駅に向かって歩いていた時のことだ。
目の前に地味な服装をした女性が歩いていたのだが、その女性の肩に何やら黒っぽい煙のようなモノが燻ぶっていた。
「あ、ヤバいかも」
直感的に分かる。あれは良くないモノだ。
私は小さい頃から「視える」側の人間であり、成人した今も、その力は衰えていない。
3つか4つの頃、電柱の傍でうずくまっている男性を見たり、髪の長い女の生首がトイレの便座でニタニタ笑っているのを視ては、大人に報告していた。
「あそこに誰かいるよ」
そう話すと、大人達は決まって変な顔をした。どうやら大人には視えていないようだ。「嘘をつくな」と叱られたりもしたので、視えていても黙っていることにした。
だが、今回は黙ってばかりもいられない。黒い煙の正体が何であるのかはハッキリ分からないが、生きている人間に害をなすモノだということは分かるのだ。根拠はないし、うまく説明も出来ないけれど……分かる。
私は歩調を速め、彼女の右隣をキープした。横顔を窺うと、彼女は明らかに憔悴していた。目は落ち窪み、こけた頬には血の気がない。肌はガサガサに荒れ、唇は乾いて皮が捲れていた。
「あのう……ちょっと宜しいですか」
恐る恐る話し掛けると、彼女はジロリと私を横目で見た。剣呑な目つきだった。
「信じて貰えないかもしれないんですけど……。私、人ならざるモノが視えるんです」
「………」
女性は何も言わない。相変わらず尖った視線を向けているだけだ。胡散臭い宗教の勧誘だと思われたら嫌だなぁと思いつつ、話を続ける。
「あのですね……、あなたの肩の所に黒いーーー」
そう言い掛けた時、彼女は眼球が飛び出さんばかりにくわっと目を剥いた。そして徐に右手を私の眼前に突き出す。彼女の爪は全て剥がれ、黒っぽい血の塊がこびりついていた。
息を呑んだ。何も言えずに固まる私を一瞥し、彼女は乾いた声で言った。
「……知っています」
そう言うと、足早に行ってしまった。
私はポカンとして、暫くその場から動くことが出来なかった。
作者まめのすけ。