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――――ある日突然、忽然とレイコちゃんがこの街から消えた。
女商売人や女常連さん達の噂情報コミュニティも、その真相は微妙に闇の中で的を射ない。
気が狂って精神病院に入れられたとか、親が迎えに来たとか、警察に捕まったとか、自称霊感を騙った祟りで霊に取り憑かれて死んだとか。
お客の誰かを怒らせて、半殺しにされたとか。
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現実的に考えるなら希望的観測コミコミで、ご両親の捜索願いで警察に保護され、地元に帰った(地元も関東や関西方面と聞いていたし)とか、日に日に変貌して行く彼女に嫌気のさした関係者の男性の誰かが、警察にタレコミして強制送還されたんだと思いたい。
余り良い子とは世辞にも言えなかったが、二十歳を過ぎたばかりの女の子が、ほぼ何も持たずに家出して来た結末が幽霊騒動の挙句……なんて、あんまりだ。
それなりに苦労と苦悩があったんだろう、同情はするが、生きているなら心穏やかにに生きていて欲しいとは思う。
少々、彼女は人の恨みを買い過ぎた所もあったし。
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と、いうのも。
私が光さんから真相?らしき物を聞いてから、彼女は徐々に気性が荒れ狂い出した。
元から気の強い……と言うか、若人特有の交戦的な側面もあった子なので、最初の頃からお客様と揉める事は多少あったが、その頃になると大半のお客様と揉める様になった。
その度に、キメラ君や他の体の関係があったと見られる男性達が止めに入って、ぐったりしていく。
はたから見ていてヒヤヒヤする位、レイコちゃんの周りはオカシくなっていった。
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大体にして。
当初、彼女はキメラ君とは恋人同士みたいな感じだったが、数週間後には別の男性と住み始め、また別の男性と……。
そんな風に渡り歩き、光さんが彼女を悪霊デパートだと語る頃には、路上商売人やストリートミュージシャン達の殆どが兄弟になってるぐらいに、コロコロ変わる。
彼女がいようが、既婚だろうが、お構い無しで家を占領し、軒先貸して母屋を取るなんて日常だったそうだ。
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そんな事をしていれば、当然としてこの界隈の占い師である私の元へ、彼女や奥様方が敵の視察と情報収集の為にやって来る。
『占い師なら、旦那や彼氏のウラの姿や何かを知ってるかも。ついでに今後の事を見てもらおう』
なんて思うのだろう、同じ考えの方が結構来たりして、圧倒された。その般若顔が怖くて(汗)
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そう言う憎悪の絡んだ占いをしていると、何故かよく道具が壊れる。
私は置き物・空間浄化用として水晶を置いて仕事をするのだが、詩織さん(キメラ君の奥さん)が来た時に、触れもしないのに行き成りパキンと音がして、水晶の丸玉が割れてしまった。
私にしてみれば、キメラ君が既婚だった事の方がショックだったけれども。
(硬派な印象だったので、そんな不道徳な事をするとは思えなかった)
かくして、その後水晶は3度買い替える羽目になる。安物ではあるが、こうも壊れると如何せん怖気づいてしまう。
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私はまた、光さんに連絡を取った。
「あの子の話だろう?」
光さんは、モシモシ?も言わずに単刀直入にそう言った。
「そ、そうだけれど……」
彼女の勘の良さには、いつも慣れない。自分のペースが乱れるので、こういう時に『物凄く当たる占い師は流行らない』と言う意味を実感する。
相手が話そうとしている所に「コレでしょ」「それはね」と直ぐに回答がやって来るので、お客さんもペースが乱れ、話したい順序を忘れてしまうからだろう。
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「あの子は駄目だよ。自分で撒いた種だから」
「とは言っても、お客さんが可哀想だ」
「とはいっても、お前に出来る事は無いし、私にも出来る事は無いんだよ。事は終結まで一気に下るだけだ」
「だけれど、誰か祓える人がいれば……」
「アレは祓えるよ。多分。でも、彼女が自分で言ったんだろ。『私は霊感少女』だって。そして、お祓いが出来るとも。よって、誰かが『お前に着いた店長を祓ってやる』と言っても、彼女は承諾すまい。霊感が本当でも嘘でもね」
「でも、ほら、漫画とかで遠隔で出来る人とかいるじゃん? テレビとかでもさ」
「漫画やテレビだからだろ……。確かに遠隔で除霊しますなんて謳う奴はいるし、確かにそう言う事が出来る人もいる。でも、誰が金を払う?」
光さんの声に凄味が加わった。
「…………。」
「…………。」
無言になってしまった。
結局、光さんは私にこの件に関わるな、これ以上首を突っ込むな、それだけ言うと電話を切ってしまった。
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その週の週末は、どうしても気が乗らず、路上には行かなかった。
自分に出来る事が何もないし、かと言って見ているともどかしい。
まだまだ餓鬼だった私は、頑張ればどんな事でも解決できると言う甘い考えが捨てきれていなくて、一人悶々としていた。
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その頃には、私には白いワンピースの女は見えなくなっていた。でも、レイコちゃんの言動は日に日に荒くて、ちょっと目を合わせただけで「何ガン飛ばしてんの」「馬鹿にしてるでしょ」と精神状態が不安定だった。
憑りつかれているからなのか、親元を離れて他県にいるストレスなのか、私には判別不可能だった。
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その次の週に路上へ向かうと、絵描きの女の子と詩人の男の子が私の隣に座って店を出す。客を待っている間、こんな話を聞いた。
「彼女、居なくなったんだって」
「……いなくなった?」
「そうなんですよ、忽然と。それで、高橋君が宵さんに、ご相談したいそうです」
「なんで、また……。なんで居なくなったの? 家出の家出?」
「さぁ、わかんない。他の男の所に行ったとか?」
未だに刺のある言い方をして、絵描きはフンと鼻で笑った。
「その可能性もあるけれどさ……」
私はそう言い、何事も無ければと祈った。
幾ら良い子じゃなくっても、人に何かがあるのは堪らない気持ちになる。
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数時間後、最後に同居生活をしていた高橋君(仮名)が私の所にやって来て、おどおどとしながら語ってくれた。
「すんません、急に」
「別にいいよ、気にしなくても。それで、彼女が居なくなったって」
「そうなんスよ。それも急に……俺、警察に届け出した方が良いんですかね……」
「詳しく聞かせてくれる? いなくなった時の事」
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高橋君の話を要約すると、レイコちゃんはお風呂の後に「コンビニ行ってくる」と言って夜間に部屋から出て行った。
水道水が不味くて飲めないので、お茶のパックを買ってくると言う。
暫くして、彼女の小銭入れがテーブルに置きっぱなしになって居る事に気が付いた高橋君は、近所のコンビニへと向かった。
だが、コンビニ定員によると確かにレイコちゃんらしきパジャマ姿に髪の濡れた女の子が来たと言うが、すぐに出て行ったと聞いた。
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ならば、入れ違いになったかと思い部屋へ帰ってみたら、レイコちゃんが気に入って被っていたピンクのブランケットのみが床に落ちていただけで、彼女は居ない。
携帯電話を持っていない彼女に連絡する事も出来ず、彼はブランケットを持って外へ探しに行った。財布を落としたと思って辺りを探して歩いているかもしれないと思ったそうだ。
暫く探したが何処にもおらず、高橋君は仕方なく部屋へ帰った。
すると、玄関の前に彼女が履いて行ったゴム製のサンダルが片方落ちていた。
帰っていたかと思い、ドアを開けるも鍵が掛かっている。鍵を開けて中を見ても、誰もいなかった。
数日経っても彼女は帰らず、友人や元彼に連絡を取ったが誰も知らない。
居場所を変える為なら荷物が消えていても良いのに、彼女の荷物は全てそのままで、財布も小銭入れもそのままだと言う。
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「何か事件とか、事故にあったんじゃ……」
「ありうるかもしれないよね……。パトロールに来た警察のオッサンに言ってみたら良いと思う。サンダル片方で、財布も荷物も持たないで他の人の所へ行くなんて考えられないし」
「そうっスよね……」
そう言って、定時のパトロールに来た警官に事情を話し、彼は警官と共に私の側から去って行った。一時間後に戻って来た彼は疲れた顏で事の次第を報告し、私の携帯番号を控えると今日は帰ると言って行ってしまった。
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「本当、何事も無いと良いよね」
私がそう言うと、珍しく絵描きが「うん」と頷いた。
「他の男に食わせて貰うにしても、自分の物は持っていくと思うし、サンダル片一方は無いわ……無事だと良いけれど」
「本当だよ」
「事件にしか思えないですよね……世の中物騒だから……」
詩人が妙に俯きながらそう言うと「今日はもう、上がりませんか」と言った。
確かに、にこやかに笑って仕事をする気分ではなくなっていた。
私達は、その晩はそれで切り上げてファミレスに行き、お茶やお酒を少し飲んで他愛のない雑談で気分を変えようと躍起になる。
そんなのは無駄な抵抗だとでも言うように、深夜のファミレスに携帯の着信が鳴り響いた。
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高橋君からだった。
電話に出ると、酷く怯えた様子で声が出ないのか無言で息を吐いたり吸ったりしている。若干、過呼吸を起こしかけていた。
「ゆっくり息を止めて、ゆっくり吸って、落ち着いて」
受話器越しに「は……はっ」と返事らしきものが聞こえる。
埒が明かないと思った瞬間に私は
「家何処? 詩人君、絵描きちゃん、彼の家知らない?」
彼に聞いても声が出ない程に怯えていて話にならないと思い、私は二人に聞いた。けれども、二人とも知らないと言う。
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「何かあったの?」
「……らしい」
「ボク、誰かに聞いてみます」
詩人と絵描きがそう言って、知り合いの路上商売人やストリートミュージシャンに電話を掛ける。
「兎に角、無理に返事をしなくていいし、焦らなくていい、ゆっくりと息を止めて吸って、近くに袋があったら口に当てて」
とは言った手前から、私も動揺していたので「怪我をしているのか? それとも怖いのか?」と質問していた。
彼は「げ、ゲン……あ……ゼー……ヒッ、ヒッ……」と答えようとしている。
奇しくも、二人の知り合いの中に彼の家を知っている者は居なかった。
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携帯が高性能になったとはいえ、GPSで彼の現在地を調べるとかの知恵を持たない私は、咄嗟にこう言った。
「歩ける? そこから離れられる? 私達、街中の○○って言うファミレスに居るから。来れる?」
「……はっ……はっ!」
そう言って彼は電話を切った。
何度か電話を掛けたが、全然出ず、私達は会計を済ませて店を出た。
入口の方で暫く待っていると、スエットにジャケットを羽織った高橋君が片腹を抑えながら歩いてくるのが見え、駆け寄って肩を支える。
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「大丈夫?!」
「取り敢えず、水飲む? 飲める?」
「……だ、大丈夫です……すんません……すんません」
彼は地面に膝を着いて蹲り、ボロボロと泣き出した。
それを見ていた呼び込みの居酒屋定員もやって来て「大丈夫なの?」と聞いてくる。一時期、救急車呼んだ方が良くない?と言う事にもなったが、彼が手刀を切って「大丈夫です、具合が悪いんじゃないんで」と必死に弁解していた。
「取り敢えず、温かい所に入る? 体を温めた方が良いよ」
絵描きの機転で、私達はさっきまで居たファミレスに戻り、彼を座らせてドリンクを手渡した。
彼はずっと謝るばかりで、カタカタと震えている。
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お茶を飲んで一息つくと、彼は手を擦り温めながら、スニーカーを脱いでソファー席に体育座りをし、ボソボソと話し始める。
「い、今から、俺んチ、来てくれないッスか……」
「うん、わかった。ただ何があったの?」
「髪の毛、髪の毛がグルグル巻かれたレイコのサンダル……、ボタって落ちて来て、そんで……俺、風呂あがった後で……ボタって」
ブルブル震えながら、彼は容量を得ない話を語り、兎に角家に来てほしいと言う。
「なら、今から車呼んでくる。こんな薄着じゃ風邪引いちゃうよ」
絵描きが彼氏に電話して、車を出すように頼んでくれた。
本当にありがたかった。
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絵描きの彼氏の車に全員乗り込むと、高橋君のナビで自宅へと向かう。
怖い事が嫌いだと言う彼と一人にするのも可哀想だと言う事で絵描きが車に残って、私と高橋君、詩人が部屋へと向かった。
錆びた鉄の階段を上がって部屋に向かうと、ドアに手を掛ける高橋君がまた震えだす。詩人がカギを受け取ってドアを開けた。
部屋は居たって普通のワンルームで、いかにも男の子の一人暮らしと言う風に散らかっている。
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「……うわっ」
玄関口で立ち尽くしていた詩人が声を張り上げた。
「何? 何かあった?」
「そそそそそ、そそれっ」
高橋君が必死に訴える。詩人は玄関口に置き捨てられてたビニール傘を手にすると、それを引っかけて後退りする。
私達もそれにつられて玄関を出ると、廊下の蛍光灯の下でポトリとビニール傘からソレを振るい落とした。
長い髪の毛をグルグル巻きにしたレイコちゃんのサンダルだった。
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「これ、何?」
「……分からないよ、なんで髪の毛なんか……」
高橋君はドアの片隅に座り込んで震えている。
「にしても、レイコちゃんの髪にしては長くないですか?」
「うん、セミロング位だったもんね」
よくよく見ると、黒い毛に交じって茶色い髪と言うか金髪と言うか、そんな毛束も交じっている。
もじゃもじゃとぐる巻きにされたゴムサンダルを私は手に取って色んな角度から眺めてみた。
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今思えば、素手でそれを触った私は一体何考えていたんだと思う。
母譲りのホラー映画の知識では、こういう時に肉片や血がついている物だけれど、そんな事は無かった。髪の毛だけ。
「もっと明るい所で見たいんだけれど、中入っても良い? あと、ビニールの袋とか欲しい。警察に届けなきゃ」
部屋の明かりの下で髪を凝視すると、やっぱりレイコちゃんの髪と思しき茶髪と金髪が黒髪と交じっている。
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ただ、黒髪と金髪は明らかに毛質が違った。黒髪の方は一度も染めたりしていない健康そうな黒髪で、触るとツルっとして若干油分がある気がした。
匂いを嗅いでみると、ちょっと臭かった。
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「よくそんな事できるね……」
「だって、何かの手掛かりなのか、悪戯なのか、知りたいじゃないの」
「だからって、うわ……。見た所で分かるんですか?」
「いや、分からんけれどさ……」
「宵さん、早くそれ、どうにかして下さいよ……」
そう言われて、私はそのサンダルを袋に入れた。
「じゃあ、警察に行きますか? 高橋君、着替えた方が良いよ」
「そうだね、さっき事情を聞いて貰った所の方が話が早いだろうから、送って貰おうか」
部屋で一人になるのが嫌だと言う彼の為、私一人が部屋を出て、車に戻った。
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絵描きと彼に報告すると、絵描きはそれを見たいといった。
「いや、余り見ない方が良いかも」
「グロイの?」
「若干……」
「おいおい、そんな変な物、車の中で開けないで下さいよ?」
「すみません、後は警察に届けるだけなので」
「ごめんね、もうちょっと我慢してね」
「勘弁してよなぁ……もう」
本当に申し訳ないとは思いつつも、余り神妙な態度はとらないようにした。
ここで怖い雰囲気を洩らしたら、何かが壊れると思った。私だって、平然とサンダルを触っていた訳じゃない。
ホラー映画を見ていた時、いっつも思っていた。誰か一人、痩せ我慢でも冷静さを装っていれば、悲劇は起きないんじゃないかって。
まぁ、これから誰かが死ぬって訳じゃないけれど、パニックになっても良い事なんかない。
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高橋君が着替えてやって来ると、交番に向かった。
「すいません、さっきの事なんですけど……。俺が風呂から上がった時、玄関からボタって音がして、見たら髪の毛が巻き付いたレイコのサンダルが……」
高橋君は警官の前で例の袋を開ける。
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けれど、袋の中のサンダルには毛なんて巻き付いていなかった。
「嘘っ……詩人君、見たよね?」
「見た。なんで?! さっきはあんなに沢山巻き付いてたのにっ」
高橋君は、またガタガタと震えだした。
私達も今度はパニックにならざる終えなかった。さっきまでグルグルに巻き付いていた気持ち悪い髪の毛がなく、ただのサンダルが片一方だけ入っている。
警官は「落ち着け」と私達を宥める。
取り敢えず、何かの見間違いだろうと言われたが、私達は納得できなかった。けれども、現物がこうではどうにもならない。
仕方なく、とぼとぼと交番を出て、私達は家路についた。
結局、レイコちゃんは未だに見つかっていない。
今思えば、あの長い髪の毛は『店長』なのかもしれない。あの女の幽霊は、とても髪が長かったから。
作者宵子
未だに、胸糞の悪い幕切れでした。
でも『アレ』は悪戯ではなかった事は確かです。
確かに見ましたから。汗をかいた後の頭皮の匂いと言うか、酸化した油の匂いも覚えています。
最初は、彼女がやった悪戯じゃないかって思っていましたが、そうじゃなかった。
結局、冒頭のような噂が流れ、彼女は見つからないまま現在に至ります。
全員の何かの勘違いだったのか、仕組まれたことだったのか、未だに分かりません。
人が一人、何も言わずに消えることほど、嫌なものは無いです。
この話は、登場人物は仮名を使ったり、そして人の事情背景などは若干盛ってあります。
けれど、あった事は実際の事です。東北の小さな街の、薄暗い路地で起こった実体験。
あの白い店長は一体なんだったのか、何の為に現れたのか、レイコちゃんは何処に行ったのか。
思い出すと、気分が滅入ります。
それ程、強烈な思い出として私の中でずっと燻っています。