母親は愛さんの言葉を聞くなり、一笑に臥した。
電話口からは呆れたような口調で「あんた、何言ってんの」と母親が言う。
愛さんは仕方なく、先程の男性から聞いた話を洗いざらい話した。母親は黙って話を聞くには聞いたが、「曰わくとか謂われなんて聞いたことない」とキッパリ言い切った。
何だか釈然としないまま、愛さんは電話を切った。もうこれ以上は母親に聞いても意味がないことは分かったからだ。
モヤモヤとした気持ちのまま、愛さんは最寄り駅に到着した。荷物が多かったので、タクシーを拾って実家へと帰った。
「ただいま」
半年ぶりになる実家の敷居をまたぐと、母親が出迎えてくれた。挨拶もそこそこリビングに行くと、長い黒髪の女性がソファーに腰掛けていた。
「愛ちゃん、お帰り」
「えっちゃん!来てたんだ!」
えっちゃんこと絵里香さんは愛さんの従姉妹にあたる。愛さんよりも5つ年上で、今は地元の製菓会社にに勤めている。2人は物心ついた時から仲がよく、頻繁に連絡を取る仲だった。
今日は愛さんが帰省すると聞いて、有給を取って遊びに来たらしい。
愛さんは向かいのソファーに腰を下ろすと、例の三面鏡に纏わる話を絵里香さんに聞かせた。勿論、新幹線の中で会った男性の話も全て含めて。
絵里香さんは話の中盤辺りから眉間に皺を寄せ、難しい表情で聞いていた。そして愛さんが全て話終えると、やや身を乗り出し、固い声で言った。
「その三面鏡……愛ちゃんが持ってたなんて知らなかった。手放した方がいいよ。でもヘタに棄てたり売り払ったりしちゃ駄目。私の家に送って貰える?」
「な、何で?あの三面鏡って、一体何なの?」
不安を覚えた愛さんが聞くと、絵里香さんは固い声のまま、話し始めた。
「私がまだ小さかった時、おばあちゃんから聞いたことがあるの。あの三面鏡は、代々うちの家計に伝わる物なんだけど、幽霊が映るって言われてるの。門外不出の品で、一族以外の人間は触ってはいけない決まりになってるの。だから処分もままならなくてね。おばあちゃんは大事にしてたみたいだけど…でも、親戚中、あの三面鏡を気味悪がっててね。
おばあちゃんが亡くなってから、誰があの三面鏡を引き取ったのか知らなかったけど…愛ちゃんだったんだね。
愛ちゃんがどうしても手放したくないなら無理にとは言わないけど。でももし、あの三面鏡がいらないなら、私の家に送って。知り合いに霊能者がいるから、その人にどうしたらいいか聞いてみるよ」
「どうする?」と聞かれたが、愛さんの答えは決まっていた。
「いらない!幽霊が映る三面鏡なんているわけないじゃん!えっちゃんに送る!」
愛さんは予定より早く実家から帰省し、アパートに帰ってくるなり三面鏡を絵里香さんの元に送る手続きを取ったという。
その後、あの三面鏡がどうなったかは知らない。
絵里香さんに連絡すれば分かることだが、別に知りたくもない。
作者まめのすけ。