俺には4つ年上の姉がいる。見掛けは「深窓の令嬢」という言葉がぴたりと当てはまるような儚げな美人なんだが、実際は違う。
まず毒舌だ。言葉遣いが悪いし、それに比例して暴力的でもある。力ずくで自分の思う通りに事を運ぼうとする独裁者タイプでもある。
そんな姉さんは、俗に言う「見える」側の人間であるらしい。見えるというのは勿論、この世ならざるモノーーー幽霊だ。
姉さんは幽霊が見えるだけではなく、簡単な御祓いくらいなら出来る(本人曰わくの話だが)。低級なら霊なら目を瞑ってても祓えるとか何とか言っているが……真偽の程は分からない。
姉さんの「見える」力については、親戚中でも評判で、たまに厄払いをしてくれだの御祓いをしてくれだのと言ってくる連中がいる。
今から俺が語るのは、とある親戚筋の人間が姉さんに御祓いを依頼してきた経緯である。ちょっとした暇潰しに聞いて貰えたら幸いだ。
「俺と一緒に写真撮ると、必ず変な写真が撮れるんだ」
開口1番、遥兄は笑いながらそう切り出した。遥兄というのは俺の従兄弟にあたる人で、俗に言う「遊び人」タイプ。金髪にゴロゴロとしたシルバーのピアス。人懐っこいが、いつも人を小馬鹿にしたような態度を取るので、親戚中から煙たがられている。大学を中退し、今や元気にフリーター業をこなす21歳。
小さい頃はよくうちに遊びにきていたが、最近は全然会っていなかった。それが今日、いきなりアポなしに訪ねてきたのだ。丁度、両親は揃って出掛けていて、家には俺と姉さんしかいなかった。因みに姉さんは只今お昼寝中。
暫くリビングのソファーで他愛のない話に花を咲かせていたのだが、急に遥兄が妙なことを言い出したのである。遥兄と一緒に写真を撮ると、変な写真が撮れる……?
「はあ?遥兄、何言ってんの?」
話の主旨が飲み込めず、首を傾げる。すると遥兄は「んじゃ、デジカメ持って来い」と俺に命じた。とりあえず言われた通りにデジカメを持ってくると、遥兄は俺と肩を組み、自分達を写真で撮った。
「はい、ピース!」
……男2人で肩組んで写真なんて撮るモンじゃねえよなぁとか思いつつ。撮った写真を確認してみたが、どこにもおかしい様子はない。
「ちゃんと現像しないと駄目なんだよ。現像すりゃ分かるんだ。現像すると必ず変な写真になっちまうんだ」
「………」
「お前の姉貴は?いるんだろ?」
急に話を変えてきた。姉さんはいるにはいるが、2階の自室で昼寝中だと伝えると、起こして来いと命じられた。
「御祓いを頼みたいんだよ。流石の俺も、こうしょっちゅう変テコな写真が撮れると怖いからさぁ」
言うほど怖がっている風には見えないが。しかし、年上に逆らえるほど俺も気が強くはない。姉さんは寝起きが悪いから起こしたくないのだが、仕方がない。俺は渋々2階に上がり、姉さんの部屋をノックした。
「……ああん?何だよ、うっさいな。折角、気持ち良く寝てたってたのに」
部屋から出てきた姉さんは、やはり最高に機嫌が悪い。俺はしどろもどろに遥兄のことを伝えると、姉さんは舌打ちしながらも俺についてきた。実のところ、姉さんは遥兄と相性が良くないのだ。
「よお、久しぶり。元気にしてた?」
リビングに入ると、遥兄がにこやかに挨拶した。しかし、姉さんはムスリと押し黙ったまま、遥兄の向かいに荒々しく腰を下ろす。口すら聞きたくないようだ。俺は小さく溜め息などつきながら、姉さんの隣に腰を下ろした。
俺と遥兄は、先程の話を姉さんに話して聞かせた。
姉さんは腕組みしたまま静かに聞いていたが、話も終盤に差し掛かると、ツイと視線を上げた。どうやら遥兄の左肩付近を見ているようだ。
「……水子」
姉さんがボソリと呟く。俺と遥兄は、ギョッとして顔を見合わせた。姉さんは腕組みしたまま、遥兄を睨み付けている。
「あんた、今までに2人の女を孕ませたでしょ」
「は、孕ませたって、どういう意味だ?」
「妊娠させたって意味だよ。そんくらい知っとけ」
「……う、」
どうやら図星らしく、遥兄は唸る。そんな遥兄に追い討ちを掛けるように姉さんは続けた。
「そして、どちらの子も堕胎されてる。あんたが女に言って堕ろさせたんでしょ。あんたの肩……水子が2人憑いてるよ。変な写真が撮れるのはそのせいだね。生ませる覚悟がねぇなら、女を孕ませんじゃねえ!!!」
姉さんの一喝を受け、遥兄は圧倒されて固まった。
いつもはポーカーフェイスで、感情を表に出さない姉さんが珍しく真剣に怒っていた。
「……ともかく」
気持ちを切り換えるよう、一呼吸置くと。姉さんはメモ帳を持ってきて、さらさらとペンを走らせた。書き終わると遥兄の鼻先にメモを突き付けた。
「水子は専門外だ。知り合いの寺の住所書いといたから、ここへ行け。水子供養して貰え。それからなーーー」
「……二度とここへは来るな」
怒気を含んだ声で呟くと、姉さんは立ち上がり、そのままリビングを出て行ってしまった。あとには呆然としている俺と遥兄が取り残された。
「は、遥兄……」
「…ワリィ。そろそろ帰るわ」
「う、うん……」
気まずい空気のまま、遥兄は帰っていった。遥兄が姉さんの紹介したお寺に行ってキチンと水子供養したのかは……知らない。あの日以来、遥兄との連絡は途絶えているから。
1週間後。俺は遥兄と撮った写真を現像してみた。一見してみると、特に変なモノは写っていない。勿論、遥兄の左肩に2体の赤ん坊がしがみついているとか、そんなこともない。
ただ……。
「俺の顔、半分欠けてるじゃん」
作者まめのすけ。