俺は梶原勇哉25歳。ただの悪霊祓いだ。
今日の天気の予報は晴れのはずだったが、急な大雨に打たれて仕方なく近くの喫茶店で雨宿りをしているところだ。
窓際のカウンター席に座り、コーヒーの香りを楽しんでいると窓の外に傘も差さずにずぶ濡れで歩いている若い女性が目に入った。
その女性はそのまま俺のいる喫茶店に入り、空いている席に力なく座った。そしてしきりに自分の肩をさすっていた。
女性は何も注文することなく、テーブルにうな垂れてしまった。
無理もない。ひどく怨めしそうな顔をした女性の霊を背負ってしまっているのだから。
俺はその女性に近付き声を掛けた。
「あんたどこでそれもらってきた?」
女性は急に話しかけられたことに驚いた顔をして、更に睨みつけてきた。
「いきなりなんなんですか!」
「肩重いだろ?あんた女性の霊を背負ってるぜ。しかも怨めしい顔をしているぞ。」
女性は俺の言葉を聞いてひどく怯えだした。
「あなた見えるんですか?」
恐る恐る聞いてくる。
「ああ、祓ってやろうか?」
女性の顔は一瞬明るくなったが、すぐに俯いた。
「私学生で、そんなにお金持ってないんです…」
俺は女性の言葉を無視して、左手を女性の肩に乗せた。女性の霊は俺を睨みつけてくる。
「ちょっと息を止めてろ」
女性は俺の言うとおり口に手を当てて息を止めた。
「迷惑かけんじゃねーよ」
俺はそう言って女性の霊を左手で軽く2回ほど叩いた。それだけで女性の霊は彼女から離れ、どこかに消えて行った。
浮遊霊の類は祓うのは極々簡単だ。どんなに怨みを持っていたとしても、その怨みの本当の対象でなければ軽く離すだけで他の人間のところに行ってしまう。
もしその怨みの直接的な対象になっている場合はやっかいだが…
「終わったぞ」
女性の顔色はみるみる良くなり、俺を見て涙目になっていた。
「ありがとうございます!体が一瞬で軽くなりました!」
そう言った後に、また表情が暗くなる。
「それで…いくらお金を払えばいいですか…」
俺は胸ポケットから名刺を出してその女性に渡した。
「こんなので金は取らない。もし本当に困っている時は連絡くれ。その時は大金が掛かるがな。」
女性は俺の名刺を見て急に俺の腕にしがみついた。
「あなた霊媒師なんでしょ!友達を助けて!」
外を見ると雨は止んでいた。
「とりあえず見てやる。金は俺の言い値を用意してもらうぞ。」
女性は深刻な顔をして何度もうなずいた。
俺とその女性は喫茶店を一緒に出て、女性の言う友達のところへ向かった。
女性の名前は早百合と言い、大学3年生だという。友達何人かで心霊スポットに行き、帰ってきてから友達が高熱に悩まされているとのことだ。
こういう奴らがこの世からいなくならない限り、俺の仕事は安泰ってわけだ。
少し歩くと、古めのアパートに着いた。アパートの2階に上がり、チャイムを鳴らす。
少し待つが中から応答がない。早百合はそのままドアを開けて中に入った。
「こりゃあひどいのもらってきたな。」
部屋は1Kでかなり狭い。真ん中に布団を敷いていて、女性が顔を赤くしてうなりながら横になっていた。
早百合は心配そうな顔で俺を見てくる。
俺は女性の隣にしゃがみ込み、ジャケットから瓶を取り出そうとした。
「ガシ」
女性は急に起き上がり、俺の腕を掴んだ。
「ここから出ていけ!さもなくばこの女を連れて行くぞ!」
ものすごい形相で俺を睨みつける。その声は女の声ではなかった。早百合が部屋の端で座り込んでしまっている。
「ドドドドドドドド」
部屋の壁から奇妙な音が鳴り出す。女性は大声で笑っていた。
俺は女性の手を振り払い、小瓶を取り出した。蓋を開けようとすると体が急に動かなくなった。
「やっぱり一体だけじゃなかったか。」
俺の手から小瓶が離れ、小瓶が下に落ちた。俺の体は動かないままだ。
「ギャヒヒヒ!邪魔するな!」
女性はそう言うと台所に行き、包丁を手にした。早百合は悲鳴を上げている。黒い人影が何体も現れて、俺の体を壁に張り付けた。まったく身動きが取れない。
女性は嬉しそうな顔をしながら包丁を俺に突き刺そうと襲ってきた。
「バチンバチンバチンバチン」
何かが弾けた音がした。すると俺の体は軽くなり、なんとか女性の攻撃をかわすことができた。
俺の左腕からおぞましい雄叫びが聞こえる。
「起きちまったか」
俺は軽く左腕をさすった。簡単に説明すると、俺がいつも使っている瓶の中には俺のペットが入っている。そして俺の左腕には相棒が憑りついている。
ちなみに左腕の相棒とは生まれた時からの付き合いだ。ただ気性が荒いのが難点なんだが…
女性の体から何十体もの黒い人影が飛び出した。左腕に激痛が走る。俺は左手を黒い人影に向かって伸ばした。
「ヒギィィィィィ」
奇妙な声を上げて苦しんでいるように見えた。
「バチンバチンバチンバチン」
再び弾けるような音が鳴り響く。黒い人影の頭が弾けているのだ。そして全ての黒い人影が俺の左手へと吸収される。
「終わったぜ。」
早百合に言うと、早百合は女性に駆け寄り肩を揺すった。女性は目が覚め、笑顔で早百合を見つめていた。
「喜んでいるところ悪いが、報酬を頂く。」
早百合は俺を見つめてきた。
「100万用意しろ。」
「わかりました。今すぐには無理ですが、必ず払います!」
早百合は真剣な表情をしていた。
「俺の女になるならお金はいらないが?」
早百合は驚いた表情をして、すぐににっこりほほ笑んだ。
「それは絶対に嫌!」
俺はジャケットを手ではたき、部屋から出て行った。
別に泣いてはいない。
次の仕事を探しに行くだけだ。
作者悪霊祓い
友人の霊能力者の話です。
タイトルのネーミングセンスのなさに泣けてきます。
誹謗、中傷はお控えください。