あなたの学校には、「トイレの花子さん」の伝説はありますか?
私の通う中学校に伝わる花子さんは、ちょっと変わっています。
トイレの花子さんは、「2人」いるんです。
それは今から30年ほど前のこと。まだ「トイレの花子さん」が伝説となる少し前のことでした。
当時の1年3組に、花子さんという女子が2人いました。名前こそ同じ花子でしたが、性格や要望はまるっきり違っていました。
1人は成績優秀で人望も厚く、優しくて美人な人気者の花子さん。もう1人は根暗で大人しく、引っ込み思案な花子さん。
根暗な花子さんは、綺麗な花子さんを内心ずっと憎んでいました。
同じ名前なのに。
同じ「花子」という名前を授かったのに。
何であの子だけチヤホヤされるの。
何であの子は綺麗で勉強も出来るのに。
皆から人気もあるのに。
私は…どうしてこうなの。
美人じゃなければ勉強が出来るわけでもない。
対人関係は苦手。
人見知りだから、友達も出来ない。
男子からは何度も「根暗女」って馬鹿にされる。
女子からは白い目で見られる。
何で…何で、私だけ。
同じ名前なのに。
同じ「花子」なのに。
何で?
な ん で ?
その日、根暗な花子さんは委員会の用事で遅くまで学校に残っていました。ようやく仕事を終え、帰り支度を始めていると、教室に誰かが入ってきました。綺麗なほうの花子さんです。
「あらっ。あなたも残ってたの?私、図書館で本を読んでいたら、こんな時間になっちゃったの。ねえ、良かったら途中まで一緒に帰らない?」
綺麗な花子さんは、にこにこしながらそう言いました。根暗な花子さんは、無言で頷きました。断る理由が見つからなかったのです。
2人は初めで一緒に帰りました。綺麗な花子さんは相変わらずにこにこしながら、根暗な花子さんに話し掛けてきました。その度、根暗な花子さんは下腹がカッカッと熱くなるような…文字通り、腸が煮えくり返るような感覚につき纏われていました。
『こいつ…。私の気も知らないで!』
ギチギチと歯軋りが零れ、頬が引きつります。丁度、そこは踏み切りでした。遮断機が降り、電車の来訪を告げる「カンカンカン」という音が響き渡ります。2人は足を止めました。
すると何を思ったか、根暗な花子さんが綺麗な花子さんの鞄を引ったくり、線路に放り投げました。
「何するの。酷いじゃない!」
綺麗な花子さんは遮断機をくぐり抜け、鞄を拾いに行きました。しかしローファーが運悪く線路の隙間に挟まってしまい、身動きが取れません。
「助けて!動けなくなっちゃった!」
綺麗な花子さんは、必死に手を伸ばし、根暗な花子さんに助けを求めました。しかし、根暗な花子さんは動くことが出来ません。助けなきゃ、とは思うものの、体が動かないのです。
やがて遠くから電車が走ってきました。綺麗な花子さんは金切り声を上げ、必死に「助けて!助けて!!」と泣き喚きました。
あ、牽かれる。
…それは、あまりにも一瞬のことでした。
ブチャッと嫌な音がして、夥しい血と細切れになった肉片が辺りに散らばりました。
「っ…、いやあ!」
ピシャッと音がして、よく見れば根暗な花子さんのスカートには、長い髪の毛や肉片が飛び散っています。花子さんはその場から逃げ出しました。
走って走って…近くの公園に駆け込み、トイレに入りました。手で髪の毛や肉片を摘まみ、便器に投げ捨て、水を流しました。
全身の毛穴から嫌というほど冷たい汗が噴き出し、震えが止まりません。
ただの悪戯だったのに。
ほんのちょこっと困らせてやろうと思っただけなのに。
まさか…死なせてしまうなんて。
翌日。根暗な花子さんが登校すると、教室内では至る所で綺麗な花子さんのことで泣いているクラスメートがいました。どうやら昨日のことはただの事故ということで片付けられていたようです。目撃者がいないことも幸いでした。
泣いているクラスメートの顔を横目で見つつ…後ろめたさは多少なりともあるけれど、花子さんはどこか幸せでした。
綺麗な花子さんが「いなくなった」ことが、嬉しくて仕方ありませんでした。
さようなら、花子さん。
根暗な花子さんは、くすりと微笑みました。
給食の時間になりました。今日はクリームシチューです。給食当番だった花子さんは、シチューを配る係でした。
食缶の蓋を開けると、もわっと生臭い臭いが漂い、花子さんは口元を抑えました。恐る恐る中を覗き込むと、ドロドロに溶け出した血溜まりに、肉片や長い髪の毛、眼球、指、舌…そんな人間の細切れになった肉塊がプカリと浮いているではありませんか。
「ぎゃあっ!!」
花子さんが叫ぶと、クラスメートが怪訝そうな顔をして言いました。
「何してるの?早くシチュー盛ってよ」
「え?でも…」
ハッとして中身を確認すると、普通のクリームシチューでした。その後、自分の席に戻った花子さんは、食べる前にもう1度確認しましたが、器に入っていたのは紛れもなくクリームシチューです。さっきのは見間違いだと思い、安心して食べました。
ところが…。食べ終わると、胃の辺りがムカムカし、口の中が嫌に生臭く感じました。花子さんはトイレに駆け込み、今食べたばかりの給食を全部吐き出しました。
「う…そ、」
便器に吐き出されたモノーーーそれはバラバラになった肉片と長い髪の毛、そして大量の血液でした。眩暈を感じ、花子さんはふらつきました。
ゴボリ…ゴボッ……ゴポッゴボボボ…カポ…
便器の中からゆっくりと這い出すように出てきたのは、電車に牽かれて死んだはずの花子さんでした。
花子さんは長い髪からポタポタと水を垂らしながら、抑揚のない表情でジッと根暗な花子さんを見つめました。
「ひいっ…!」
根暗な花子さんは驚き、慌ててトイレを出ようとしましたが、何故か扉が開きません。
「出して!誰か!誰かここから助けてよ!ねえ!誰か!」
その様子を黙って聞いていた綺麗な花子さんは、透き通るような白い手を差し伸べました。
「可哀想な人…。あなたの居場所はどこにもないのね。私も…私も寂しい。一人ぼっちは寂しい。あなたもいらっしゃい。寂しいんでしょう…?一緒にイキマショウ」
「いやーッ!!!!!」
渾身の力を込めてドアをこじ開けると、そこはトイレではなく、綺麗な花子さんが電車に牽かれた線路でした。
遠くから電車が走ってきます。
根暗な花子さんは足が動きませんでした。泣くのを通り越し、引きつった笑いを浮かべながら立ち尽くしていました。
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「ねえねえ、知ってる?うちの学校に出る花子さんの噂」
「知ってる。確か2人いるんだよね?」
「1人はすっごく美人な花子さんなんでしょ?」
「もう1人は?」
「それがねぇ、スプラッタ映画に出てきそうな、グッチャグチャで、顔の判別もつかないような花子さんなのー」
「えー、こわーい」
「不思議だよねー。1人は凄く美人なのにね」
「3階にある女子トイレに出るらしいじゃん」
「そうそう」
「2人の花子さん、仲良いみたいだね」
「うん。だってさぁ、」
「抱 き 合 っ て る ん だ も ん ね」
作者まめのすけ。