部屋で勉強していたら、後ろからガタッと音がした。振り返ると、クローゼットが目に入る。
ハンガーでも落ちたかな、と思いクローゼットを開けた。しかしハンガーは落ちておらず、代わりに古ぼけた人形が転がっていた。
その人形には見覚えがある。小学生の時に買って貰ったものだ。名前は確かメイちゃんだったと思う。
メイちゃんはリカちゃん人形を少し大きくしたような人形だった。なので、顔や体が生身の人間によく似ており、こうしてみると少し不気味だ。
小さい頃はよくメイちゃんと遊んだ。1人っ子だった私にとって、メイちゃんは大切な友達のような存在だったのだ。
ただ…時折、私はメイちゃんを乱暴に扱っていたけれど。
学校で仲の良い友達と喧嘩したり、先生に怒られた日は、決まってメイちゃんに八つ当たりした。
腕を引っ張ったり、足を引っ張ったり…どうしようもなくムシャムシャした時は、2階から放り投げたこともある。
メイちゃんを使って憂さ晴らししていたのだ。
そんなことを考えていると、メイちゃんは足の関節をおかしな方角に捻じ曲げながら、ゆっくり立ち上がった。首をギチギチと鳴らし、乱れた長い髪の毛の隙間から、目が覗いている。
「メ…メイちゃん?」
「ア…アヤチャ……アヤチャ…ン。アヤチャン」
壊れたスピーカーのように、メイちゃんは私の名前を呼んだ。そしてだんだんとこちらに近付いてきた。
「アヤチャン、イッショニアソビマショ。ネェ、アソビマショ」
「あ、遊ぶって…何して遊ぶの?」
「ヒッパリゴッコシマショ」
メイちゃんは右手を突き上げた。
「アヤチャン、ワタシノオテテヒッパッタ。ワタシモアヤチャンノオテテヒッパッテアゲル」
途端に右手が物凄い力で引っ張られた。腕が抜けるかと思った。あまりの痛みに、悲鳴を上げて倒れ込む。
メイちゃんは次に左足を上げた。
「ツギハアンヨ。アンヨもヒッパッテアゲルカラネ。アヤチャンガワタシニシタヨウニ」
「ッ、ぎゃあっ!!」
今度は左足を引っ張られ、その場に倒れ込んだ。顔面を強く打ち、唇を切った。口中に鉄の味が広がる。
「サイゴハニカイカラオトシテアゲマショウ」
「やめてーッッ!!!!」
両足を引っ張られ、俯せのまま、ズルズルと窓際に引きづられていく。ひとりでに窓が開き、ベランダへと出された。
そしてグイと体を持ち上げられ、ベランダの柵から身を乗り出すような体勢を取らされる。
いつの間にかメイちゃんが傍に来て、愉しそうに私を見ていた。私は半分泣きながら、必死に叫んだ。
「ごめん!ごめんね!痛かったよね!ごめんなさい、もうしないから!メイちゃんに酷いことして本当にごめん!もうあんなことしない!絶対しないから!約束する!だから…だから、お願い。許して…」
すると体を押される感覚が消えた。恐る恐るメイちゃんを見ると、メイちゃんはしばらく黙っていたが、やがてニコリと笑った。
嗚呼、許してくれたのか…。
安堵する私の耳元で、メイちゃんは囁いた。
「ハイ、サヨウナラ」
作者まめのすけ。