俺には4つ年上の姉がいる。無口でクール、他人との馴れ合いを何より嫌う癖に、弟の俺には平気で馴れ合うという性癖を持つ、ちょっぴりsadisticな高校生だ。
そんな姉さんは只のブラコン姉さんではない。
「見える」のだ。怪異、アヤカシ、この世ならざるモノーーー表現は幾つもあるだろうが、1番馴染みのある言い方で表すと幽霊が。
更に言えば、見えるだけではなく簡単な御祓いくらいなら可能であるらしい。そのやり方は時に強引だと思う時もあるのだが、効果は保証する。何故そう言い切れるのかと言えば、この俺自身が今までに何度も姉さんに助けられているからだ。
ところで。急に話を変えてしまって申し訳ないが、あなたは「幽霊」という存在をどう捉えているだろうか。
人にはそれぞれ価値観というものがあるから、各自答えは違ってくるだろう。でも「怖い」と感じる人が殆どではないだろうか。俺だって怖い。生きていないという、それだけの理由で、幽霊というのは恐怖の対象だ。
だが……。最近になって生きている人間も相当怖いと感じたエピソードかある。この話には幽霊は全く登場せず、生きている人間のみで演じられる寸劇なのだが、もし興味があるなら聞いてほしい。
1ヵ月程前になる。当時、俺の住む町では連続殺人事件が多発していた。手口や凶器は同じらしく、同一犯として警察が捜査をしているが、なかなか犯人に関わる有力な情報は得られなかった。
犯人が狙うのは髪の長い女性のみ。首を絞めて気絶させた後、背中を刺して殺害。その後、女性の長い髪の毛を短く刈り取っていくというのが手口だった。
近所の小学校、中学校では毎日集団下校が徹底され、朝から何台ものパトカーがパトロールをしていたりと、町中は騒然としていた。
道端には「最近、この辺りで殺人事件が起きています」と銘打った看板が設置され、付近住民に注意を促すと共に、目撃情報の収集を行っていた。
そんなある日のこと。委員会の仕事が長引き、帰るのが遅くなってしまった。俺はなるべく急ぎ足で帰路についた。
家路までは徒歩で20分。だが、うちの近所は人気の少ない、街頭も申し訳ない程度にポツンとあるくらいで、物騒なのだ。そもそも俺は男だし、犯人の対象ではないけれど、それでも殺人犯が近くをうろついているのは怖い。普通に恐怖だ。
家の近くまで来た時だ。例の殺人犯の目撃情報を求める看板が立っていたのだが、それをジッと見つめている若い女性がいた。彼女は俺に気が付き、「こんばんは」と会釈した。
「まだ捕まっていないみたいですね」
女性は看板を見つめながら呟く。俺は急に話し掛けられたことにトキマギしながらも「そうですね」と返した。彼女は続ける。
「狭い町内なのに、どうして直ぐ捕まらないのかしら。警察は何をしてるんでしょうねぇ。捜査なんて形だけなのかしらね」
「ええまあ……。ところで、あなたも注意されたほうがいいんじゃないですか。女性の1人歩きは…その、危険ですし。物騒な事件も起きていますから」
「あら。心配して下さるの?」
そう言うと、彼女はにこりと微笑んだ。なかなか可愛らしい顔をしている。何ていうか、男の保護欲を掻き立てさせるような、そんなタイプの子だ。
何なら家まで送りましょうかと下心アリアリに提案したが、彼女は笑顔を浮かべたまま、きっぱりと首を横に振る。
「大丈夫です。私なら心配ありません。そもそも私は絶対に襲われたりしませんから」
妙に自信あり気に宣言されてしまった。どこにそんな根拠があるのだろう。空手や柔道でも習っていて、体力には自信があるのか。それとも脚力には優れていて、犯人を振り切って逃げられるのだと、そう言いたいのだろうか。単に、俺に自宅まで送られることが嫌なだけかもしれないが。
腑に落ちない表情を浮かべていると、彼女はやはりにこにこしながら、手持ちのバックを開き、中身を見せてきた。
「……うっ、」
そこに入っていたのは、夥しい量の髪の毛だった。美容室で切った客の髪の毛を全部詰め込んだような、物凄い量の髪の毛が押し込められていたのである。
彼女は固まる俺の反応を確かめた後、囁いた。
「ね……?分かったでしょう。私が襲われるなんてことありません。だって、犯人はーーー」
彼女の言葉を聞き終わらない内に、俺は駆け出していた。無我夢中で走った。怖い。怖い。怖い。怖い。頭の中がパニックになり、何にも考えられない。ひたすら走り続け、自宅に着くなり靴も脱がずに上がり込んだ。
「○¤→%ℓ$▼¥※Å■■……!」
わけの分からん悲鳴を上げながら廊下を走っていたら、風呂上がりらしく、下着姿のままの姉さんが髪の毛を拭きながら歩いていた。足がもつれ、転んでしまった俺は、這いながら姉さんの近くまで行き、その太腿にすがりついた。
「ね、姉さん…!たす、たすけ、たすけて……!」
「どうした変態。顔色が真っ青だぞ」
「い、家の近くで……さ、さ、さささ殺人犯と遭遇した……!!」
「殺人犯って、今手配中の?」
コクコクと頷く。すると姉さんは身を翻してキッチンに飛び込み、右手に包丁、左手にサランラップを持って玄関へと駆けていく。
「……ッ!ちょっと姉さん!!」
慌てて追い掛け、後ろから姉さんを羽交い締めにする。全くもう、一体何をしでかす気なんだ、この姉は!!
「離せ!近くに殺人犯がいるんだろ!?捕まえて警察に突き出してやる!!」
……下着姿で、両手に包丁とサランラップを持ったまま外に出たら、警察に捕まるのはあんたの方だよとは言えなかった。
やっぱり、生きている人間は、怖い。
作者まめのすけ。