今2年B組ではある噂が流行っている。
[北校舎一階にある理科室には、恐ろしい化け物が密かに隠れて住んでいる!]
どこのどいつが仕入れてきた情報かは解らないが、何故か瞬く間にその噂はクラス中に広まっていった。
因みにその化け物がどんな奴かは誰も知らないらしい。
クラスのお喋り好きな連中は、やれ「緑色の半魚人」だの「顔が二つある猿」だのと好き勝手に予想していた。
オカルト話が大好きな美智恵もその中の一人だった。
「『チュパカブラ』って言ってね。スペイン語で「ヤギの血を吸うもの」って意味らしくて、家畜の血を吸う化け物らしいよ」
「うわっ怖っ!そんなの学校にいたらマジヤバイね~」
人一倍オカルトの知識があった美智恵は、みんなが自分の話に夢中になるのが楽しくて仕方なかった。
学校が終わると毎日のように自宅で妖怪だの未確認生物(UMA)だののサイトを漁っては、次の日みんなに話して聞かせた。
初めのうちは誰もが美智恵の話を興味津々といった感じで聞いてくれていた。
しかし一人、また一人、と日に日に美智恵の周りに集まっていた生徒達は姿を消していった。
別にブームが過ぎていった訳ではない。
単に美智恵の話が飽きられてしまっただけだ。
彼女の話は単なる「世界の謎生物大紹介!」なだけであり、実際に見聞きした情報等ではない。
最近では「天上に目があったっ!」とか「蛇口の奥から声が聞こえたっ!」なんていう目撃情報系の方が話題になりだしていた。
美智恵は面白くない気分だった。
だがすぐに名案を思いついた。
「あたしが本物をこの目で見てみんなに自慢してやればいいんだ」
一時的とはいえ、クラスの中心にいた事によって美智恵は少し調子にのってしまっていたのである。
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美智恵はまず謎の生物が何処にいるかの大体の予想をたてる事にした。
その為にはまず実際に理科室に行き、自分の目で見て化け物が隠れられそうな場所の見当をつけておく必要がある。
だが理科室はガラス系の実験道具やガスバーナー等、危険な物が多い為普段は鍵がかけられている。
仕方ないので授業で理科室を使用する日が来るまで大人しく待った。
そして念願の実験の日。
その日の実験は「スチールウールを燃焼させる」というもので、美智恵以外の生徒は割と夢中になって取り組んでいた。
他の生徒が「おぉ、燃えてる燃えてる!」などと実験に集中している最中も、一人だけ理科室の中をキョロキョロと見回し観察し続けた。
ビーカーや三角フラスコ等の実験器具が入っている白い棚、その横の確か人体模型が入ってるっていう縦長の棚、教壇横にある水道の下の戸棚、いやもしかしたら床下や天上に隠れてるなんて可能性もあるかも!
ざっと隠れられそうな場所に目星をつけ、実験そっちのけでノートに書き込んだ「お手製理科室MAP」に星印を入れていく。
(よしっ!バッチリ!)
満足のいく調査に自身満々の笑顔で顔を上げた時、そいつと目が合った。
一瞬何かの見間違いかと思った。
美智恵の視線の先にはサッカーボール位はあろうかという程の大きさの目玉があった。
教壇の左側にある理科準備室への扉。
その扉の縦横30cm位のガラス窓にぴったりとくっついてこちらを見ていた。
美智恵は「それ」から目が離せなかった。
自分が今何を見ているのかもよく解らず、ただぼーっとそれを見続けていた。
「おい、鈴木!」
「へっ!?」
突然名前を呼ばれて我に返る。
見ると、前の席にいる健がカンカンに怒っていた。
「いつまでそうしてんだよ!片付け位は手伝えよなっ!」
「あぁ・・・」と曖昧な返事を返すと、すぐに目を離してしまった事に気づいた。
慌てて視線を準備室の扉に戻す。
だがガラス窓にはいつも通りの準備室内の様子が見えるだけだった。
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謎の化け物は理科準備室にいる!
美智恵はノートに書いた理科室MAPの準備室あたりに赤ペンで大きくマルを付けた。
「見間違いなんかじゃない。あれは本物のモンスターだ!この衝撃の情報を教えれば一躍ヒーローになれるはずっ!」
・・・・と言ってみたものの、今の所何一つ証拠がない。
「準備室に巨大な目玉の化け物がいる!」なんて言っても、他の生徒のしているホラ話となんら変わらない。
何か証拠が必要だ・・・・・・
美智恵は必死に考えた。
そして「誰にでもすぐに解るような証拠写真を撮影する」という案に行き着いた。
幸いデジカメなら去年誕生日プレゼントに買ってもらった物がある。
美智恵は写真を撮影する為の作戦を考え、計画が実行出来るその日をじっと待った。
もしこの時誰かに相談していればあるいはこの無理矢理な計画はそこでストップしていたかもしれない。
しかし自分一人の成果にしたいと願う美智恵にその選択肢は存在しなかった。
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計画当日の日。
その日、2年B組のクラスは4時間目に理科室で実験を行っていた。
実験は予定通りつつがなく進み、4時間目終了のチャイムが鳴るとすぐに授業はそこで終了した。
生徒たちがパラパラと席を立って帰り始める。
最後に一人残った先生も室内に誰も残っていないのを確認すると理科室を出て鍵をかけて帰っていった。
理科室の中はシーンと静まり返った。
(・・・・思った以上に上手くいったな)
部屋の後方にある黒いカーテンがはらりとめくれる。
そこには美智恵の姿があった。
前々から一番後ろのこの位置のカーテンは人一人が隠れるにはもってこいだなと思っていたのだ。
それに理科担当の斎藤先生は授業が終わるといつも一度準備室に入る。
あとは他の生徒の目を盗んで隠れるだけだ。
一応失敗した時の言い訳なんかも考えていたが、運良く一発で成功した。
デジカメを両手に持ち、一歩ずつジリジリと準備室に向かう。
(上手くいけばギリギリ給食にも間に合うかな)
意外と気持ちには余裕があった。
だがそんな余裕も直後に一瞬で消し飛んだ。
「・・・・あっ、あぁーっ!しまったっ!」
ドアノブを掴もうとした時やっと気づいた。
どうやって準備室に入るのか、と。
馬鹿げた話だが、美智恵の頭の中では理科室に隠れ潜む事が出来た時点で障害は無くなっていた。
そのまま準備室に潜入してパシャリで任務完了。
普段斎藤先生が何度も出入りしているのを見ていたせいか、なんとなく「開いている」という勝手なイメージが出来上がってしまっていたのである。
「・・・・・・どうすんだこれ」
さっきまで風が吹けば開きそうなイメージだった扉が、急に重くガッシリとした強固な扉に見え始めた。
(いや、ここまで来たらもう手ぶらで帰る訳にはいかない!)
一応ドアノブをガチャガチャと回してみる。
が、やはり開いていない。
ガラス窓も触って調べて見たがさすがに外れそうにない。
いやまぁ外れたとしても縦横30cmの穴からどうやったら入れるのかは全く解らないが・・・・
その時ふとある事に気づいた。
ガラス窓から見える準備室の光景におかしな物が映っている。
天井からなんか毛むくじゃらの棒みたいなものが、ぷらーんと垂れ下がっているのだ。
それも物凄く長い棒。
ガラス窓の位置のせいで下の方はよく見えないけど、たぶん天井から床まで位の長さはあるっぽい。
長さは解らないが幅はだいたい美智恵の腕の太さ位はあった。
天井に開いた四角い穴から出ているそれは、やがてぷらぷらと左右に揺れ始めた。
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(なんなのあれ?)
首をかしげながら考えていたその時。
ガチャガチャ
突然後ろの方で物音が聞こえ、美智恵は腰を抜かしそうになった。
「・・・・あれ?・・・・あぁ~この鍵じゃなかったか」
声は理科室の入口のドアから聞こえていた。
(嘘っ!誰か来たっ!)
思わず声が漏れないよう両手を口に当てる。
ここにいたら見つかってしまう。
咄嗟に教卓の下のスペースに身を隠した。
ガラーーッ!
ドアが開く音がした後に教卓の前、自分のすぐ横を誰かの足が通り過ぎていくのがチラッと見えた。
チャラチャラ・・・・・・カチン、キィーッ。
音から察するに誰かが準備室に入っていったようだ。
美智恵は呼吸をするのも忘れて耳を澄ませた。
「おいこらっ!勝手に外に出るんじゃないといつも言ってるだろう」
どこかで聞いた事のある声だと思った。
「まったく・・・・・・なんだ?どうかしたのか?」
『オォォォォォォォォォォーーーッ』
(ひっ!)
準備室のあたりから言葉で表せないような恐ろしい声が届いた。
なんて言うかこう、「井戸から這い出てくる悪魔」のような声だった。
「・・・・肉なら半年程前に食ったばかりだろうに・・・・あんまり兄さんを困らせないでくれよ。そのうち「活きのいいの」を見つけてくるから待ってろ」
『オォォォォゥ・・・・・』
美智恵は確信していた。
(ま、間違いない・・・・あ、あいつだ・・・・)
この前見た巨大な目玉の姿が脳裏に浮かんでいく。
恐怖という呪いが体をだんだんと蝕んでいく感覚がした。
(にににに逃げないとっ!)
手足がブルブルと、ビックリする程震えていた。
それでも勇気を振り絞り、大きな音を立てないようゆっくりと教卓の下からの脱出を試みた。
ガンッ!
「いたっ!」
室内に鈍い音が響いた。
・・・・なんてこった。
・・・・ドジな事に頭をぶつけてしまった。
・・・・そして声をあげてしまった。
美智恵の顔から血の気がすーっと引いていく。
さっきまで聞こえていた男の声が急にピタリと止まった。
「・・・・・・誰かそこにいるのかぃ?」
まるで子供をあやす時のような優しい声が耳に届いた。
だが全く信用出来ないという事は解りきっていた。
一目散に入口のドアへと走った。
(そっ、外に出れればきっと助かるっ!)
しかし恐怖のせいか、足が痺れていたのか、途中で足をくねってその場に転んでしまった。
「いたた」とぶつけた肘を反対側の手でさすっていると、準備室の扉から何かが出て来るのが見えた。
その時、美智恵は理解した。
さっき準備室の中に見えた棒のような物は「腕」だったのだと。
4、5Mはあろうかという長さの毛むくじゃらの手が美智恵の足を掴んだ。
瞬間、美智恵の体が驚異的な力で引っ張られる。
「うわっ・・・あぁっ・・・・あぁっ・・・・・・・・」
ガリガリガリガリ
仰向けの体勢で爪を立て必死に床にしがみつく。
だが抵抗虚しく、あっという間に準備室の中へと放り込まれた。
準備室の中には化け物が二人いた。
手が信じられない位長い奴と、それに比べたらまだ人間っぽい奴。
人間っぽい奴が美智恵をじっと見つめた後に、後ろを向いてこう言った。
「よかったなぁ。これで今日から半年はお前の中の腹の虫も大人しくなるだろう」
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・・・・それから数日後のある日。
2年B組の教室では朝の朝礼で担任の岡本先生が出席確認をしていた。
「次・・・・・鈴木ぃ・・・・・鈴木ぃっ・・・・・鈴木美智恵っ!」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・なんだ?・・・・鈴木は今日いないのかっ?」
「・・・・・・先生」
「・・・・・・なんだ吉田」
「・・・・・・このクラスに「鈴木美智恵」なんて子いなかったと思うんですけど・・・・」
「・・・・・・んんっ!?」
慌てて出席名簿を確認する。
人差し指を名簿に当てて確認してみたが、確かに名簿に「鈴木美智恵」なんていう名前は載っていなかった。
「先生やべぇーよっ!すでにボケ始まってるんじゃねぇーっ!」
クラスのお調子者がすかさず岡本先生をおちょくった。
「うっ、五月蝿いわっ!まだ40代だっつの!」
教室中に生徒の笑い声が広がる。
そんな中に誰も座っていない机と椅子がぽつんとあった。
机には誰かがカッターか何かで彫った文字が見える。
[☆スズキミチエ☆]
生徒達の笑い声がこだまする教室内で何故かその席だけは哀愁を漂わせていた。
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●七不思議の五●「理科室の悪魔」
西校舎1階にある理科室には恐ろしい化け物が住んでいるらしい。
ただしその正体は誰も知らない。
何故ならそいつの姿を見て生きて帰ってこれた生徒がいないからだ。
ただ、時々理科室に一人でいると何かの鳴き声のようなものが聞こえる事があるという。
作者バケオ
七不思議五話目です。
今回は心霊系じゃなく「謎の生物系」です。
私は昔、子供の頃に学校で「世界の未確認生物大百科」みたいな本を何度も読んだ思い出があります。
幽霊とは違いますけどなんか惹かれるものがあるのです。
今回の話では、あえて怪物の姿はあまり説明しすぎないようにしてみました。
その方がより恐ろしい姿を想像してもらえるかなぁと思ったので(まぁ正直言うとそれ以外の理由もあったりしますが)