私にはちょっとぽっちゃりめなYちゃんという仲の良い友人がいます。
Yちゃんは私が今の職場に入った時から凄く優しく接してくれて、それから会社ではずっと一緒でした。
誰とでも気さくに話す事が出来るYちゃんは職場のみんなにも愛されており、いつも笑顔でニコニコしている彼女が私は好きでした。
でもそんなYちゃんにも悩みがありました。
自分の体型の事です。
私から見ればそんなに太っているようにも見えませんでしたが、自分の体重をかなり気にしていました。
また職場の上司に意地悪な奴がいて、ちょっとした冗談のつもりで「よぅ、お相撲さん!」なんて声をかけたりするもんだから余計にコンプレックスを感じていたようです。
その度に「気にする事ないよ、Yちゃんそこまで太ってないから」と元気づけていましたが、彼女は力のない笑顔で「うん」と答えてくれるだけでした。
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そんなある日、Yちゃんがいつも以上に元気な声で私に話しかけてきました。
「Eちゃん!(私の事です)聞いて聞いて!私さ、最近凄いダイエット始めたの!」
私は心の中で「またか」と呟きました。
以前からYちゃんのダイエット話はよくありました。
豆乳ダイエット、バナナダイエット、ウォーキング、ヨガにツボにダンス、珍しい所だと「つるのポーズ」なんてものまでチャレンジしていました。
ただいつも途中で挫折しては「私には向いてなかったみたい」なんてケロッと言ってくるので、今回も「どれ位続くかなぁ~」といった程度で初めは聞いていました。
「聞いて驚かないでね。実はいま私『おはなダイエット』ってのやってるんだ」
「・・・・・『おはな』ってここの?」
そう言って自分の顔の真ん中あたりについている物を指差しましたが、Yちゃんは違う違うと首を横にブンブン振ります。
「『お鼻』じゃなくて『お花』! 植物の方だよ!」
そう言うとYちゃんは自分の携帯を取り出し一枚の写真を見せてきました。
写真には見た事のない奇妙な植物が写っていました。
花びらが幾重にも重なっており、見た目カーネーションに似た感じの綺麗な黄色い花。
その美しさを見事に中和している、まるでウツボカズラのような壷型の形をした毒々しい葉っぱ。
ぱっと見、合成写真か何かかと勘違いしそうでした。
「この花をお部屋に飾っておくとねぇ~、なんとそれだけで痩せちゃうんだって!」
「・・・・・はっ?」
私は思わずポカーンとしてしまいました。
薬草等を食事に活かすとかならまだしも、花を部屋に置くだけでダイエットになるなんて話は全く聞いた事がありません。
ですがYちゃんは「花の香りが新陳代謝を高めるらしいの!」と自身満々に語りだし、その花の凄さを事細かに説明し終えた後「今度は絶対痩せてみせるから!」と豪語していました。
正直その時は「こりゃ今回も失敗だな」と思っていました。
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しかし私の予想とは裏腹にYちゃんはそれからみるみるうちに痩せていきました。
特に運動や食事制限をしているようでもないのに目に見えて痩せていったのです。
そのあまりの変貌っぷりに誰もが驚きを隠せませんでした。
時には「一週間で5キロ痩せた」と言って、職場のみんなを驚かせるなんて事も。
そしていつの間にか彼女の体型は平均的な体重の私と変わらない位になり、誰も彼女を「太っている」なんて思わないようになりました。
Yちゃんはしきりに「あの花は凄い」と言い続けていました。
その内なんだか私もあの黄色い花に興味を抱くようになっていました。
実のところ、ちょっと前位から例の上司のイジワルが私に向けられるようになり、ストレスのせいか少し太り始めていたのです。
私がYちゃんにあの花に興味が出てきた事を話すとYちゃんはとても喜びました。
「良かったぁ~。Eちゃんにはいつか直接お花見せてあげようってずっと思ってたんだ」
満面の笑みで笑う彼女に釣られて私もにこやかに笑い返しました。
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その週の土曜の夜に私は彼女の家にお泊りする事になりました。
最近お互い忙しくてあまり喋れていなかったので、どうせなら花を見せて貰うついでにお泊りしちゃおうとYちゃんが誘ってくれたのです。
Yちゃんが住んでいるアパートは、私の自宅から電車でひと駅とわりと近い場所にあります。
一人暮らしのYちゃんの家にはこれまでにも何度かお泊りに行った事がありました。
その為場所はよく知っていたので、私は着替え等の荷物と途中コンビニで買ったお菓子を持ってYちゃんの家に向かいました。
玄関の前で呼び鈴を鳴らすといつもの満面の笑みでYちゃんが迎え入れてくれました。
「こっちこっち」と呼ぶYちゃんに促されリビングに向かうと、部屋の窓辺にあの花はありました。
写真で見た時は奇妙な花としか思わなかったのですが、実物を生で見たら変というより何処か神秘的なオーラが漂っているように感じられました。
「なんていうか、確かに凄いパワーかなんか持ってそうな花だね」
「でしょ!偶然会社の近くの花屋さんで見つけてね。これ一鉢しかないって言われてすぐに買っちゃったんだ」
Yちゃんは嬉々として色々と語ってくれました。
花の名前は『チシモンテ』と言うらしく、最近南米の奥地で見つかったばかりの凄い花だとか。
日本ではまず手に入らない花であり、花言葉は「分かち合う愛」だとか。
その他にもどこで調べたのかと思う位、様々な情報を長々と教えてくれました。
正直所々ツッコミたくなるような話でしたがYちゃんの勢いに押され、ただただ相槌を打つ事しか出来ませんでした。
何よりその花の値段を聞いてしまったので、本人の前で「それ騙されてるよ」なんてセリフはとても言えませんでした。
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その後私達はお菓子を食べながらたわいもない話をしたり、一緒に夕食を作って食べたり、レンタルしてきた映画をみたりして楽しく過ごしました。
「さて、もう遅いしそろそろ寝よっか」
立ち上がってウーンと体を伸ばしながらYちゃんが言いました。
壁に掛けてあるキャラクター物の時計に目をやるとだいたい深夜1時位。
時間的にはそんなに遅い訳ではありませんが、私が数回あくびをしていたのを見て察してくれたのでしょう。
実際前日の仕事疲れが残っておりちょっと眠くなり初めていたので、その日はもう寝ようという事になりました。
大きめの座布団3つと掛け布団をもらい寝れる体制を作ると「電気消すね」というYちゃんの声とともに部屋が暗くなりました。
するとものの数分もしないうちにスースーと横から寝息が聞こえてきました。
以前泊めてもらった時も思いましたがYちゃんは漫画のキャラかと思えるほど寝つきがいいみたいです。
ただその日は私も眠気が溜まっていたので、彼女の後を追ってすぐに深い眠りにつきました。
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何かがカサカサと動き回るような音が聞こえた気がして私は目を覚ましました。
壁の時計に目を向けると時刻は深夜の3時頃。
寝起きがあまりよくない私はぼーっとする頭で、とりあえずトイレに行こうと思い立ち上がりました。
Yちゃんを起こさないよう明かりは点けずにじっと目を凝らしながらトイレまで向かいます。
途中何かに足をぶつけたような気もしますが、なんとかカーテンの隙間から差し込む月明かりのおかげでリビングの電気を点けずとも玄関横のトイレまで辿りつけました。
リビングからそれなりに離れているから大丈夫だろうと思い玄関の明かりを付けてからトイレに入りました。
寝ぼけた頭で用を足しているとトイレのドアの向こうからそれは聞こえてきました。
「あ・・・あぁ・・・・・あぁぁぁぁぁ・・・・・・」
思わず眠気が吹き飛びました。
まるでホラー映画に出てくる悪霊のうめき声のようなそれは数分ほど続き、その後急にシーンと静まり返りました。
私は恐怖のあまり完全に体が硬直してしまいました。
(何?今の声はなんなの?)
トイレという狭い個室の中で、薄いドア一枚挟んだ向こう側から聞こえた得体の知れない声に心底恐怖しました。
しかし落ち着いて思い出してみると、今の声はYちゃんの声だったような気がしてきました。
もしかしたらYちゃんが寝言で変な声を出しただけかもしれない。
そう考えるとほんのちょっぴりだけ気が楽になりました。
そしていつまでもトイレに閉じこもってるのもどうかと思い、勇気を出して部屋に戻ろうと決心しました。
しかし、そうは言ってもまだ少し恐怖が残っているのも確かです。
私はトイレのドアをゆっくりと開け、こっそりと部屋の状況を覗きみる事にしました。
慎重にドアを開けてリビングの様子を見てみると、特に変わった様子もなくYちゃんがスヤスヤと眠っているだけでした。
良かった、と安心してそのままトイレから出ようと思った次の瞬間、私の目には信じられないものが映りました。
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Yちゃんの口がぽっかりと空くとその中から人間の指が出てきたのです。
指と言ってもそれほど大きくはなく、たぶん5、6才位の子供の手ほどの大きさだったと思います。
指はウネウネと動いており、やがてそれはYちゃんの口の中から這い出てきました。
それはまるで蜘蛛のような動きをしていました。
上手く伝わるか解りませんが「人間の両手が手の甲の部分で繋がって一つの生き物になっている」といった説明で解るでしょうか?
それは器用に指を動かしYちゃんの体から離れていきました。
どこに行くのかと思い目で追っていくと、それはあのチシモンテの花の方に向かって一直線に進んでいました。
そして壷型の葉のにしがみつくと、これまた器用に壷の蓋を開け中に入っていきました。
私はあまりの事に腰が抜け、その場に座り込んでしまいました。
正直夢でも見ているんじゃないかとしか思えませんでした。
(でもこれが現実だとしたら・・・)
そう考えるとどうしてもトイレから出る勇気が出ず、いつの間にか私はトイレの中で意識を失ってしまいました。
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「Eちゃ~ん!そこにいるの~?」
繰り返しドアをノックする音で私は目を覚ましました。
寝起きが悪い私は「なんでトイレで寝ていたのか」と少し戸惑いましたが、すぐに先程見た光景が脳裏に浮かびました。
トイレの時計を見るとすでに9時を回っています。
勢いよくトイレを飛び出すとドアの前にいたYちゃんが「痛っ!」と小さく叫びましたが、その時は誤っている余裕なんてありませんでした。
足早にリビングに向かい窓辺に立つと、昨日と変わらない姿の黄色い花がそこにありました。
不思議と恐怖は感じませんでした。
その日のサンサンと降り注ぐ太陽の光が部屋に溢れていたおかげかもしれません。
私は少し考えてから近くにあったビニール袋を掴み取ると、花を花瓶ごと入れきつく縛ってそのまま玄関まで持っていきました。
Yちゃんは完全に呆気に取られて身動き出来ずにいましたが、私がそのままビニールを持って玄関を開け外に出ようとすると腕を掴んで私を止めようとしてきました。
「ちょ、ちょっと待って!何してんの!?」
「・・・・・ごめん!」
軽い謝罪の言葉だけかけると、私はYちゃんの腕を無理矢理引っ剥がして外に出ました。
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私が昨夜見た光景をきちんと説明すればYちゃんは理解してくれたでしょうか?
その時の私はそうは思いませんでした。
誰だってこんなホラー映画みたいな出来事をいきなり言われて信じれるはずがありません。
なにより彼女はこの花に心底心酔していました。
「危険だから手放した方がいい」と言われてもそう簡単に手放す事が出来たでしょうか?
昨日の嬉しそうに花について語る彼女を見るに、恐らく無理なのではないでしょうか?
そう思った時、親友の私がするべき事は決まっていました。
私は外に出るとすぐにこの花を処分する方法を探しました。
何処かに焼却炉とか燃やして処理出来る場所はないかと辺りを見回しましたが、そう都合よくあるものでもありませんでした。
あまりよく考えずに外に出た自分を戒めながらどうすべきか考えていると、後ろからYちゃんが追ってきました。
「Eちゃん!どうしたのっ!?なんでそれ持っていくの!?」
泣きそうな顔で迫る彼女に対し、私にはかける言葉が見つかりませんでした。
「なんで・・・なんでなの・・・なんで・・・」
ついにはくしゃくしゃな顔で泣き出してしまったYちゃんを見て私の心は一瞬揺れました。
しかし私は信念を曲げませんでした。
こんなにも優しい友人をあんな化け物の毒牙に晒してなんておけない。
そう考えた私はビニールの中の花瓶を取り出し、その場で地面におもいっきり叩きつけました。
「えっ!?」
Yちゃんは私がとったその行動を意味が解らないという表情でずっと見ていました。
そしてゆっくりと足元にある割れた花瓶とその中身に視線を落としていきました。
どんな罵倒を受けてもしょうがない。
そう観念していた私の耳に飛び込んできたのは意外にも彼女の言葉にならないような引きつった悲鳴でした。
「ひぃ――っ!!!」
聞いた事もない声に驚き、すぐ足元の花に目が行きました。
そこには昨夜以上のおぞましい光景が広がっていました。
割れた花瓶から溢れた土の中で何かがうごめいています。
それも何十、いや何百はいようかという程の数が。
何かはすぐ解りました。
昨夜の人間の手のような姿をした蜘蛛です。
大きさはずっと小さく、大きめサイズのアリ位の生物がウネウネと動いていました。
それは昔TVで見たカマキリの卵の孵化に似ていました。
そいつらは土の中から這い出ると一斉にYちゃんの方に向かっていきました。
「あ・・・あぁ・・・・・」
Yちゃんも私も恐怖のあまり一歩も動けませんでした。
情けない話ですがさっきまであんなに意気込んでいたにも拘らず、私は全く何も出来なかったのです。
数百という手蜘蛛がYちゃんに襲いかかろうかとしたその時。
突然白い煙が蜘蛛達の体から出てきました。
まるでそこら一帯で何かを焼いたような煙がもくもくと立ち上っていきます。
すると、いつのまにか数百といたはずの蜘蛛達の姿は忽然と消え失せていました。
私とYちゃんはしばらくそこで呆然としていました。
その後冷静さを取り戻してから壷型の葉っぱを大きめの石で潰してみましたが、何故か中には何も入っていませんでした。
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今したお話が、だいたい今から3ヶ月位前の出来事です。
Yちゃんはあの頃が嘘だったかのように元の体型に戻ってしまいました。
職場のみんなは「なんだ結局リバウンドしちゃったか」とか「そっちの方が落ち着く」なんて冗談を言っています。
Yちゃんはそんな冗談を聞きながら、いつもの満面の笑みをみんなに振りまいています。
今でも私とYちゃんは仲の良い友人のままです。
あの後ちゃんと私があの日の夜に見た物について懸命に説明した所、Yちゃんは私の話を信じてくれました。
実際に子蜘蛛を目の当たりにしたのが良かったのでしょう。
残った花も近所のおじさんに頼んで燃やしてもらいました。
これでもう何も問題はないでしょう。
ただ、最近一つだけ気になる事があります。
1ヶ月程前、会社から帰る途中でYちゃんが花屋の前にいるのを見てしまいました。
彼女はじっと店内を覗き込み続け、10分程してから駅の方に歩いていきました。
何か別の花を買いたいというのなら別になんの問題もないです・・・・
ただもし彼女があの花を探しているのだとしたら・・・・
そんな事を毎日考えていたら私はストレスでまた太ってしまいました。
いつものようにあの意地悪な上司が「よぅ、お相撲さん!」と嫌味な冗談を言ってきます。
うんざりしていると上司の前の席にいるYちゃんと目が合ってしまいました。
Yちゃんは私の顔をまっすぐ見つめながら、いつもの満面の笑みを浮かべました。
作者バケオ