近所の公民館で「怪談話」を持ち寄り、百物語的なことをすると聞いた。
これは行くっきゃない。怖い話に目がない私は朝からワクワクしていた。
そして午後9時。意気揚々と公民館に入る。中には私の他に10人ほどの人がいて、パイプ椅子を円状に並べたり、雰囲気を盛り上げるためか蝋燭などの小道具を用意していた。
私もそれらを手伝い、準備は終わった。
適当にパイプ椅子へと腰掛け、時計回りに怖い話を始めた。
トップバッターは私と同い年くらいの女の子だ。彼女は左手首に包帯を巻いていた。
怪我でもしたのだろうか…。
女の子はボソボソと喋り出した。
「私は長いこと、虐めに遭っていました…。小学生の時からずっとです。
最初は上履きを隠されて…体操着や筆箱、教科書などが盗まれました。トイレに入ったら閉じ込められて、出られなくされたこともあります。
中学生になってからは、机の上に使用済みのナプキンが置かれてあったり、机そのものを廊下に出されていたり…正直、もう学校には生きたくありませんでした。
私にとって不幸だったのは、両親の理解を得られなかったことなのでしょう。
あの人達は共に進学校を卒業し、挫折を全く知らないで生きてきた人達でしたから…。
虐められるお前もいけない、こんなところで躓いていたら駄目だ、強くなれ…両親はそう言って、学校を休ませてはくれませんでした。
高校生になってからも虐めは続き…友人もなく、担任も見てみぬフリを続けるようなクラスに、私の居場所なんてないのでした。
そして…私は死を選びました。
死に場所は通っていた高校の女子トイレです。せめてもの見せしめのつもりでした。私を虐めた奴等、見て見ぬフリをした担任、そして私に対して欠片も理解を示さなかった両親への…。
私はカッターで左手首を切り裂きました。不思議と痛みは感じず、そのまま目を閉じました。
見て下さい。これがその時の傷です…」
女の子は左手首に巻かれていた包帯をシュルリと外した。何度も切ったのだろう、赤い傷跡が数本残っている。化膿してジュクジュクしていた…。
何だろう、これは。場を盛り上げるための演出か?それにしては悪趣味な…。
私が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、次の人が話を始めた。若い女性で、首には何故かマフラーを巻いていた。この暑いのに…。
「夫は浮気癖のある人でした…。
結婚して2年経ちます。新婚の時に気付けば良かった…。毎日残業だ、飲み会だと言っては帰りが遅かったんです。しかし、あの頃はまだ夫を信じていましたので、疑うことなんて微塵もしませんでした。
そんなある日…買い物に出掛けたら、夫が派手な女性と歩いているのを見てしまったんです。
私は目を疑いました。2人は仲良さげに腕を組み、ホテルへと入っていきました。
…夫のことを信じていた分、彼の裏切りは胸に応えました。私は腸が煮えくり返る勢いで家路につき、夫の帰りを待ちました。
数時間後…夫は何食わぬ顔をし帰ってきました。私が先程のことを問い詰めると、彼は謝るどころか逆上したのです。
夫は私を殴りつけ、ネクタイを持ってくると私の首をギリギリと締めました。これがその時の痕です
」
彼女はパサリとマフラーを外した。鬱血し、青黒くなった痕が見ていて生々しい。
私はだんだん怖くなってきた。
何だか様子がおかしい…。早くこの場から立ち去りたかったが、次の人の話が始まってしまった。
次はサラリーマン風のスーツを着た男性。よく見ると、首が少し長いし、物凄く猫背だった。
「僕はある会社に勤めていました。それなりに頑張って働きましたし、後輩の面倒も見てやりました。
上司からも大切な仕事を任されるくらいになっていましたし、順風満帆だったんですよ。途中まではね…。
あれは去年の暮れのことです。上司の汚職がバレそうになったんです。会社の金を横領してたそうで…。
その時、僕は上司に言われました。
自分の代わりに罪を被ってくれないか、と…。
勿論、そんなむちゃくちゃな申し出は断りました。しかし、上司の汚職が広まれば会社は続けていられないでしょう。倒産は確実です。会社が倒産すれば、僕も仕事を失い、妻や子どもを養えなくなる…。
更に上司は、罪を被ってくれたのなら、お詫びとして妻や子どもが一生困らないだけの慰謝料を送ると言いました。試行錯誤の末、僕は条件を呑みました。
上司からは、ロープと遺書を渡されました。遺書には、僕が1人で会社の金を横領していたこと、そして良心の呵責に耐え切れなくなり、死を選ぶ…そんな内容のことが書かれてありました。
私はその日の内に、倉庫で首を吊りました。
首を吊るのって苦しいんですよねぇ…それにほら、引っ張られるから、首も伸びちゃうし。姿勢もあの時のまま…ずっと猫背が直りません」
…私は吐き気がしてきた。
どうしよう…どうしようどうしよう。
ヤバい…マジでいよいよヤバくなってきた。
「あなたは?どうして死んだのですか?」
ふいに隣の人が聞いてきた。いつの間にか皆が私をジッと見つめている。
「どうしたのですか。教えて下さい」
「さあ…。早く教えて下さいよ」
「何故黙ってるんです?」
「殺されたんですか」
「それとも事故?」
「自殺ですか」
「言え」
「早く言え」
「答えろ」
「さあ」
「早く」
「ど う や っ て 死 ん だ ?」
「…ッ、私は、私が…、わ、わたし、私が…ッ、死んだ理由、は…ッ」
作者まめのすけ。