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中編5
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【怪談】狂った恋心

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ある若い男の話だ。

大学を卒業し、銀座の広告会社に就職したユウスケは営業マンとして忙しい毎日を送っていた。

ユウスケの上司は、アキという名の五歳年上のスーツが良く似合う女性だった。

机の上には、チェスの駒を飾っていた。

取引先に向かうタクシーの中、漂うシャンプーと柔軟剤の香りに胸が鳴った。

アキはクライアントから厚い信頼を集めた。アキを慕うクライアントから「是非」と仕事の発注を受ける機会は少なくなかった。

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ユウスケは上司であるアキに恋をした。

ユウスケは半年の間に二回告白し、二回とも交際を断られた。ユウスケにはアキと同い年の姉が居た。姉に相談すると「年下だから、恋愛対象に見られていないんじゃない?」と答えがあった。

三回目の告白は会社の冬季休暇の直前、部署内で開かれた飲み会の帰りにした。

アキは「会社にもまだ言っていないんだけど......」と前置きし「私、婚約者が居るんだ。会社では指輪を外しているから、知っている人は居ない。互いの仕事の都合と、お金の用意も必要だから実際、結婚するのは先になると思うけどーー。だから、付き合えない」

酔った口振りだった。

気が付くと、ユウスケはアキを突き飛ばしていた。アキはコカ・コーラの自動販売機に頭をぶつけ、呻いた。

酒を飲んだのが、いけなかったのか、アキは食べたばかりの豆腐やたこ焼き、チゲをアスファルトの上に吐いた。アキのブラック・スーツに液体が撥ねた。

湯気が立った。

雪が降り出していた。

アキの携帯電話が入ったバッグをユウスケは蹴り飛ばし、その場から遠ざけた。

アキは三回しゃっくりをすると白目を剥き、失神した。

ユウスケは自分の鞄から鋏を取り出し、刃を開いて失神したアキの左手の薬指に当てた。

アキの腕はゴム・チューブのように力が抜け、だらりとしていた。

女性の指は細い。

力を込めると、アキの薬指は呆気なく切り落とされた。

ユウスケはアキの鞄を拾い上げ、左肩に掛けた。

アキの薬指はポケットティッシュにくるみ、その中に閉まったという。

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ユウスケはアキの手帳の記載を頼りに、アキの家に向かった。

アパートに着き、エレベーターで四階に上がり、鍵を開けた。

趣味なのだろう。

玄関には数え切れない程のヒールやスニーカーがあった。

右手の奥には洗濯機があり、柔軟剤の匂いがした。

ユウスケは一晩、アキの家で過ごした。

翌朝、テレビでは「都内で女性の死体が発見されました」とアナウンサーが原稿を読み上げていた。

「女性の身元は、不明です」

(身元不明?調べれば、すぐに分かるだろうにーー)

ユウスケは心の中、呟いた。

ユウスケは「このまま、アキの部屋に暮らしてみよう」と考えた。

壁に貼られたレディー・ガガのポスターが目に入る。アキの使っていた洗剤やシャンプーを使い、可能な限り物の配置もそのまま保持する。

部屋の中からアキの匂いが消えるまでは、そのようにして過ごすことに決めた。

二ヶ月半が過ぎた頃。

ふと思い立ち、ユウスケはアキの鞄の中身の整理をした。

鞄の奥底には、閉まったままになっていたポケットティッシュにくるんだアキの薬指があった。

アキの薬指は半ばミイラ化していた。萎びて、茶色くなった蝋燭のようだった。(綺麗だ)とユウスケは思った。ユウスケは薬指を棚に飾った。

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翌月、姉がアキの家に暮らすユウスケの元を訪ねて来た。

アキの家に滞在していることも、アキの家の住所自体も姉に教えたことはなかった。

何故、居場所が分かったのか。

狼狽するユウスケに、姉は「弟の住む場所ぐらい、分かるに決まっているでしょう?」と、答えにならない答えを返した。

姉は近所のスーパーで、ポトフの材料を大量に買い込んでいた。

鍋が、ことこと音を立てる。

コンソメの匂いが辺りに漂い始めた。

「あれは、何?」

振り向くと、姉は棚の方を指差した。

「あれはーー」

「指ね」

「そう、指だけど。まあ、インテリアみたいなものだよ」

「インテリア」

“素敵ね”という口調で、姉は棚に近付いていった。

換気扇が回る。

「指、触って良い?」

「ああ、良いけどーー」

しばらくすると、とんとんと肩を叩かれた。指を手にした姉が、微笑みを浮かべていた。

「もう少し、慎重に扱ってーー」

ユウスケが言うと

「そうね」

姉は口を開けて、ミイラ化したアキの指を飲み込んだ。

(え?)

予想外の姉の行動に、ユウスケは呆気にとられたという。

姉の口の端から指の爪がはみ出した。

口をもぐもぐと動かす姉の仕草は、するめいかでも食べているかのようだった。

“硬いわね”というような表情を、姉は浮かべた。

「もう、そろそろいいでしょう」

「何が?」

「ポトフ。そろそろ、食べよう」

かちかちかち。部屋の中、時計の針の音が響いた。

ポトフを食べながら、姉は「私、結婚するからーー」と言った。

「え?」

「勿論、相手も私も仕事の都合があるし、お金のことも考えないといけないからすぐにという訳にはいかないけどーー」

「そう。急な話だねーー。でも、おめでとう」

相手の男の写真をユウスケは目にしたことがあった。目は血走り、感じが良さそうな男では無かった。

「ありがとう」

姉は笑った。

それは何処となく他人行儀な笑みに見えた、という。

姉が帰ったあと、部屋の本棚を眺めていると、ユウスケは一冊のアルバムを見付けた。

アキのものだった。

ぱらぱらとページを捲る。

(アキはこんな顔だったかな?)

ユウスケはアキの顔付きを思い浮かべた。

試しに手近なメモ用紙に、ボールペンで絵を描いた。

写真のアキと、“イメージ”のアキは似ても似つかないものだった。

かつて部屋に濃密に存在していたはずのアキの匂いは、殆ど嗅ぎ取ることが出来ないほど薄くなっていた。

(もう終わりね)

ユウスケは幻聴を耳にした。アキの声だった。

(もう終わりね)

(もう終わりね)

(もう終わりね)

声が何重にも反響した。

ユウスケは激しい頭痛と吐き気に襲われ、膝を落とした。

二、三分ほど経ち、小さく顔を上げた。

部屋の中央に天井に届くほど大きなコカ・コーラの自販機が現れた。

自販機の中に入っている小銭がじゃらんじゃらんと鳴った。

コカ・コーラの特徴的なロゴと、白黒写真を効果的に用いたポスターが目に映る。

背中に衝撃を感じた。

肺が前面に突き出されるような強い力だった。

ユウスケはコカ・コーラの自販機に真っ正面から衝突した。

全身が痛んだ。

ユウスケは夕食のポトフを少し、床に吐いた。

『ぴろりろりん』

衝撃によるエラーか、自販機のカウンタが回った。

液晶に「大当たり」と表示が浮かんだ。

ユウスケの足元にコカ・コーラの500ml缶が落ちて来た。

その日のうちに、ユウスケは警察に出頭した。

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取調べは難航した。

都内で発見された女性の死体がアキという女性のものだという確証は無かった。

ユウスケがアキを殺したという決定的な証拠は、未だ発見されていなかった。

姉はユウスケの面会に一度も訪れはしなかったという。

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たらちねのさん、コメントありがとうございます。凄く励まされるコメントでした!僕が書く話はいずれも創作なのですが、リアリティと非現実感、奇妙さのバランスは毎回頭を悩ませる部分です。

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死んさん、コメントありがとうございます。あくまで自販機は主人公にとって、主観的に登場したもの。という感じでしょうか。

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部屋の中に自販機があるほうが
警察は驚くわな

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続けて作品を読ませていただきましたが、何れも奇妙で面白かったです。
手馴れた文体からはなんとなく昭和が香るのに、さらっと登場するアイテムは超現代的ではっと引き戻されたりして、なかなか出せない味だと思います。

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