ある若い男の話だ。
金曜日の深夜。
ユウキはコンビニで缶ビールを買い、公園のベンチで飲んでいた。
ユウキは契約期間の終了に伴い、三年間派遣社員として働いた会社を退社したばかりだった。
退社日には派遣先の上司の呼び掛けにより、居酒屋で飲み会が開かれた。
「お疲れ様」
「これからも頑張れ」
「大変だと思うけどーー」
ユウキは様々なプレゼントを受け取った。
チョコパイ、うなぎパイ、レッドブル250ml缶12本セット......。
次の仕事は決まっていなかった。
ユウキにはPixivに絵を投稿するという趣味があった。
「そういうことを仕事に出来たら、良いなーー」
彼女のユカにぽつりと漏らした。
「そう。夢が叶うと良いね」
ユカは答えた。
缶ビールを飲み干したユウキの近くを、警官が通った。
ユウキの顔を見ると、警官は立ち止まった。
次の瞬間、ユウキは肩を突き飛ばされ、腹に拳を食らい、股間を蹴られた。
警官はユウキの口を無理やり開き、喉に手を突っ込んだ。口の端が小さく千切れ、血が出た。
警官は喉の奥から拳大の“氷砂糖”を取り出した。
半透明の薄緑色の氷砂糖は、涎に濡れたエメラルドのように輝いていた。
「これは何だ。隠し持っていたのか?」
警官は質問した。ユウキは首を横に振った。
「そうかーー」
警官はユウキの喉の奥から取り出した氷砂糖をぎゅっと握り潰した。
指の間から粉が落ちた。
“あの氷砂糖は一体、何だったのだろう。あんなものが身体の中にあっただなんて、知らなかった”
ユウキは思った。
“氷砂糖を失ったからといって、特に悲しいということもない。それよりも、身体の痛さの方が先立つ......。ただ、夜空の下、氷砂糖がてらてらと輝く様は美しかったーー”
公園を出た。
どくん。
心臓が大きく波打った。がたがたと身体が震える。寒い。
横断歩道で信号待ちをする間、不意に心細くなった。
ユウキはユカに電話を掛けた。
“お掛けになった電話は現在、電波の届かないところに居るかーー”
(もう一度掛けてみよう)
今度は繋がった。
「ーーもしもし?」
「あ、ユウキだけど......」
電話口のユカは数秒、黙り込み「......違う。貴方はユウキじゃない」と言った。
「え?」
「貴方は何処の誰ーー?」
「おれは――」
喉が張り付き、声が出ない。ぱくぱくと口が動く。おれは――。どうしても、その後に続く言葉が出なかった。
ユウキのPixivへの絵の投稿は数カ月の間、ストップしたままだ。
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作者退会会員