この文字をずっと見てみ。
そう言って拓也が俺に【粉】と書かれた紙を渡してきた。
『こな?』
全く意味も分からず数分間その文字を見続けた。
途中でなんの意味があるか聞いたが、ニヤニヤして答えてくれない。
まあ特にすることもなかったので、横でニヤついている野郎のお遊びに付き合うことにした。
『そろそろかな。お前ゲシュタルト崩壊って言葉知っているか?』
前にTVで聞いたような気がするが…
『知らんな。』
じゃあ、さっきの【粉】って漢字を書けるか?。
さっきまで嫌という程見せられたのだ、書けるに決まっているだろう。
人を馬鹿にするのもいい加減にしろとブン殴ってやろうと思ったが、上手く思い出せない。
【こな】という漢字が書けなくなってしまったのだ。
『それが、ゲシュタルト崩壊。』
ドヤ顔も大概にせい。鼻膨らみすぎや…。
それを利用して暇つぶしに実験してみないかと言ってきた。
拓也曰く、鏡の中の自分に向かって《お前は誰だ?》と言い続けると本当に自分が分からなくなってしまい狂うという。
んで合わせ鏡だとさらに効果が期待できるらしい。
で、実際それを拓也の家でしてみようて事になった。
拓也の家は両親と拓也のみの三人家族。
両親は旅行に行っているので今日の夜は帰ってこないらしい。
一人息子を置いて酷い両親、そう思う人は早とちりだ。
旅行の話しは数ヶ月前から三人で行こうという話しになっていたらしいが、拓也が結婚記念日に夫婦水入らずで旅行に行って来たらと言ったらしい。
何ていい子なんだ、そう思った人も早とちり。
両親がいなければ自分の好き放題に出来るからそんな事を言ったに違いない。
時刻はもうすぐ十二時を回ろうとしていた。
明日拓也は朝早くからバイトが入っているしい。
よくやるよ本当、俺ならとうに帰って寝てる。
二人で二枚の鏡の狭間に立ち、ひたすら私は誰だと呟き始めた。
第三者から見ればこの時点で狂っているように見えるだろうな。
呟きながらふと思いついたことがある。
合わせ鏡って十二時に見ると悪魔が来るって都市伝説なかったか?
『なあ、そういや…』
拓也に都市伝説の事を聞こうとしたが、口を開けて固まっている。
ふざけているのだと思い、揺すってみたが反応がない。
ふと鏡を見てみると、鏡の中の拓也の肩に何かが乗っていた。
それが何かはわからない。
小人のように小さいがおぞましい姿をしている。
こいつはもしかして悪魔なのか?。
あともう一つ気になる事が、拓也の右耳から何か白いモヤモヤとした糸の様なものが一本出ている。
鏡の中でない拓也を見ても悪魔っぽいやつや白い糸は出ていない。
鏡の中にしか映らないみたいだ。
ふいにそいつが白い糸を引っ張り始めた。
スルスルと糸が引き抜かれていく。
直感的に何かヤバイと思い、慌てて正面の鏡をよけた。
慌てていたため、勢いよくよけてしまい鏡はバランスを崩し倒れた。
倒れた鏡は見事に割れた。
『何してんだよ!』
どうやら拓也の目が覚めたようだ。
先ほど起きた事を説明すると何で携帯で動画を撮らなかったのかキレられた。
まったく、心配したこっちの身にもなれよ。
その後、鏡を片付け寝ることにした。
興奮していて寝れなかったつもりなのだがいつの間にか朝になっていた。
横でバイトがあるはずなのに爆睡中の野郎を起こした。
『おい!バイトだろ?』
『バイト?入ってたっけ??』
その時は寝ぼけてやがると思っていた。
結局拓也はバイトに行き、俺は自分の家に帰った。
拓也の異変に気づいたのは休み明けの学校での事だった。
『あれ?あんなやつ居たっけ?』
確かに影は薄いが同じクラスのやつだ。
『音楽室ってどこだっけ?』
俺たちもう三年だぞ、一年坊主じゃあるまいし。
『あの先生の名前ってなんだっけ?』
といった具合に少し記憶が消えているらしい。
あの日の事が原因だろうか。
それから数ヶ月が経ち、拓也は前と変わらない生活を送っていた。
しかし、あの日から俺は鏡を見るとアイツが見えた。
小さな身体だがおぞましい姿のアイツ。
そのなりは悪魔と呼ぶに相応しいだろう。
拓也を始め、他の人にも見えるか聞いてみたが見えるのは俺だけのようだ。
今のところ何かしてくる訳でもないので放っているが、俺をジワジワと弱らせているのだろうか。
実際に精神的にかなりまいっていた。
もしも、拓也の時みたいになったらどうしようか。
もしも、白い糸のようなものを全部抜かれたらどうなるのか。
そんな事を毎日考えていた。
そして今、いつもと少し違うところがある。
俺の耳から白い糸のようなものが出ている。
拓也の時と同じ状況だ。
鏡に映らなければ大丈夫なはず。
しかし、動こうとした瞬間に悪魔は白い糸を一気に抜いた。
『早っ…』
………ぷつんっ。
ん?ここで何してたんだっけ?
あれ?俺って……
『ケヒヒヒヒヒヒ…』
鏡の中で悪魔の笑い声が響いていた。
____古来より、鏡には不思議な力があると信じられてきました。
時には魔除けの道具としても使われていたみたいですが、今回は逆に悪いものを惹きつけてしまったようです。
鏡に映るものに違和感があれば見るのをすぐにやめましょう。
そこには何かがいるのかもしれません。
作者natu