数年前のこと。仕事の関係で地方に出張していた私は、駅前のホテルに宿を取った。
シングル用の部屋なので、狭苦しく、お世辞にも綺麗な部屋とは言えなかった。ハッキリ言えば汚い。掃除くらい、きちんとしろっての。
ストッキングを履いた足の裏にくっつく埃を叩きつつ。一仕事終えた達成感と疲労感から、どうしようもなく体がアルコールを求め出した。
部屋の隅に備え付けられている小さな冷蔵庫からビールを取り出し、片手で缶を弄びながら窓際へと移動する。
夜風に当たりながら一杯やりたい気分だったのだ。
カラリと窓を開けると、ひんやりとした涼しい風が首筋を撫でた。「1人寂しくかぁんぱ~い!」なんておどけながら、缶を高々と持ち上げたその時。
「あっ…」
…一瞬。ほんの一瞬だったが、ハッキリ分かった。
髪の長い女が窓の外を落ちていった。
落ちていった。
おちて、いった。
落ちた。落ちた。おちた。オチタ。
お ち た
「…ッ!」
缶が手から滑り落ち、床に大きなシミを作った。
窓から覗くと、地面にはうつ伏せで倒れている女性が目に入る。ま、まさか自殺…!?
ど、どうしよう。この場合、まず何したらいい?救急車?警察?ああ、違う違う。その前にフロントに電話して事の次第を伝えてーーー
「ねえ」
背後から聞こえてきた声に、ハッとして振り返る。
そこには一体いつからいたのか、髪の長い女が恨めしそうに私を見つめていた。怪我をしているらしく、こめかみからは一筋の血が流れ、右腕は変な方角に捻れてしまっている。
固まる私の耳元で、彼女はボソリと囁いた。
「さっきはどうして、助けてくれなかったの?」
作者まめのすけ。