【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

鳴海今日子の怪奇特集~その1~

中編4
  • 表示切替
  • 使い方

鳴海今日子の怪奇特集~その1~

私の名前は鳴海今日子。フリーのライターをやっている。

最近、ある雑誌から依頼を頼まれた。ほんの小さな記事ではあるが、怪奇特集なるものを書いてくれないかという話だった。

今まで数多の記事を書かせて貰ったが、怪奇特集などという、非科学的な話を書くのは初の試みだった。何せ、かくいう私自身、幽霊や怪異などを全く信じていないからである。

信じていないというか、私の目には見えないのだ。

幽霊や怪異なるモノが。

この世ならざるモノが。

しかし、私には見えないだけであって、実際にはいるのかもしれない。ある作家が言っていたが、「眼球に映るモノこそが、自分の世界」であるらしい。

自分の世界。

私の世界には、幽霊や怪異はいないのだ。

だがーーーそうでない人もいる。

怪奇特集を書かせて頂くにあたり、ある女性から取材を行った。彼女はこれまでに何回か心霊スポットに出向いており、そこで撮った写真について語ってくれた。

彼女は…ずっと怯えていた。

敏腕な霊能者を知らないかと切実に頼まれた。

一体、彼女には何が見えていたのだろう。

彼女の世界には、何がいたのだろう。

この記事を掲載したところ、思ったより読者の反応が良いとのことで、第2弾を書かせて頂くことになった。

今回は、あるビルに勤める警備員から話を聞くことが出来た。そのビルは俗に言う「幽霊が出る」と評判のビルだった。目撃情報が後を絶たないという。

彼は取材に応じる代わりに、「ビルの正式名称を出さない」「自分の名前は出さないでほしい」との条件を出した。なので、彼のことは仮に松本さんとしておく。勿論、仮名である。

「すみませんねぇ。でも、ただでさえよくない噂が立ってんのに、これ以上広めたくないんスよ。騒ぎになってもマズいし」

そう話す松本さんには、目の下に隈が出来ていた。顔色も悪い。年齢は20代前半と言っていたが、実年齢よりも老けてみえる。

お疲れですかと尋ねると、彼は曖昧に笑った。

「今の仕事するようになってから3年経ちますけど…ホラ、警備員ってぇのは、深夜の見回りがあるんスよ。これが結構厄介でね。いや、仕事内容としちゃ別にキツくも何ともないんス。懐中電灯持って、異常がないか見て回るだけだし。ただ…」

松本さんは居心地悪そうにこめかみを掻く。

「深夜の見回りの度に見ちまうんス。お化けっつーか、幽霊ってヤツを…」

初めて目撃したのは、警備員を勤めるようになってすぐのことだったらしい。このビルの見回りは午前12時。見回りしている最中、松本さんは奇妙なモノと遭遇した。

「子どもがね…いたんス。それもまだ5、6歳くらいの」

その子は赤いレインコートに身を包み、3階の女子トイレの前にポツンと立っていた。迷子かな、と一瞬思ったが、午前12時である。こんな夜遅くに、幼い子どもがたった1人で出歩いているなんて有り得ない。

とにかく保護しようと、松本さんは女の子に近付いた。女の子は俯いていたが、「どうしたの」と呼び掛けると、ヌウッと顔を上げた。

女の子の眼球には白目がなかった。黒目で埋め尽くされていたという。

松本さんが悲鳴を上げそうになった時、女の子はポカンと口を開けた。口の中は真っ黒で、歯や歯茎、舌といった器官が一切なかった。まるでブラックホールのように、どこまでも虚ろな闇が続いているだけだった。

「あれにはビビりましたねぇ。あんなモン見たの、生まれて初めてだったから…。正直、気絶しかけたんス」

その後も彼は何度か恐怖体験をすることになる。それは決まって、ビルの見回りの時に起きた。

「確か去年の夏だったかな…。見回りしてたら、白い着物着たバーサンがいたんス。たまにね、認知症のジーサンバーサン、或いは浮浪者なんかがビルに入ってきちまうことがあって…。嗚呼、またかと思ったわけっスよ」

松本さんは老婆に近付いた。老婆はその身をピタリと壁に寄せ、上目遣いに松本さんを見つめていた。2人の距離が、だんだんと近付く。

「バーサンに声掛けようと口開いたそん時っス。バーサンが急に四つん這いになって、蜘蛛みてーに壁を這ってどっか行っちまったんですよ。すげースピードで。あれも怖かったっス」

この他にも、色々と起きているらしい。それらの全てを聞く時間は、残念ながら持ち合わせていなかった。

最後に彼に2つばかり質問してみた。彼が体験したおぞましい出来事を上司に話したのか。そして、何故警備員を辞めないのかを。

私からの質問に、松本さんはまた曖昧に笑った。

「報告なんかするわけないっス。日誌にはいつも異常ナシって書いてますよ。大騒ぎしたところで、何にもなりゃしないんスよ。俺が我慢すりゃいい話だし…。辞めない理由?そんなもん決まってます。この仕事、金になるんでね」

松本さんは、今も警備員を続けている。

Normal
コメント怖い
6
7
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

バケモノガタリ様。コメントありがとうございます。

何を隠そう、私も大好きなんです(笑)。
コンビニで売っている怪奇特集の本が。

コンビニに行くと、真っ先にチェックするのが文庫本のコーナーなんです。買い漁ってます。

これから夏に近付くため、そのテの本がたくさん店頭に並びそうですね。

返信

死ん様。コメントありがとうございます。

私自身も仕事上、夜勤があるのですが。
確かにお給料はいいんですよ(笑)。日勤をこなすよりも。

まあ、私の職場には怪異が現れないので、その点は安心して夜勤をこなせます(笑)。

返信

薄紅様。コメントありがとうございます。

私自身が尊敬してやまない作家様が、ある書物の中で「眼球地球論」という論文を唱えていたのですが。
自分の目に映るモノこそが世界ーーーそういった内容なのです。

世界、と言えば大規模なスケールで捉えがちですが、実はとても小規模なモノ。視界イコール世界。

どんな不可思議な現象も、それを見て感じる人間がいないと成り立たない。人間がいなければ、怪異は存在すらしないのかもしれませんね。

返信

雑誌の記事っぽい文章がなんかいいですね。
コンビニでよくそれっぽい本を立ち読みしてしまうので、なんかこういう雰囲気好きです(^^)

返信

夜勤なら一晩1万は最低でもあるからなぁ

返信

見えるものが必ずしも良いものとは限らないのが怖いですね
見えないヒトにとっては存在しなかったり面白い存在だったり
だけど良くないものが見えてしまう人からすれば逃げる事も出来ず人生そのものに関わってくる事もあるんですよね(>_

返信