大学生の愛さんは、夏休みを利用して実家に帰郷することにした。愛さんの実家はN県にあり、電車を幾つか乗り継いでも帰れるのだが、それだと時間もかかるし効率も悪い。
なので、少々割高だが、新幹線に乗って帰ることにした。指定席はお金が高いので、自由席の切符を買い求め、愛さんは改札口を出た。
間もなく新幹線は到着し、愛さんは乗り込んだ。混む時間帯を避けたためか、自由席はかなり空いている。良かった、ツイてる。早速2人掛けの席を確保し、窓際に座った。
「あのう…。ちょっと宜しいですか?」
突然話し掛けられ、愛さんは顔を上げた。そこには30代くらいのヒョロリとした男性が申し訳なさそうに立っている。
彼は愛さんの隣りに腰掛けると、手持ちの鞄からA4サイズの紙とボールペンを取り出し、サラサラッと何かを書き始めた。
愛さんが何も言えずにいると、彼は紙を差し出した。とりあえず受け取り、ざっと目を通す。そこにはどこかの部屋の見取り図らしいものが書かれている。
「あの…これは?」
戸惑い気味に尋ねると、男性は苦笑し、「あなたはアパートにお住まいですよね」と、知っているような口振りで返してきた。
愛さんはハッとし、手元の紙をよくよく凝視する。
トイレの位置…バスルーム…リビング…そして祖母の形見分けで貰った古い三面鏡…。それらの全てが、正確な見取り図として書かれている。
間違いない。これは私のアパートの見取り図だ。
表情を強ばらせる愛さんに対し、男性は慌てたように何度も手を振った。
「す、すいません。僕は決して怪しい者ではないんです。ただちょっと…その…、見えるだけで」
まるで自分が犯した罪でも白状するかのような陰鬱な表情で、彼はポツリポツリと語り出した。
初めて「見えた」のは、小学校5年生の頃。
クラスメートの友達と遊んでいたら、フッと頭に見知らぬ家の内部の様子が浮かび上がった。観葉植物が並べてあるリビングにはポメラニアンだろうか、小さな犬が走り回っている。リビングの隣は日本間で、仏壇が置かれてあった。綺麗に掃除されているキッチンやトイレ、バスルーム……廊下の突き当たりの階段を上がると、部屋が3つあった。1つは子ども部屋らしく、学習机とベットが見える。部屋の隅には野球のバットとグローブ。
2つ目の部屋は夫婦の寝室らしく、大きなダブルベット。そして3つ目の部屋は単なる物置らしく、ビニールプールや使わなくなった家具類、骨董品などが詰め込まれてある。暗くて埃っぽい。そして何やらイヤな気配がする。うまく言えないが、誰かがねめつくような視線を送っているような……
そこまで見たところで、ハッと我に返った。友達がい怪訝そうな顔でどうかしたのかと尋ねるので、今し方見えた風景を話して聞かせた。
すると最後まで聞き終わらない内に、友達が呟いた。
「それ、僕の家だ……」
更に聞いたところ、例の物置だが、数年前から誰もいないのにゴトゴトと物音がするというので、家族も気味悪がっているらしい。
それから頻繁に彼はこのような風景を見るようになった。親しくしている友達は勿論、親戚や従兄弟、また道ですれ違っただけの人が住んでいる部屋の見取り図がハッキリと脳裏に浮かび上がるらしい。
「でもね、見えない場合もあるんです。見える時と見えない時があって…」
決まって「イヤな気配」を感じる部屋のみ、見えるのだそうだ。
彼は愛さんが持っている部屋の見取り図にある三面鏡を指差した。
「これ、おばあさんの形見ですよね?大事な物だというのは重々承知で言わせて頂きます。失礼かと思いますが、これは処分したほうがいい。手元に置いておくと良くないと思います。僕には三面の鏡全てに埋め尽くされたドス黒い赤ん坊の顔が見えてるんです。このままだとヤバいような気がしたから、つい……。いやどうも、失礼しました」
彼は何度も頭を下げ、席を立った。後に残された愛さんは、すぐさま鞄から携帯を取り出すと、実家に連絡を入れた。
「もしもしお母さん?私がおばあちゃんの形見分けで貰った三面鏡だけど。あれ、何か変な曰くでもあるの?赤ん坊に纏わる謂われとか、聞いたことある?」
作者まめのすけ。