私の名前は鳴海今日子。フリーのライターをしている。
最近請け負った仕事は、ある雑誌の小さな一面を埋めることである。それもーーー怪奇特集なるものを。
今までの取材は一般の方から聞いた話を元に書かせて頂いたものであるが、今回は何と、ある有名俳優さん直々に話を聞くことが出来た。何故、その俳優さんとアポが取れたのかは企業秘密である。まあ、ちょっとしたコネがあった、ということだけ記しておこう。
取材にあたり、俳優さんとそのマネージャーさんから「決して個人名を出さないでほしい」と、再三のお願いをされた。
彼はかなり知名度が高く、これまでに多くのドラマや映画、CMにも登場している、多忙な方なのだ。
当然、人気もある。その人気に傷をつけないよう、くれぐれも取材は手短に、そして極秘に行ってほしいとのことだった。
彼の名前は仮にMさんとする。Mさんはソファーにて優雅に長い足を組み、にこりと微笑んだ。甘い笑顔である。一瞬にして女性を虜としてしまいそうな、色香の漂う表情だった。
女性からモテているでしょう、と野暮なことを言う私に、彼は困ったように目を細めた。
「いや…。もう10年ほど、親しくお付き合いしている女性はいないんですよ」
ーーー何故?そんな馬鹿な。こんなにスタイルも良くて、イケメンな方が長いこと彼女がいないなんて…。
訝しげな顔をすると、彼はポツリポツリと、低い声で語り出した。
それは…今から10年前のこと。当時、彼には5年ほど付き合っている女性がいた。彼女もまた芸能人で、タレントとしてあらゆるテレビ番組で活躍していたという。
お互いに仕事が忙しく、滅多に会えないような関係だったが、頻繁に連絡は取っていた。
ところが…。初夏の頃、彼女の様子が何となくおかしくなってきた。電話しても覇気がなく、「怠い」
「疲れた」「仕事を辞めたい」と愚痴を言うことが多くなっていたという。
「彼女、人気タレントでしたからね。休みなんて殆どないような、過酷なスケジュールだったみたいなんです。それが原因で、どうも鬱病になってしまったみたいで…」
Mさんとしても彼女のことは心配だったが、ご自身もかなり過酷なスケジュールで動いていたため、なかなか会いにいけなかった。そしてそれから僅か3日後ーーー彼女は自殺を図った。
住んでいたマンションから飛び降りたのである。彼女は飛び降りる前、Mさんに電話で「今から会いにきてほしい」と伝えていた。
「電話を貰った時、たまたまドラマ撮影が終わってたんです。だから慌ててマンションに駆けつけたんですけど…残念ながら間に合わなくて…」
時既に遅し。彼がマンションの駐車場に車を停めたのとほぼ同時刻。彼女はベランダから身を投げていた。
ドサッという音が聞こえ、Mさんは車を降りて走った。すると地面には頭から大量の血を流し、うつ伏せに倒れている彼女の姿があった。
…可哀想なことに、彼女は即死してはいなかった。かろうじて息はあったものの、全身をピクピクと痙攣させ、目は白目を剥いている。ゴボリ、と口から血を吐いては、か細い声で「いたいよぉ…いたい」と唸るように呟いていた。
Mさんは…ギラリと目を光らせた。それはかつての恋人の死を悼んでいるというわけではなく、獲物に餓えた猛禽類の目つきだった。私の背中にゾクリと寒気が走る。
彼は不似合いな厭らしい笑いを浮かべると、やや身を乗り出し、興奮気味に言った。
「不謹慎な話ですけど…僕ね、瀕死の彼女を見て、性的に興奮してしまったんです。頭から脳漿や血を吹き出し、口から血を溢れさせ、痙攣させている彼女が凄く凄く、魅力的に見えてしまって…」
私は胃の辺りがムカムカしてきた。胃液が込み上がり、口の中がやたらと酸っぱい。
人気俳優としてその名を馳せている彼の意外な顔を知ってしまい、ガッカリしたような、気持ち悪いような、そんな複雑な気持ちだった。
「それ以来、普通の女性を見ても魅力を感じなくなってしまったんです…。魅力を感じるのは、死にかけている女性。瀕死状態で苦しんでいる女性しか愛せなくなってしまったんです。だから、誰とも付き合いませんし、結婚も無理でしょうね」
自嘲気味に笑う彼に、私は何と言っていいのか分からず、黙っている他なかった。
作者まめのすけ。