俺は美術室が嫌いだ。
断っておくが「美術室」が嫌いなだけで「美術」が嫌いな訳じゃない。
担当の田中先生は若くて割と美人だし、何より優しい。
絵を描いたり工作するのだって、普段の他の退屈な授業に比べれば何倍も増しだと思う。
でもあの教室だけは駄目だ。
怖くて仕方がない。
あれから大分経った今でも・・・・
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今から半年程前の話だ。
当時、俺には茂という仲の良い友達がいた。
茂は俺と同じバレー部に所属していて、部内でもよく目立つムードメーカー的な存在だった。
と言っても別にチームのレギュラー部員という訳でなく、ベンチでワーワー騒ぐ方のタイプ。
お喋り好きな茂はチビで体力もあまりない方だったけど、いつも陽気なお調子者で部内でも人気者だった。
だから、あの日の珍しく動揺しっぱなしだった茂の事は今でもよく覚えている。
その日、茂はバレー部の朝練を無断欠席した。
いや、実際は俺が「昨日から体調が悪いらしいです」と顧問の西田先生に嘘の報告をしておいたので、無断ではないかもしれないが。
わざわざ頼まれてもいない嘘までついてフォローしてやったのは、前日にかかってきた電話でのあいつ様子がおかしかったからだ。
「やばいよ、俺・・・・死んじゃうかもしれない・・・・」
最初はいつものイタズラかとも思ったが、なんだか電話越しの声から鬼気迫るものが感じられた。
そんなに演技が出来る奴じゃないし、すぐに何かヤバい事に巻き込まれたってのは理解出来た。
ただ昨日の電話の時は若干錯乱しているようだったので、「明日ちゃんと話を聞くから」という事で電話を切ったんだ。
朝の部活を終えて俺が制服に着替えていると、朝礼10分前の8時20分頃に茂が教室に姿を現した。
茂はなんだか凄く思いつめた表情をしていた。
そして俺の姿を見つけると、まるで獲物を視界に捉えた獣のようにダッシュで近づいてきた。
「ノブッ!(俺の名前、「信雄」と言う)俺もう駄目なんだっ!このままだと殺されちまうっ!」
「おっ、おい。落ち着けよ茂っ」
茂は俺の肩をがっしりと掴んで離さなかった。
周りの生徒がなんだなんだと俺らに注目し始めたので、とりあえず茂を落ち着かせて自分の席に座らせた。
少し冷静さを取り戻してから茂はか細い声でボソボソと喋り始めた。
「見ちまったんだよ・・・・七不思議の一つの「美術室の自画像」を・・・・」
「・・・・昨日もそんな事言ってたな。それどんな話なんだよ」
茂は俺を見ながら「お前知らないのかっ?」と信じられない物を見るような顔で言っていた。
残念ながらその時俺が知っていた噂は「トイレの花子さん」と「首吊り桜」だけだ。
「美術室の自画像」なんて話は初耳だった。
そもそも噂では「七不思議を全て知ってしまうと七不思議の闇に捕らわれてしまう」って話だったから、五つも六つも知っている奴の方が少ないはずだ。
茂が「美術室の自画像」の話を始めようとすると同時に、担任の塚本が教室に入ってきた。
仕方なく「続きは後でな」と茂に告げてから自分の席に戻った。
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朝礼が終わると茂はすぐにやってきた。
そして何の前置もなくいきなり先程の話の続きをし始めた。
どうやらよっぽど早く誰かに聞いて欲しいようだ。
「なんでも[誰もいない放課後の美術室に一人で行くと黒い布が掛かったイーゼルがぽつんと立っている]らしいんだ。それでその黒い布をめくると、中にはその人の死んだ時の顔が描かれている絵があるらしい」
「・・・・それをお前が見ちまったって事なのか?」
俺の言葉を聞いて茂は一瞬言葉に詰まったが、すぐに無言で首を縦に振った。
茂が体験した事を簡単に説明するとこんな感じだ。
●●●
昨日、茂はバレー部の部活を終えると、そのまますぐに帰ろうとしていた。
だけど鞄の中を確認して持ってきていた漫画が無くなっている事に気づいた。
無くした場所はすぐに検討がついた。
1、2時間目の美術の時間以降に漫画を読んだ記憶がなかったからだ。
ノブは急ぎの用事があるとの事だったので、「先に帰ってていいから」と伝えてから一人で美術室に向かった。
最終下校時刻間近だったし美術部ももういないだろうと踏んでいた。
階段をあがり、美術室の前に着くと誰かが入っていく姿が見えた。
「こんな時間に自分以外に誰か用事がある人がいるんだろうか」と少し気になったので、身を隠しながらドアからチラリと中を除いた。
そこには誰もいなかった。
確かにさっき誰かが入っていくのが見えたのに何処にもいない・・・・
ただ教室の真ん中辺りに何かが置いてあるだけ。
その時点で嫌な予感はしていた。
でも何故か・・・・本当になんでか解らないが、体が勝手にそれに引き寄せられていったんだ。
気がついたらそれに被せられている黒い布をめくっていた。
思わず顔が引き攣った。
布の中から出てきたのは口から真っ赤な絵の具を垂らしている自分の顔だった・・・・
●●●
正直茂の話は信じられなかった。
いや信じたくなかったと言った方が正しいかもしれない。
どちらかというとオカルト否定派だった俺は、「何かの間違いじゃないのか?」と茂に聞いた。
茂は俺の事キッと睨むと、質問に答えずにこう返してきた。
「さっきの話には続きがあるんだよ・・・・七不思議」
「続き?って「美術室の自画像」の事か?」
茂は「あぁ」と軽く答えてから話を続けた。
「黒い布の中の自分の絵を見た人はな・・・・近いうちに全く同じ顔で死んじゃうんだと・・・・」
そのまま茂は顔を伏せて黙り込んでしまった。
机の上の両手は微かに震えている。
なんて言葉をかければいいか解らなかった・・・・
ただ、とりあえずこのままだといけないと感じたので「一緒に助かる方法を探そうぜ」とだけ言ってやった。
茂は顔を上げずに、また無言でコクンと首を縦に振っていた。
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その日から俺と茂は休み時間の間などに必死に「茂が助かる方法」を探した。
まず最初に、美術部の奴らに自画像の話について何か知らないか聞いて回った。
ただあまり成果は得られず、仕方なくその後は片っ端から知り合いの生徒に聞きまくっていった。
美術の授業がある日には美術室を色々調べてみる事もしてみた。
茂は美術室に行く事自体を怖がっていたりもしたが、「他の生徒も多い授業中なら安全だって」と説得してなんとか参加させた。
だが結局全てまるで成果なし。
途方にくれた俺達はある事を思い出した。
「茂は美術室に入る前に、確か誰かが入っていく姿を見たんだよな?」
「・・・・そういやそうだ。うん、なんで忘れてたんだろう」
「それが誰か解ったりしないか?」
「・・・・顔は見えなかったから・・・・いやでもあの背の高さは生徒じゃなかったような」
茂は少し考えるような素振りを見せてからポンと両手を叩いた。
「思い出した!たぶんあの服はキノッチだわ!」
「・・・・・・きのっち?」
「ほら、いつも朝、校門の前にいる」
「・・・・あぁ木下さんか」
茂は人をあだ名で呼ぶ事が多い。
なので誰の事を言っているのか解らなくなる事が多いのだ。
俺達はすぐに木下さんの所に向かった。
「う~ん、その日のその時間は確かここにいたと思うなぁ」
色々聞いて回り、たどり着いた先にいた木下さんの言葉は無慈悲なものだった。
「ですよね?原田先生」
「えぇ、確かその時間は俺と塚本先生と木下さんで、貰ったクッキー食べながらお茶してたはずですね」
「やっぱりそうですよねぇ~。それで、その人になんかされでもしたのかい?」
「あっ、いえ、たぶん俺の見間違いでした。・・・・すいませんでした」
なんだか気まずくなってしまい、そそくさと職員室を後にした。
振り出しに戻ってしまった・・・・
もうこれ以上何をすればいいか解らない。
横を見るとせっかく先程元気を取り戻していた茂がまた落ち込んでいた。
「・・・・しっかりしろよ。まだ何か方法があるって」
「・・・・・うん、ありがとうな」
茂は精一杯の笑顔を俺に向けてくれた。
ただ、情けない事に俺はその笑顔に対して咄嗟に同じ笑顔で返してやる事が出来なかった。
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茂の様子が明らかに変わったのは、あの日からちょうど一週間が経った頃だ。
一時間目が終わっても姿を現さなかったので心配していたら、二時間目が始まるギリギリのタイミングで教室に入ってきた。
すぐに授業が始まってしまったので声をかけられなかったが、授業中それとなく茂の様子を確認していた。
茂は何故か両手で頭を抱えていた。
と言うよりは、なんとなくだが耳を塞いでいるように見えた。
その時、いきなり茂が席を立ち上がって叫んだ。
「五月蝿いっ!俺に話しかけるんじゃねえっっ!!!」
突然の出来事に教室が静まり返る。
茂はそれに気づくと「すっ、すいません」と一言だけ誤り、すぐに席に座って顔を伏せてしまった。
授業が終わってすぐに俺は茂の所に駆け寄った。
「おい、茂っ。大丈夫か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、なんだ、ノブか」
茂の顔はとても疲れきった物だった。
なんていうかこう、精気が抜けてしまっているようなそんな状態というか・・・・
「昨日からさ・・・・ずっといるんだよ・・・・」
「・・・・いるって、何がだよ?」
俺は首を左右に振り、少し周りを確認した。
「・・・・・もう一人の俺が」
右の方を向いていた俺の首が固まった。
ゆっくりと茂の方に目線を戻す。
「まぁ俺の顔をした「絵」だけどな・・・・・まったく、自分の画力の無さが身に染みるよ」
茂の落ち着いた話し方が逆に俺の恐怖を煽っていった。
「どこに行ってもついてくるんだよ・・・・寝る時なんか俺のベッドの横に立ってずっとこっち見てくるしさ。気になって全然眠れないっての・・・・それでも気がついたら1時間程寝ちゃっててな。起きたらいなくなってたんだ。「あぁ、そうか夢だったんだ」って喜んで起き上がったら、ベッドの横に座って俺を見上げてる顔があるんだわ・・・・あん時は本気でチビるかと思ったよ・・・・」
クックックッと笑う茂を俺はただ呆然と眺めていた。
一応もう一度周りを見回してみたが、そんな奴は何処にも見えない。
「俺にしか見えないみたいなんだわ・・・・声も俺にしか聞こえない・・・・そいつが昨日からずっと俺に「死のう。一緒に死んじゃうおうよ」とか囁いてくるんだよ」
そういうと茂は俺の横の何もない空間をジロジロと眺めだした。
思わず体が反対側に仰け反った。
「大丈夫だよ。たぶん他の奴には何もしないだろ。「他の奴には」だけどな・・・・」
その言葉を最後に茂はまた顔を伏せてしまった。
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それからはもう本当にどうしていいか解らなかった。
あれ以来茂は話しかけても全く反応しないし、相変わらず授業中とかに突然奇声をあげたりもしていた。
俺はだんだんと茂に近づかないようになっていた。
そして、あの日から確か13日目の日に事件は起こった。
その日茂は4時間目の授業に出ていなかった。
すでに2度程授業をサボっている事があったので俺はそれほど気にせず、数学の山村だけがカンカンに怒っていた。
給食の時間になっても茂は現れず、そのまま昼休みになった時だった。
「先生っ!屋上で誰かが飛び降りようとしてるんですっ!!!」
女子生徒の悲鳴にも似た叫びが突如廊下の向こうから聞こえてきた。
「・・・・・・ちくしょう、おい!お前らはここにいろ!ついて来るなよっ!!!」
原田先生の大声の後に激しい足音がドタドタと遠ざかっていくのが聞こえる。
何故だかその時無性に不安な気持ちになった。
(もしかしたらそいつって茂なんじゃ・・・・・)
気がついたら屋上への階段を上っていた。
屋上の扉の前までたどり着くと、勢いよく屋上への扉を開けた。
ガンッ!
「!?おいっ!入ってくるなっ!今緊急事態なんだっ!!!」
「・・・・・・・・・・・茂」
そこにいたのはやはり茂だった。
茂はフェンスの向こう側で4階建ての高さの景色を背にして立っていた。
「くそっ!一体どうやって一人であのフェンス乗り越えやがったんだっ?」
目の前にいた原田先生が言った言葉の意味が俺にはよく解らなかった。
確かにうちの学校のフェンスは事故防止の為にフェンスの上の方がねずみ返しのように作られていて普通じゃ登れないようになっている。
それは解る。
でも今、茂の右隣にはもう一人生徒がいるじゃないか。
「おいっ!お前早まるなよっ!まず自分の名前を言ってみろっ!」
原田先生の問いかけに茂は何も反応を示さなかった。
変わりに、ずっと背中を向けていた生徒が顔を少しだけこちらに向けた。
その時やっと気づいた。
茂の隣にいる奴の体の色使いが「雑」だという事に。
黒と灰色で適当に塗ったようなその制服の色は、誰かの描いた絵で見たものと同じだった。
あまりよく見えなかったが振り向いたそいつの顔は目が異様にデカく、どことなく茂に似ていた。
「おいっ!なんだっ?何が言いたいんだっ!?」
気づくと先生が茂の方に向かって何か言っていた。
茂は涙を流したまま口をパクパクさせている。
声が小さすぎて聞こえないのかとも思ったが、どうやら全く声が出せていないようだった。
「・・・・・・・よしっ!今から少しずつそっちにいくからなっ!動くんじゃないぞっ!」
そういうと先生はジリジリと茂の方へと近づいていった。
俺は全く動けなかった。
ただひたすら、その光景を眺めている事しか出来なかった。
そしてあと少しで先生の手がフェンスまで届くという時だった。
茂の横にいる奴が不意に左手を上げた。
ゆっくりとその手は茂へ近づき、肩を掴んで止まった。
茂は必死に口をパクパクさせている。
その姿が何かを伝えようとしているようにも見えた。
(茂っ!なんだ?俺に何か言いたいのかっ!?)
俺が心の中で思った疑問に対して横にいた奴の方が答えてくれた。
『・・・・・・・・・バイバイ、ノブ』
機械のようなギコチない声がした後、二人はそのままの体勢で後ろへと倒れていった。
「おいっ!待てっ!!!」
原田先生が慌ててフェンスを掴んだ。
「・・・・・くっ、畜生・・・・なんでなんだよっ・・・・・」
悔しそうな表情をしながら先生はその場に座り込んでしまった。
少しして、下の方から生徒の悲鳴が聞こえてきた。
いつの間にか後ろに来ていた野次馬達もどんどん屋上に集まり、場はどんどん騒がしくなっていく。
俺はその後逃げるように教室に戻り、茂の死体を見ない事に徹した。
それでも茂の死体の表情は簡単に想像出来た。
小学校の時にあいつの自画像の絵を何度も見せられていたから。
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あれ以来俺は七不思議の話に敏感になった。
初めから知っておけば、その場所その時間に近づかなければいいだけの話だ。
でも未だに「美術室」だけは駄目なんだ。
大勢の生徒で普通に授業を受けている時でも、急に誰かの視線を感じたりする。
あの教室だけは駄目だ・・・・
それに気になっている事もある。
何故あの時、原田先生に見えなかったものが俺にだけ見えたのかという事だ。
それを考えると怖くてしょうがなくなる・・・・
もしかしたら俺も「選ばれた人間」なんじゃないか・・・・
もし一人であの美術室に行ってしまったら、きっと俺にも見えてしまうに違いない。
最初にも言ったが、これで俺の気持ちも少しは解ってもらえたと思う。
俺は美術室が嫌いだ。
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●七不思議の四●「美術室の自画像」
誰もいない美術室に一人で入ると黒い布の掛かったイーゼルが置いてある事がある。
その黒い布をめくると、中には自分の死ぬ時の表情の自画像があると言われている。
その自画像を見てしまった生徒は近いうちに必ずその絵と同じ表情で死んでしまうらしい。
作者バケオ
やっとこさ折り返し地点、な七不思議四話目です。あたり
美術室だと「夜中に表情の変わるモナリザの絵」とかが有名ですかね。
絵画やイラストはなんというか、独特な怖さがあると思います。
ネットでも「見たら近いうちに死んでしまう絵」なんて都市伝説っぽいものもよくありますし。
見るだけで人を不安にさせるような絵とかは、何か凄い力か、はたまたヤバい物を宿しているのかもしれません。