから、お参りして帰ろう」

 「はい」

 私はレイコを連れて霊験あらたかな本堂へ入った。

 参拝者の絶えないお寺だけあって、本堂の中は線香の香りが充満している。

 あんなにテンションが高かったレイコも少し辛そうだ。

 「大丈夫?」

 レイコの触れられない肩に手を添えると、レイコは力なく笑いながら、私の手を握り返す。

 「平気ですよ……ありがとうございます」

 立派なご本尊の聖観音像に並んで正対した私達は、静かに手を合わせた。

 私は目を閉じながら、レイコのことを考える。

 レイコが何処で生まれて、どう生きて、そして、何故、死んだのか。

 名前すら知らない間柄の迷子のオバケと生活するなんて思いもよらなかったけど、今ではそれが当たり前になりつつある。

 そんな不思議な関係を……それを煩わしく思いながらも、何処か心地よく感じてきている自分に気づいた。

 「U子さん?」

 不意に声をかけられて目を開けると、レイコが私に頬笑みかけている。

 「そろそろ行きましょうか」

 「うん」

 参拝を済ませて本堂を出たところで、レイコから訊かれた。

 「U子さん、何をお願いしたんですか?」

 レイコの質問に「何も」とは言えなかった私は、ヘラッと笑って答える。

 「あんたが早く天国に行けますようにって」

 「優しいですね……U子さんは」

 レイコはニコリと笑って続けた。

 「わたしは今が一番幸せかもしれません……もしも天国があるのなら、わたしはもう天国にいますよ」

 「そ、そう……」

 いつもの私ならキツく言い返すところなのに、言葉が出てこなかった。

 何かがつまっていて言葉が出せなかった……の方が近いかもしれない。

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 家に着くと、レイコは急に改まって私に向き直り、深々と頭を下げた。

 「U子さん、今日は本当にありがとうございました」

 笑顔なのに何処か儚げなレイコの顔を見て、私の中がザワついた。

 「ん?……あぁ、いいよ別に」

 いつもの調子で私が言うと、レイコはまたいつも通りの顔に戻り、私に言う。

 「そう言えばU子さん、今夜の晩ごはんはどうします?冷蔵庫には何もないですよ?」

 「そっか!しょうがねぇからファミレスでも行くか」

 外を親指で差してレイコを暗に誘うと、首を一度だけ縦に振ってレイコが答えた。

 「えぇ、そうしてください」

 「あんたは来ないの?」

 「はい、今日はわたしのワガママで疲れているU子さんを振り回してしまったんですから、晩ごはんくらいはゆっくりしてください」

 「あ……そう」

 何だかやけにしおらしいレイコに、ちょっぴり残念な気持ちのまま、独りで近くのファミレスへ出かけた。

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 ファミレスでハンバーグセットを食べながら、何となく今日のレイコを思い出していると、ずっと楽しそうな笑顔のレイコが、アパートへ帰った途端に見せた寂しげな顔が浮かんだ。

 何だろう……胸騒ぎがする。

 言い知れぬ何かを感じた私は、さっさとセットを平らげて会計を済ませると、すぐにアパートへ戻った。

 「おかえりなさい!早かったですねぇ」

 アパートに帰った私をいつものように出迎えるレイコを見て、思わず安堵のため息が漏れた。

 「……うん、軽く食べてきただけだから」

 気恥ずかしさから、レイコの目と目を合わせることができず、そそくさとリビングで一息つく。

 それから少しだけ今日の思い出を話し合った後、風呂に入ると、レイコが言った。

 「今日は疲れたでしょうから、ゆっくり休んでくださいね」

 確かにレイコの言う通りなので、私はレイコに「おやすみ」を言うと、明日に備えて早めに寝た。

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 翌朝、ぐっすり眠った私が気分よく目を覚ますと、ダイニングに朝食が用意されていた。

 それもいつもより、ちょっと豪華なヤツが。

 「お?今日はやけにデラックスだなぁ」

 感心している私の目に、引きちぎられたトーストの横に置いてある便箋が留まった。

 拾い上げてみると、割りとキレイな文字が並んでいたので読んでみる。

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 『U子さんへ

 昨日はわたしのワガママを叶えてくださって、本当にありがとうございました。

 U子さんのお陰で、生きていた頃には見れなかった世界がたくさん見られました。

 思えば、U子さんと出会って4ヶ月。

 死んでしまってから不安でいっぱいだった見ず知らずのわたしを、助けてくれた上に家にまで置いてくれて、本当に嬉しかったです。

 わたしが何故、死んでしまったのかを思い出すことができませんが、U子さんと過ごしてきた日々は決して忘れることはないと思います。

 わたしは本当に幸せです。

 これからはU子さんも幸せであって欲しいと、心から願っております。』

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 何だよ…コレ……。

 私はレイコからの手紙を握りしめて震えた。

 勝手に居座っておいて、今度は手紙一つで出てくってか?

 「ふざけんな!」

 怒りに似た思いで胸を熱くした私は、レイコの押し入れを乱暴に開け放った。

 「ひゃあぅ!!」

 寝ていたレイコがビックリして飛び起きた。

 「お、おはようございます」

 「……おはよう」

 いるんかい!

 「コレ、どう言うこと?」

 私が手紙を突きつけると、レイコは寝ボケ眼を擦りながら答えた。

 「朝ごはんの準備がてら、昨日のお礼の手紙を書いてたんですが、眠くなったので途中で寝てしまって……」

 「途中?」

 呆然とする私にアホ面を向けてレイコが続ける。

 「わたしは本当に幸せなので、U子さんにも幸せであってほしいから、これからも仲良くしてくださいって書くつもりだったんですが……」

 「まぎらわしいことすんじゃねぇよ!バカ!!」

 「え?」

 危うく目から汁が出そうになっていた私は、呑気な同居人を思わず怒鳴りつけてしまった。

 「部屋はキレイにしてもらってるし、ちゃんと朝めしも食べれてる!私も充分幸せだ!もう余計なこと考えんな!」

 つい勢いで思ってもないことを口走ってしまった私を、レイコは一瞬の呆気から一気に顔をほころばせる。

 「え……あ…はいっ♪」

 クソ忌ま忌ましい満面の笑みのレイコから逃げるように急いで朝ごはんを済ませると、私はいつもより早くアパートを出た。

 「いってらっしゃい」

 笑顔で見送るレイコの顔がチラつく度に、顔が熱くなる……。

 それをごまかすために懸命に仕事に集中していると、そのお陰で店長から『鬼気迫る顔』とお褒めの言葉を賜った。

 いろいろ空回りしてくれる同居人には、本当にイライラする。

 そう思いつつも、今夜は晩ごはんを買ったついでに、私が大好きな高級プリンを2つ買って帰るのだった。

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れいこのバトル的なやつがみてみたい・・・

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