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長編8
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幼少期の体験

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  私の母方の祖母は、霊感が強い。

祖母が5歳の時に(終戦の時期だったらしく、薬も無かったと良く聞いた)高熱だったかで死の淵を彷徨い、三途の川を半分渡った事があるとかで、霊が見えるようになったと言っていた。

私は、6歳まで父方の実家に住んでいたが、嫁姑戦争で敗戦した母が実家に帰って以来、祖母と暮らし始めた。

そんな祖母の家での暮らしは、不思議な事で一杯だった。

その頃の話を語りたいと思います。

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第一話「おさよさん」

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 一番古い記憶の不思議な話は、母が実家へ逃げ帰ろうと言う算段を付けていた時に起こった話。

 おさよさん、と言う女の人の話だ。

 漢字にすると、おさよさんは「お小夜さん」と書く。

 別に、私たちとは縁もゆかりもない女の霊でした。

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 ある晩、祖母が寝ているとお小夜さんが枕もとに座って祖母を起こした。

「この様な夜半に失礼致します……」

 祖母は寝ぼけながらも起き上がり、お小夜さんに向き直った。

 そこには、祖母がこれまでの人生でも見た事がない程に、綺麗な女の人が座っていたと言う。

 白い着物に、黒い和髪、赤く塗った紅に白い肌。本当に綺麗な女人だったと祖母は語る。

「こんな晩に何の用だべか」

 お小夜さんは少々遠慮がちに俯いた。

 祖母は、何か言い難い事でもあるんだろうと思い、布団から出て居間へと向かうとお茶を一杯淹れてお小夜さんを呼んだ。

 着物の裾がシュッシュッと衣擦れの音をさせているのにスウッと寄ってくるのが印象的だったと言う。

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「まぁ、お茶でも飲んでけろ、良いお茶じゃねぇげっとも」

「恐れ入ります、頂きます」

 そう言うと、お小夜さんは安物の白茶碗に口を付けて、ゴクリとお茶を飲んだ。

「大変、美味しいです」

「そうだが? んだらば、よがった、よがった。んで、あんだはオラさ何の用なんだべ」

 そう聞くと、お小夜さんは一度言い淀んでから語りだした。

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「私は、この世の生は既に終わっており、墓に入ってもう長い事経ちます。親類縁者も息絶えて、私の墓は既に無縁仏となって久しくなりました」

「んだべかぁ、それは気の毒な事にねぇ」

「それで、此方へお願いに参った次第で御座います。どうか、私の墓に水とお茶をお供えして下さいませんでしょうか。私の妹も飢えで苦しみ、見るに堪えません……。此方様とはなんの縁もゆかりも御座いませんし、図々しいお願いだとは承知しておりますが、どうかお願いいたします」

「ええよええよ。んだば、アンダの墓は何処さあるんだべ?」

 快く快諾した祖母は、お小夜さんから墓の場所を聞き出した。場所は自宅から20分ほど歩いた先の集合墓地だった。

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「なんだべ、随分近いごだぁ。んだば、明日にでも行ってやっから、今夜はお茶一杯で勘弁してけろなぁ」

「ありがとうございます」

 頭を下げたお小夜さんは、お茶を飲み干してスゥッと透けて行き、消えてしまった。

 事が終わってから祖母は途端に怖くなり、自分が幽霊とお茶を飲んでいた事に驚いた。会っている最中は不思議だなぁ……とは思っても、全然怖くなかったと言う。

 でも眠いから寝ようと言う事で、祖母はお茶の片付けもそっちのけで布団に入った。

 翌日、昨日の出来事は夢か寝ぼけたんだろうと思って、布団から起きて居間へと向かうと、紅の付いた白茶碗が置かれたままになって居た。

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 祖母は大変驚いて、朝餉の仕度と共にお供えの団子を作り、仕事前に実家へ寄った母にこの話を語って聞かせたそうだ。

 その次の日、私は学校を休んで祖母の家へとやって来ていた。

 幼少の頃の私は体が弱く、良く腹痛や風邪をひいては祖母の家に預けられた。父方の実家には辺り一面田圃しかなく、病院なんてものが無かったからだ。

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未だ興奮冷めやらぬ祖母からその話を聞いた私は「うっそだぁ」と思っていたが、紅の茶碗を見た時は吃驚した。

 その口紅は、明らかに現代の高機能な紅とは違った。

 指で擦っても伸びが悪いし、粒子が荒いのかザリザリとした感触もあった。

 今思えば京紅の中でもランクが低いのか、もしくは昔の製法作られているからなのか、明らかに 現代の紅とは色の発色も性質も、全てが異なっていた気がする。

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 旅行で行った山県で見た、作りかけの紅によく似ていた。

 紅花を潰して、煎餅の様な形に練って乾燥させたものを博物館で見た事がある。アレを水で溶いて口に塗ったら、こんな感じになるんじゃないだろうか。

 昔ながらの朱肉みたいな感じのテクスチャーに。

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 その日、暇だった私は祖母とその墓に行く事にした。

 祖母が供えた花と水にお茶と、線香の灰が置いてある。

墓は小さな丸石が2つか3つ置いてあった。お小夜さんの石が一番大きく、裏にはお小夜さんの本名が刻んであった。随分、若くして亡くなったようだった。隣には妹と思しき一回り小さい丸石。 後ろには「菊」と掘ってあった。

「お小夜さんと、お菊さん?」

「んだべなぁ、死んでからも腹が減るってのは、辛かったべなぁ」

 そう言っていた祖母は、にこにこと笑っていた。

 私は、死んでからもお腹って空くのかなぁ……と漠然と悩んでみたけれど、子供だから直ぐにそんな事は忘れてしまった。

 けれど毎年お盆になると、祖母は今現在もお小夜さんのお墓参りに出かけて行く。

 

 このお婆ちゃん、この出来事で幽霊とお茶を飲むことに慣れてしまったのか、以来死んだ友人知人の幽霊ともお茶を飲むようになった。

 肝っ玉が太いと言うか、懐が広いにも程がある。

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第二話「黒マント」

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 私が祖母の家にやって来て、数か月経った頃のこと。

 根っからの心霊好きな母が、何を思ったのか「探検に行こう!」と6歳の私を家から連れ出した。

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「ねぇ、お母さん、探検ってどこに行くの?」

「下の家。なんか出そうなんだもの」

「やめようよぅ、勝手に入っちゃダメなんだよ?」

「いいのいいの、ほら行くよっ」

「もぅ……なんでお化けが好きなんだよぅ」

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 文句を言いながら、私たちは下の家へと向かった。

 下の家と言うのは、祖母の家から階下にある白い家のことだ。

 私がもっと幼い頃にご夫婦が住んでいて、最初に旦那さんが亡くなって、その一年後の同じ日に奥さんも亡くなったと言う曰くがあるんだが、ないんだか……と言う微妙な家。

 でも、誰も管理しなくなった家はボロボロで、畳はグズグズに腐り、天井板は剥がれ、障子は野良猫が破ったのかボロボロに破れている。

 雰囲気だけは満点!という、そんな雰囲気。

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「お母さん、やめようよ」

「もぅ、何が怖いの。いっつも変な事言ってる癖に」

「変な事言ってないもん。怖いよ、誰も居ないんだもん」

「今日は言っても良いよ~? 赤いジャム頭に乗っけた人でも、なんでもね~」

「お母さんの馬鹿!」

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 私が三歳の頃だったか、私は自分が見たものをポロリと喋る悪癖があった。

 俗にいう、子供は視えると言うのを地でやっていた。

 体が弱くて寝込む事もしばしばで、よく高熱に浮かされては変な幻覚か幽霊だかを見た事がある。当時になると、何故かませていたのか『こんな事を言うと構ってほしいだけの嘘つき扱いされる』と言う自覚があり、家族以外の人には言わなくなった。

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 縁側の硝子窓を開けて、母は中へ入って行く。

 母が見えなくなるのはもっと怖いと思った私は、渋々と母に続いた。

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 かび臭い家の中。

 昼間なので懐中電灯も何もいらない。

 家は直ぐそこ。

 廃屋探検でこんなに怖くない要素がふんだんだと言うのに、私はビクビク怯えていた。

 母は居間で突っ立っていて、辺りを見回している。

「ほら、行っておいで」と母に腕を掴まれて、私を先頭に台所の方へと向かった。

 今思えば、6歳の女の子になんて酷い事をしてるんだよ、お母さん……と思うけれど、この時は私がしっかりしなきゃ!と思っていた。

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 台所から二階への階段と足を進め、二階の部屋へと入る。

 その部屋で私は天井付近の天袋が気になり、じっと眺めていた。

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 ――――すると、悪戯っ子な母は、急に「ひゃあっ」とワザとらしい悲鳴を上げると、私を置いてドタドタと階下を下がって家を飛び出してしまった。

 一瞬驚いてパニックになりかけた私は、二階の窓から下を覗き、石段を登って家に入って行く母の姿を見た。

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「ひっどい! 私を置いていくってひどーい!」

 怒りマックスの私は頬を膨らませて、自分も家に帰ろうと思い、窓から離れようとした瞬間。

 その石段を優雅に登る、一人の男を見つけて見入ってしまった。

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 黒いタキシードに黒いマント、山高帽を被った男の後ろ姿が、黒いステッキをクルクルと回しながら石段を登って行く。

 セーラー○―ンのタキシ―○仮面みたいな男の後ろ姿に、私は異様な感じを覚えて眉を顰める。

 ゆっくりと、男は私の家へと向かっていた。

「お母さんが危ないっ!」と、何故か思った。

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 窓から離れて階段を下がり、急いで家を抜け出して石段を上った。

家に着くと母が「引っ掛かった~!何ビビってんの~!」と、今思えばどっちが子供なんだよと言う表情で母は玄関で私を迎えると、血の気の引いた私の靴を脱がしにかかる。

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「どうでもいいよ、早く家の中探して! 変な男の人が家に入った!」

「はぁ? 何馬鹿な事言ってんの。ははぁん、お母さんに仕返しかぁ?」

「違うよ! 黒いタキシードの男の人が、家に入って行くのを見たの!」

 必死に言う私へ母はイラッとしたのか「馬鹿な事言ってないで、手を洗いなさい」と言って家の奥へと入って行った。

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「絶対いたのに……」と納得いかない私は、文句を言いながら手を洗って、母からオヤツを与えられ、それを食べながら祖母の寝室兼仏間の方を何となく眺めた。黒い大きな仏壇。鈴と線香入れが置いてある小さな机の下を眺めていた時――――。

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 その暗がりにソレが笑っているのを発見した。

 首だけの山高帽を被った男がみっちりとその小さな暗がりに納まり、ニッタリと笑っている。

 私は一瞬にして恐怖のボルテージが振り切ってしまい、おやつを食べながら気を失った。

 次に目が覚めた瞬間、母が呆れたように私の傍にいた。

「もぅ、何時まで昼寝しているのよ。食べながら寝るなんて行儀の悪いっ」

 何が怖いって、このお母さんが一番怖いです。はい。

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怖女さん
読んでいただきまして、ありがとうございます。
ほんと、思考が若いママンなのですよ(;^_^A

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聞いてるだけだと可愛らしいお母様ですが我が身となると恐ろしいですね笑
宵子さんすごい!

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薄紅さん

ほんと、やれやれなママンなのですよ(^_^;)
怖い話が大好きで、お茶目で、いたずらっ子なのです。

祖母の家の近所で人が亡くなった事件があった時も「その家に行こう!」と言っては連れて行き、子供に「行って来て! お母さん、怖いから、お前頑張れ!」とか言う人です。

未だに、母はそんな感じで、稲川さんのライブを毎年楽しみにしているホラー好きです。

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