頭がズキズキする。
昨日、ママにお皿の後ろで叩かれたところが、まだ痛い。
でも泣かないよ。悪いのは僕だもん。
悪い事を考えて、悪い事をして、悪い目をした僕が悪い。
ママの言う通りなんだ。
悪い目をした僕がイケナインダ。
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だから、目の前にいる真っ赤な涙を流しながら泣いてる、腕が針金みたいに変な方向に曲がってるお姉さんが見えなくなれば良い。
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消えろ。消えろ消えろ消えろ。
消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!
ママ、やっぱり消えないよ。
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居間のテーブルの上には、お酒の缶や雑誌とかで散らかってる。すごい汚い。でも、テーブルだけじゃないしソファーの上とか床とかも同じだ。
パパが出て行った日から少しずつ汚くなったから、今は慣れた。
これが、普通なんだ。これが普通。
朝ご飯は無い。でも、これも普通だ。
テレビで朝のニュースがやってる。連続殺人犯が逃亡中だって。僕の街の近くだけど、不安とかは感じないかな。
ジャーの蓋を開けたら、お茶碗半分位のご飯があったからよそる。台所は変な臭いがするし、ガリガリに痩せた茶色い女の子もいるから早く居間に戻ろう。
テーブルの上の雑誌を寄せて、スペースを作った。ご飯にフリカケをかけて食べる。固いご飯があって、歯が痛い。
ーあ、血がー
歯茎が切れたのかな。口の中に鉄の味が広がって、指を口の中にいれた。
ポタポタ…ポタポタポタポタ……
口から指に添って血が垂れた。視線は自然とその先を追う。足と足の間に、パパと同じくらいのオジサンの額があって血が垂れる。(と、思ったら)
足の間を抜けて床を赤く染めた。
足の間には、オジサンの頭だけがあって、僕の事を見上げてくる。
ーオジサン、オジサンは何で頭だけなの?ー
僕が聞いてみたら口をパクパクした。
『首しか無いんだ。 体は車と一緒にグチャグチャなんだよ』
よく見てみると、首の部分が所々、皮がめくれてて黒っぽい肉が見えてた。
オジサンの顔を踏まないように、イスに座ったまま、体をスライドさせた。
お茶碗をシンクに入れて、蛇口をひねってお水をかけた。居間に戻ろうとしたら、後ろで茶色い女の子が骨みたいな細い腕をシンクに入れて、お茶碗のご飯粒を取ろうとしてる。
僕が見つめてたら、女の子は振り向いた。ガリガリでガイコツみたいなのに目だけが大きかった。そして、手を口に持っていこうとして消えた。
歯磨きをして、服を着替えて玄関に立つ。あれ、階段からギシギシって音がした。
ーママだ!ー
機嫌が良いか心配だけど、行ってらっしゃい、って言ってほしい。
2階の寝室からボサボサ頭でやつれたママが下りてきた。また下はジーパンで上はスエットって格好だ。
ドアノブに手をかけて、ママをみる。
ー笑ってる、大丈夫…かな。 言ってくれるかなー
ママは久しぶりに笑顔を作った。
そして白目をむいた。
慌てて外に出て、ドアを閉めようとした。
『お前が死ねば良い。 お前が居なくなれば! その目をえぐって、耳をちぎってやる。 死ね死ね死ね死ね死…』
ガチャリとドアをしめた。
ギュッと目を瞑る。
ママは悪くない。ママは悪くない。
悪いのは僕。悪いのは僕。
これは夢。これは夢。
目を開く。家の前の道には頭が後ろを向いたサラリーマンや、白目の男の子、両手を高くあげて頭の無い女の子がギッチリ詰まって行き交ってた。
(夢じゃない。 分かってたけど、この中に入って学校まで行くのは大変だ)
僕は絶対に、サラリーマンにならない。サラリーマンになったら満員電車に乗らないと駄目なんだもんね。絶対に嫌だなぁ…。
流れの中に立つと、7月なのに一気に寒くなる。学校までの15分、この寒さを我慢しなきゃ。
いつもみたいに、下を向きながら学校に向かって歩き始める。
透けてる人ごみの流れの中、向こうから斜め後ろの家に住んでいるおばあちゃんの山本さんが歩いてきた。山本さんも僕に気がついた。
『小学五年生になったのに、優くんは幽霊が見えるなんか言ったら駄目よ。 ママは大変なんだから勉強して助けてあげないと』
昨日もその前も同じ事言った山本さんに、軽く会釈して通りすぎる。
(あれ…?)
急に暑くなってきた。汗がにじみ出てきた。頭をゆっくり上げて、周りを見てみる。幽霊の流れが無くなっていた。
大きく息を吸って、吐いた。
遠くのほうから、セミの鳴き声が聞こえてきた。
僕はいつもの通学路の細道から、大きな通りに出た。生きてるサラリーマンや中学生、小学生がいっぱいいる。
学校に向けて歩き始めた。
ーひゃああぁ!ー
思わず叫び声をあげたら、サラリーマンや小学生の何人かがこっちを見てきた。
でも僕は、そんな目が気にならない位、ソレを見ていた。
深く帽子を被った女の人かな。その女の人の周りに何人も若い女の人が絡みついていた。顔とか胸の辺りとかがズタズタに切り裂かれた女の人達だった。
僕は、ソレから目を逸らすこともできずに、横を通り過ぎようとした。
そしたら、その女の人達が一斉に僕を見たから、思わずまた叫びそうになった。
『この男を殺してえぇ! 殺してえぇ!』
『お母さんお父さんごめんなさい』
『コイツを警察に!』
『痛いよ、痛いよ。 私の目が無いよ!』
『また若い子を殺そうとしてるよ!』
女の人達は色々言ってきた。その女の人達を絡ませた、その女の人は人ごみに消えてしまった。
ーもしかして、連続殺人犯かなー
そんな事を考えながら、歩いていたらアノ場所に来た。目の前の学校はもう少しなのに…。
(また寒くなってきた)
道路の真ん中には、鼻から上半分の女の人がこっちを睨んでいる。
(いっつもいる。 また言うのかな)
僕は女の人の頭を避けて、道の左側を通って過ぎようとする。
女の人の上に、車が何台か通った。
(あ、くる…!)
もう少しで通り過ぎれそうだったのに、女の人は鼻から下を一気に露わにした。
口の辺りから足の先まで、真っ黒でグチャグチャだ。肩から腕の付け根までが、体にくっついてて手をバタバタさせてる。両足も一緒になってて、まるで一本足の唐傘お化けみたいだ。
その足で器用にピョンピョン近づいてくる。
『熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い…助けて助けて助けて助けて助けて、熱い熱い…』
僕は駆け足で校門まで走った。あの女の人は何を言ってるんだろう。
あの女の人だけ、臭いがする。焦げ臭いような、気持ち悪い臭い…。
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校門についた。
振り向くと、電柱の陰に男の子が逆さまでいること以外は普通の通学路があった。
目の前の体育館だけ建て替えてる、少し古い学校。僕の学校。
ここにも沢山いるから、僕は参っちゃうよ。
幽霊が見える目なんか無くなれば良い。
作者朽屋