これは2年前…N県U市で実際に起こったと囁かれている怪事件。
とある某通信会社に勤めるOL、サオリ。
その日、サオリは長引いた残業をどうにか切り上げ、終電に飛び乗った。
同じく仕事終わりのサラリーマンやOLでごった返す車内。1両目付近に陣取っていたサオリは、何やら視線を背中に受けていた。
ねめつくような、ジットリとした視線…。背中がむず痒くて仕方ない。そろそろと周囲を見渡すと、サングラスにマスクをした怪しい男が、スーツケース片手にサオリのことを凝視していた。
「やだ、気持ち悪い…」
変質者だろうか。それとも痴漢が隙を見計らってセクハラ行為を仕掛けようとしているとか?
…分からない。確実な証拠もないのに、騒ぎ立てるわけにもいかないし。
結局、サオリはその男を無視することにした。こちらが隙を見せなければ、向こうも何もしてこない。ビクビクしていると、かえって相手を喜ばせるだけだ。
サオリはiPhoneを取り出すと、好きな芸能人のブログやお気に入りのサイトを検索し、それを見るのに意識を集中させる。男はサオリを遠目から見つめていたが、それ以上は何もしてこなかった。
やがて電車はサオリが降りるべき最寄りの駅に到着した。慌ただしく電車を降りながら、サオリはそっと後ろを盗み見た。あの男はいなくなっていた。
改札を出たサオリは、足早に帰路につく。アパートまでの道程はそれほど遠くないのだが、深夜は人通りが少なく、近くには鬱蒼と茂る林があった。
カツンカツンとヒールを鳴らし、早歩きの要領で徒歩を進める。ーーーと。いきなり革手袋をした手に口を抑えられ、身動きが出来なくなった。
何が何だか分からない。手足をバタつかせたが、まるで無駄だった。
責め立てられるように肩を押され、シンと静まる林へと連れて行かれる。
「ココダナ…。ココデイイ」
ふいに男が呟き、サオリをドンと突き倒した。男の口調はくぐもっており、片言の日本語だった。
震えるサオリの目前で、男はスーツケースを開け、中身がサオリにも見えるようにした。
「ゃ…、な、何…?」
スーツケースの中にあった物。それは金槌と西洋ナイフと女の顔を模したお面だった。
男はスーツケースをズイと突き出し、低い声で呟いた。
「ドレニスル?ドレガイイ?」
「え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。だが、男が再度スーツケースを突き出してきたのを見て、ようやく合点がいった。
ドレニスル?ドレガイイ?
つまり、スーツケースの中にある3つの中から好きな物を選べと言ってるのだろう。
質問の主旨は理解出来たが、ジリジリと迫り来る恐怖のために、口の中が乾ききって上手く声にならない。
「ハヤクシロ!オレガエランジマウゾ!!」
苛立ちを隠そうともせず、男は金槌を掴もうと手を伸ばすーーー冗談じゃない、金槌なんか誰が選ぶものか!
「お面!お面よ!私が選ぶのはお面!!」
サオリが金切り声で叫ぶと、男は少し戸惑ったようだった。渋々金槌をスーツケースに戻すと、お面を取り出してサオリを見た。
「コレデイインダナ?」
サオリが頷くと、男はゆっくり立ち上がり、サオリの顔にお面を被せた。
「…ッ、ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
その瞬間、顔の皮膚という皮膚に鋭い痛みが走り、サオリは叫んだ。無我夢中でお面を剥ぎ取ろうとするが、何故かピッタリ嵌まって取れない。
サオリの悲鳴を聞きつけた近所の住民が駆け付けた時には、男は忽然と姿を消していた。サオリは住民が呼んだ救急車に乗せられ、市内の病院へと運ばれたのである。
その後、分かったことなのだが…。サオリが被せられたお面の内側には接着剤と、割れたガラス片が埋め込まれていたらしい。
医師達は何とかサオリのお面を剥がすことには成功したが、既に時遅し。
ガラス片は色んな箇所に深く突き刺さり、幾ら整形を施しても治らない痕が残ってしまったのだ。
あれから2年経つが、犯人は未だに捕まっていないという。
作者まめのすけ。