ある夏の暑い日のこと。会社員の岩井さんは、仕事の関係で隣町に来ていた。一通り仕事を終え、上司に一報入れておこうと鞄の中を探る。
しかし、指先に触れる固い物はない。あれっと思い、鞄の中を隅から隅まで探したが、お目当ての携帯電話は影も形もなかった。
「しまった、家に忘れてきた…!」
そういえば、今朝起きた時に電池が心許なかったので、自室で充電していたのを思い出す。どうやらそのまま置いてきてしまったらしい。
岩井さんは焦った。上司に仕事が終わった時点で報告するよう、直々に言いつかっていたのに。まさかこんな時に携帯電話を忘れてくるなんて。
しかし、そんな岩井さんの目に飛び込んできたのは、道端にポツンとある公衆電話だった。今や携帯電話の普及率が高く、撤去されつつある公衆電話だが、それでも探せば1つ2つ見つかるものだ。
ありがたい。岩井さんは慌てて公衆電話に駆け込み、電話番号をプッシュする。その時、背後に視線を感じ、何気なく振り返ると……
「うわっ…!」
いつの間にか公衆電話の後ろには、順番待ちだろうか、ズラリと人が並んでいた。岩井さんは驚愕したが、そうこうしている間にも電話は会社に繋がり、事の用件を手短に伝えた。
詳しく話せと上司に言われたが、後ろに順番待ちの人達が並んでいることを思うと気が気ではない。
あとは会社に戻ってから話しますとだけ告げて、岩井さんは電話を切り、公衆電話のボックスから出た。
「すみません、お待たせしちゃって」
そう言いながら出てきた岩井さんは、再びあれっと声を上げた。
そこには誰1人としていなかったのである。行列は嘘のように消えていた。
作者まめのすけ。