ある町に、人々から幽霊屋敷と呼ばれている古い洋館があった。所謂西洋屋敷といった外観で、洒落た2階建ての造りである。
屋敷をぐるりと囲んでいる塀には、蔦が絡み、所々朽ちていた。庭も広々としているが、手入れがされていないためか、草木が生い茂ったままの状態だった。
この屋敷がいつ頃からあるのか。どんな人々が住んでいるのか…それは誰も知らない。屋敷はいつもシンと静まり返り、生活音が全くしなかった。そのため、今はもう無人ではないかと人々は言い合った。
ある日の夕暮れ。たまたま屋敷の近くを通りかかった主婦が若い女の笑い声を耳にした。ハッとして辺りを見回すと、声はどうやら屋敷の中から聞こえるようだった。
ここは無人のはずなのに…。訝しげに思い、錆びた鉄格子の門からそっと中を覗く。すると、テラスに髪の長い女が悠々と立っていた。その女がチラリとこちらを見たーーーような気がした。主婦は悲鳴を上げて逃げ出したという。
他にも、屋敷の窓から女が覗いていたとか、庭先で人魂がフワフワ漂うのを見たとか、そんな噂が絶えなくなり、人々は一層、屋敷に近寄らないようになっていた。
そんな噂を、たった1人だけ喜んで聞いていた人間がいるーーー何を隠そう、この屋敷に住む令嬢だった。
令嬢はテラスに置かれた白いテーブルと椅子がお気に入りで、優雅な午後のティータイムをそこで過ごしていた。薔薇の紋様で縁取られたティーカップからは、甘いミルクティーの香が漂う。
丁度そこへタキシードを着た若い男がやってきて、令嬢に一礼した。彼はこの屋敷に勤める執事である。
令嬢は悪戯っぽく微笑んだ。
「ねえ、ご存知?このお屋敷、近隣の方々から幽霊屋敷と呼ばれているそうですわ」
執事は苦笑を浮かべ、令嬢のティーカップに新たなミルクティーを注いた。
「歴史あるこの屋敷が幽霊屋敷などと噂されるのは、非常に心苦しいものでございます」
「そうかしら。わたくしは逆にワクワクしていますけれど。だって幽霊ですわよ?1度お会いしてみたいですわ」
「…そうですか。私など毎日見ておりますが」
「見ているって…まさか、幽霊を?」
「はい」
令嬢は目を丸くし、てはしゃぎで喜んだ。彼女は椅子から身を乗り出し、傍らに佇む執事を見上げた。
「凄いですわ!あなた、幽霊がお見えになるの?」
執事はジッと令嬢を見つめ、確信めいた口調で言った。
「はい。今も私の目の前にいらっしゃいますよ」
作者まめのすけ。