「・・・・何やってんのお兄ちゃん」
「へっ?」
気づくと俺は気を失ってその場に倒れていた。
・・・・頭が痛い。
何故か解らないが意識が朦朧としている。
その場でゆっくりと周りを見回してみた。
どうやら自分の部屋の床に大の字になって寝転んでいたようだ。
そんな俺の事を妹は、部屋のドアの前で怪しい物を見るような目でジーッと睨んでいた。
慌てて体を起こし逆に妹を睨み返してやる。
「なんだよ・・・・」
「・・・・別にぃ~。今日晩御飯面倒だからピザ頼もうかってお母さんと話してたんだけど、お兄ちゃん何のピザ食べたいって聞きに来たら~」
「なんでもいいよっ!早く帰れよっ!」
「はいはい、なんでもいいのね~。あとで文句言っても遅いからね~」
嫌味ったらしい言葉を残して、妹は俺の部屋のドアを閉めて下の階に降りていった。
全く、いつもながらウザイ妹だ。
毎日の様に流れてくる小煩い音楽に俺がどれだけ悩まされていたことか。
いや、今はそんな事などどうでもいい。
実はもっと気になっている事があるんだった。
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「俺・・・さっきまでこの部屋で何してたんだっけ?」
不思議な事に自分が何をしていたか思い出せない。
まぁ部屋で寝転んでいたんだから、普通なら単に「寝ていた」と考えるものだろう。
だが頭の片隅に「何か大事な事をしていた」という記憶だけがあるのだ。
目を瞑って懸命に数分前の自分を思い起こしてみようとしたが、いつまで経っても何も思い浮かばなかった。
「あ~くそっ!どうしちゃったんだよ俺ぇっ!」
言いようのない苛立ちから頭を激しく掻きむしる。
その時、ふと目の前にあったある物に気づいた。
鏡だ。
いつもは部屋の入口の辺りにかけてあったはずの縦長の鏡が、ベッドにもたれ掛かる姿勢で置かれ俺を映していた。
それを見た瞬間、俺の頭の中に一気に記憶が蘇ってきた。
そうだ、そうだった。
確かネットで見たアレを試していたんだっけか。
聞いた事のある人もいるだろうか?
「ゲシュタルト崩壊」
なんでも心理学における概念の一つらしい。
確か小難しい事は嫌いな奴だったが、その体験方法に興味を惹かれていた。
やり方は簡単だ。
鏡の前に立ち、写った自分の姿に向けて「オマエは誰だ?」と言い続ける。
なんだか面白そうだって事で確か鏡を用意して試していたんだ。
「はーっ、なんだそんな事だったかぁ~」
両手を真上にピーンと伸ばし、体を目一杯伸ばした。
謎が解けて俺はやっとモヤモヤした気持ちから介抱された。
・・・・かに思えたのだが。
まだ何か肝心な事を忘れているような気がしてならない・・・
もう一度鏡の方を見てみる。
目を逸らさずにずっと見つめ続けてみたが、特にこれ以上何かが頭に浮かんでくる事はなかった。
「やっぱ・・・・やるしかない・・・・か・・・・・」
ふうっ、とため息をついてから一度重い腰を上げ、鏡の目の前まで行き座り直す。
危険だという事は充分に解っている。
けれど何故か「確かめなくてはならない」という気持ちが、強く胸の内側から込み上げてくるのだ。
口の中に溜まった唾を一気に飲み干してから俺は「あの言葉」を鏡に向かって言い放った。
「お前は誰だ?」
「オマエは誰だ?」
「オマエハダレダ?」
何度となく同じ言葉を繰り返す。
奇妙な気分だ。
言ってるうちにどんどんおかしな気分になっていくようだった。
何度も何度も繰り返す。
いったい何回繰り返したかは解らない。
気がついたら鏡の中の「そいつ」に変化が現れていた。
泣いているのだ。
その時の俺が泣いていたかは解らないが、鏡に写っていたそいつは確かにくしゃくしゃの顔をして泣いていた。
俺は途中から口を閉じ、そいつを黙ってじっと見つめ続けた。
それなのに鏡の中のそいつは口をパクパクと動かしていた。
必死に何か伝えようとしているようだった。
なんだ?
何が言いたいんだ?
口元を凝視し、全力でそいつがなんて言っているのかを読み取った。
「だ・・・・・・・し・・・・・・・・て・・・・・・・く・・・・・・・れ?」
その瞬間。
頭の中でパズルのピースが当てはまるような音が聞こえた気がした。
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「お兄ちゃん!ピザ届いたってば!聞こえないの!」
ドアを蹴破るような勢いであいつの妹が部屋に入ってきた。
「・・・・あ~、今行くよ」
「もうっ!さっきからずっと下で何回も呼んでたんだけど!」
「ごめんごめん、すぐ行くから先に行っててくれよ」
「?・・・・そう、ならいいけど。早く来てよね」
そう言って彼女はキョトンとした顔を少ししてから、あっという間に下へと降りていった。
こうやって改めて見てみると割と可愛い妹に見えてくるから不思議だ。
「さて・・・・」
机にかけてあったタオルを手に取る。
もっとちゃんとした布を使うべきだが、今は応急処置としてとりあえずこれでもいいだろう。
ピンとタオルを伸ばしてから真ん中で半分に折り、それをそっと鏡に被せた。
これでいい。
そのまま俺は、みんなと一緒に楽しくピザを食べる為にすぐリビングに向かう事にした。
早く行かないとまたあの妹が癇癪を起こしかねないだろうし。
ただ、せっかくだったので部屋の電気を消しドアを閉める直前にあいつに一言言っておいてやった。
「お前はそこでずっと声だけ聞いてろよ。「こっち」の方は俺が上手くやっといてやるからさ」
ヒヒッと意地悪い声を出すと、風もないのに鏡がひとりでに倒れた。
俺はそれを気にする事なくドアを閉め、あいつの家族が待つリビングへと向かった。
作者バケオ
鏡に向かって「お前は誰だ」と言い続ける行為って、オカルト的にも危険な臭いがしたりしませんかね?
今回はそんな想いを元にして作ってみました。
因みに私は怖いのでこれ試した事はありません(^^;;
あと実は・・・
『確か小難しい事は嫌いな奴だったが、その体験方法に興味を惹かれていた』
↑ここと幾つかの部分の文章がおかしいのは、わざとだったりしますので間違いではありません。