『ヤバイ、怒られる』
月明かりに照らされた青白い道に
ポツンと心細い自転車の灯りが一つ。
その自転車を必死にこいでいる女子高生の名は、沙月(さつき)。
沙月の両親は父は警察官、母は弁護士だった。
母は沙月を産んでからは専業主婦をしている。
そんなエリートな両親の為か、厳しく育てられた。
門限は7時半。
塾にピアノ、書道を習っている沙月には友達と遊ぶ時間などなかった。
その為か、たまに遊べるときがあるとついつい、時間を忘れてしまうらしい。
そして今がちょうどその時だった。
時間を忘れ、遊び過ぎて門限を過ぎそうになっているのである。
その時、別れ道に差し掛かった。
右に行けば近道、左に行けば遠回りだ。
沙月は、右の道を進んだ。
普通はわざわざ遠回りをする人などいないだろう。
しかし、普通じゃないならどうだろうか。
沙月は不安で仕方なかった。
なぜならその道は、"出る"と言われていたからだ。
『お願いだから何も出ないで』
沙月は小声で半ば呪文のように呟いていた。
噂では、白いワンピースに麦わら帽子をかぶった女の幽霊が見えるらしい。
見えたら何かされるわけではないが、ずっと憑いて来るらしい。
そして、憑かれた人はほとんどがノイローゼになり、自殺。
一部の強い?(悪くいえば神経の図太い)人は何カ月かすると幽霊も諦めたのかいつの間にか消えているらしい。
沙月の幽霊への不安はその内、門限に間に合うかの不安に変わっていた。
一度門限を過ぎたことがあり、そのときは両親2人ともに長々と説教をされた。
しまいには、携帯を1ヶ月止められた。
今、そんなことをされては困る。
つい最近、憧れの先輩だった人とメールを始めたのだ。
その先輩の事を考えて少しニヤつきそうになった時だった。
フッと視界に入ってしまったのである。
白いワンピースに麦わら帽子をかぶった女の人が。
夜の街灯の少ない道で、一瞬しか見ていないのにはっきりと姿が見えた。
この世のものではない事は明らかだった。
沙月は競輪選手顔負けの速度で自転車をこいだ。
おそらく、人生でこれ程必死に自転車をこぐことはないだろう。
後ろを振り向いたら女が居そうな気がして、一度も振り向かず家に着いた。
自転車を捨てるように置き、一目散に家の中に入った。
『おかえり~、門限ギリギリセーフね』
と言う母の声がした。
『ふぅ』
沙月は安堵の溜息を漏らした。
門限に間に合った事よりも、母がいることで安心したのである。
別に母はお祓いなどができるわけでもなかったが、誰かといることでもう大丈夫だと思ったからだ。
念のため、恐る恐る外に"アレ"がいないことを確認しようとした。
その時だった。
ガチャッとドアノブが回り、ドアが開いていく。
ドアの開く瞬間がスローに見えた。
ドクンドクンと心臓が脈を打つ。
『ただいま』
父だった。
『お父さん__』
緊張が解けると思わず涙が溢れた。
事情の知らない両親はどうしたんだ?と戸惑っている。
しかし幽霊を見たと言っても信じてくれないだろう。
『なんでもない、鞄置いてくるね』
そう言って二階にある自分の部屋に上がろうとした時だった。
『じゃあ、先に上がったお友達にお茶でも持っていってあげなさい。』
母の言っていることが理解できなかった。
脳が考えることを拒絶しているようだった。
『可愛い子ね、白いワンピースに麦わら帽子までかぶっちゃって。初めて見る子よね?』
作者natu