十四回目の投稿です。
僕はアルビノと呼ばれる先天的な病気です。
体毛が白金であり、肌が白く目は淡い赤色です。
それ以外は普通の人と何も変わりません。
アルビノだからという訳ではないと思いますが、物心つく頃から霊的なものを見ることや感じることができ、また簡単な除霊や霊的なものを落とすことができます。
まわりから変な目で見られ続けてきましたが、幼なじみの愛美と家がお寺の七海のお陰でさほど孤独な思いはしませんでした。
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あれは中学3年の12月頃のことだった。
僕はいつものように学校への通学路を歩いていた。冬の寒さで吐く息は白く、手袋をしていても指先が冷たく感じる。
「龍くん、おはよう!」
七海の声が後ろから聞こえ、振り返ると七海が息を弾ませて走ってくるのが見えた。
七海は僕に追いつくとギュッと手を繋いできた。僕は恥ずかしかったが、七海は周りの目なんて全く気にしない様子であった。
学校に着き教室に入ると、占い不思議少女の海藤さんとナルシストの園山くんがもっと恥ずかしいことをしていた。
なんと二人ともお揃いのマフラーと手袋を着けていたのだ。そんな二人を冷たい目で見ている者が多かったが、七海は少し羨ましそうにしているように見えた。
ある休み時間、僕は前から気になっていたことを海藤さんに聞いてみることにした。 それは数ヶ月前の修学旅行の時に海藤さんが『花蓮さん』という人から『呪い』を教えてもらったという話で、どうしてもその事が頭から離れずにいたのだ。
「海藤さん、この前の修学旅行の時に言ってた『花蓮さん』っていったい何者なの?」
海藤さんは僕の顔を見て、少し困った表情をした。
「あの人に関わっちゃだめ」
海藤さんは小さく呟いた。
そう言われると余計に気になってしまう。海藤さんに『呪い』を教えたのはどんな人なのか、そう思うと好奇心が次から次へと湧き出してきた。
「お願い!どんな情報でもいいから教えて!」
僕が必死に頭を下げると、海藤さんは嫌々ながら話してくれた。
『花蓮さん』はあるマンションの一室でパワーストーンやアクセサリーを販売しているという。そして『花蓮さん』は占いが得意で商売としてではなく、お客が頼めば気軽に占いをしてくれるのだそうだ。
花蓮さんは外でお客の呼び込みをしていて、海藤さんはたまたま声を掛けられたとのこと。
「それで、そのマンションはどこにあるの?」
「それは教えられない。たぶん龍悟くんがあの人に会ったら、瑠璃と同じ様になってしまうと思うから…」
海藤さんはそれ以上は何を聞いても教えてくれなかった。僕の好奇心は強くなる一方であった。
学校が終わり、僕と七海は一緒に帰り道を歩いていた。
「ねぇ、七海。お願いがあるんだけど…」
「どうしたの急に?!龍くんがお願いごとなんて珍しいね!」
七海はそう言うと、僕の顔をまじまじと見てくる。
「花蓮さんって人を探したいんだ!」
僕はその後に海藤さんから教えてもらったことを七海に伝えた。
「龍くんは、その人に会って何がしたいの?」
「何がしたいとかじゃないんだ。ただ、会ってみたいだけなんだ…」
僕はこの時、まだ会ったこともない『花蓮さん』という不思議な魅力に憑りつかれていたのかもしれない。
七海は考え込むように俯いた。
「よし!龍くんのお願いだ!私に出来ることなら協力するよ!」
七海はそう言って、笑顔で胸をポンッと軽く叩いた。
「七海、ありがとう」
僕と七海はそのまま七海の家へ向かった。
「ただいまー!」
七海の家に入ると七海の父親が居間で座ってお茶を飲んでいた。
「おぉ、おかえり!」
七海の父親は温かく迎えてくれた。僕と七海は七海の父親に詰め寄った。
「ねぇお父さん、花蓮さんって名前聞いたことない?」
「花蓮だと?聞いたことあるもないも…」
七海の父親は頭を掻きだした。何か知っているような素振りだ。
「知ってるんですか?!その人はパワーストーンを売ったり、占いしてくれたりするみたいなんです!」
「占いねぇ…」
「お父さんお願い!何か知ってるなら教えて!」
七海は手を合わして頼み込んでくれた。
七海の父親は膝を軽く叩き、真剣な表情で僕たちを見てきた。
「そいつは多分、『邪念場の花蓮』のことだなぁ」
「はっ?」
僕と七海の声が揃う。『邪念場の花蓮』なんて奇妙な用語に僕たちはどう反応して良いか分からなかった。
「またの名を『占い師花蓮』だ!俺らの業界じゃあいつの名前を知らない奴はいないだろうよ!」
七海の父親は何故か自慢げだった。とにかく凄い人には間違いなさそうだ。
「その人、どこにいるか分かりますか?」
「あいつに会う気か?!それはやめとけ!あいつはなぁ…」
「あなたと虎司さんの幼馴染よねぇ!」
七海の母親が話に割って入ってきた。僕と七海のテーブルの前にミルクティーをそれぞれ置いてくれた。なんとも甘く、心が落ち着く香りがした。
「僕の父さんの幼馴染なんですか?」
「そうよ。うちの主人も虎司さんも二人して花蓮さんを取り合うくらい魅力的な女性みたいよ。ねぇあなた?」
七海の父親は罰が悪そうに腕を組んで黙っていた。
「それでどっちが花蓮さんの心を射止めたの?」
七海は目を輝かせ、興味津々な様子で質問した。
「それがね…」
七海の母親は口元に手を当てて、フフフッと笑った。
「どっちもフラれたんだって!」
七海も七海の母親も大声で笑っている。七海の父親は頭を強く掻いていた。
「あんまり深入りするんじゃないぞ!」
七海の父親はそう言って花蓮さんの住所を教えてくれた。七海の母親は僕に向かってウインクした。七海のお母様、感謝いたします。
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僕と七海は日曜日に、さっそく教えてもらった住所のところに行ってみることにした。
僕たちの住む街からそんなに遠くはなく、電車で20分くらいのところであった。
駅の改札を出ると、僕たちは傘を差した。生憎の大雨で、靴をびちょびちょに濡らしながら目的地まで歩いていった。
駅から歩いて10分程で目的地に到着した。そこは少し古めのマンションで、オートロックもなく、僕たちは簡単にマンションの中に入ることが出来た。
エレベーターに乗り込み、目的の階へ上がる。エレベーターから降りるとすぐに、ドアが開いている部屋を見つけた。ドアのすぐそばには木で出来た小さな看板があり、『La Fleur』と書かれていた。
僕と七海は顔を見合わせ、お互い頷いた。
店内に足を踏み入れると、お香の独特な匂いが漂っていた。入ってすぐ右に、大きな水晶がガラスケースに入って飾られている。
店の中にはパワーストーンで作られたアクセサリーが所狭しと飾られていた。奥に小さいカウンターがあり、女性が座って本を読んでいるようだった。僕たちはその女性に近付いた。
「ガタッ」
女性は僕たちに気付くと、急に立ち上がった。そして僕の顔を見て、怯えているような表情をした。
「すいません、勝手に入って!」
僕が謝ると、
「こちらこそごめんなさいね。こんな雨の日にお客さんが来たからびっくりしちゃった!ゆっくり見てってね」
そう言って、女性は優しく微笑んだ。
その女性は髪が黒く、軽くパーマがかかっていて、左の目尻に小さなほくろがあった。年齢は多分、七海の父親と同じくらいで、胸元が大きく開いたセーターに黒のカーディガンを羽織り、黒いロングスカートを履いていて、首にはパワーストーンで作ったようなネックレスを付けていた。とても美人で、多分この人が『花蓮さん』に間違いないと思った。
「あのぉ、すいません花蓮さん。僕に占いをしてくれませんか?」
唐突なお願いで失礼だとは分かっていたが、我慢できずに言ってしまった。七海が僕の服を強く引っ張る。
「あら、あなたよく私の名前を知ってるわね!」
花蓮さんは驚いた表情で僕の瞳を覗いてきた。僕と七海の父親が花蓮さんの幼馴染であることを伝えた。
「そう、虎司くんと政樹くんのねぇ…」
花蓮さんは僕たちを見て嬉しそうに微笑んでいた。
「じゃあこっちにいらっしゃい。彼女はそこで待っててね」
そう言って、カウンターの奥の部屋に花蓮さんと一緒に入った。そこは薄暗い照明で、真ん中に四角いテーブルがあり、その上に僕の顔ほどある水晶玉が置いてあった。
「じゃあ、ここに座って」
花蓮さんの指示に従い、花蓮さんと向き合う形でテーブルの椅子に腰掛けた。
花蓮さんは顔の前で人差し指を立てた。
「一つだけ忠告があるわ。もしあなたに霊感がある場合、この水晶玉はあなたの心を映し出してしまうことがあるの。私が占っている間、この水晶玉をあまり見すぎないように注意してね。」
花蓮さんはそう言って目を閉じ、水晶玉に両手をかざし始めた。
僕は目の前の水晶玉を覗き込んでみる。何やら水晶玉の中に、ゆらゆらと漂う灰色の煙のようなものが見える。目を凝らして見ていると、その煙は徐々に人の形に変わっていった。小さい男の子がしゃがんでいる。肌は白く、髪は白金で目が淡い赤色をしていた。
小さい頃の僕がしゃがみ込んでいる姿が、水晶玉の中に映っているのだ。周りには小さな子供が僕を囲んで、僕に向かって石を投げて笑っている。
『憎いだろ』
頭の中で声が聞こえた。
『こいつらが憎いだろ』
頭に響く声は、僕の声にそっくりであった。水晶玉には僕を苛めていた子たちの顔が代わる代わる映し出される。
見たくない顔が次から次へと映し出されるため、僕は逃げるように目を瞑った。毎日のように苛められていた頃の記憶と共に、胸が段々と苦しくなっていくのが分かった。
『憎くてしょうがないだろ』
そんなことはない。毎日毎日辛かったけど、常に僕のそばに居てくれて、僕を支えてくれる人がいた。
それは七海だ。僕のそばに七海が居る、それだけで僕は救われていたんだ。
『七海が僕のことをどう思ってるか本当は分かってるんだろ?』
七海は小さい頃から僕と一緒に居てくれて、唯一僕が心から『友達』と呼べる存在。一番大切な人だ。七海もきっと僕のことを…
『七海がなんで僕と一緒にいると思う?』
心のどこかでずっと思っていたことがある。七海は可愛くて、頭も良くて、運動神経も良い。こんな僕と一緒に居て、楽しいのか…
七海はいったい何で僕なんかと一緒に居てくれるんだろう…
『ただの同情だよ』
本当は分かっている。でもそんなこと考えたくなかった…考えようとしたくなかったんだ。考えたら全てが崩れてしまう。僕の心が崩れてしまう。結局僕はひとりなんだ。誰も僕を助けてはくれない…
僕の心は静かに『絶望』という感情に飲み込まれていった。そして徐々に『憎悪』の感情が僕の心に生まれ始めていた。生まれて初めて感じる感情だ。
僕を苛めた奴らが憎い。僕を笑ってる奴らが憎い。僕を軽蔑している奴らが憎い。そして…
『七海が憎い』
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僕は勢い良く立ち上がった。花蓮さんが不思議な顔をして僕を見てくる。どうせこの人も僕のことを変な目で見ているのだろう。
僕はその部屋から出て、入り口のドアへ向かった。
「どうだった?」
七海が僕を見つめてくる。七海の目を見るのが嫌だ。
話し掛けてくる七海を無視して、僕は店から出て行った。そして傘も差さずに駅へと一人で向かった。
暗い。昼間なのに景色が暗い。そして胸がどうしようもなく苦しい。僕をこんな思いにさせるのは誰のせいだ。
僕は土砂降りの中、家の近くの神社に寄った。何をすれば良いか自然と頭に浮かんでくる。僕は神社の石を拾い集め、持てるだけ持って家に帰った。
自分の部屋に入り、机の上に神社で拾ってきた石を並べて、椅子に腰掛けた。
石に向かって、心に溜まっている憎悪の念を送っていく。苛めた奴らの顔を思い浮かべれば浮かべるほど、憎悪の念は強力なものとなっていく。ご飯も食べず、風呂にも入らずに、ただ石に念を送ることだけに没頭した。
母親が心配そうに部屋に入ってきたが、「もう寝るから」と言って追い出した。
気が付くと時計は夜中の二時を指していた。
目の前の石は禍々しい黒いオーラに包まれている。それを見て、僕は自然とにやけてしまった。これから復讐できるという喜びに、体が強く震える。
僕は石を一つ掴み、ズボンのポケットの中に入れ、こっそり家を出た。向かう先はもちろんあいつの家だ。小さい頃に僕を苛める中心的な存在で、今でも時々からかってくる西村だ。
僕は西村の家の前に立ち、石を下に置いた。そして足早に自分の家に戻り、ベッドに横になった。ゆっくり目を瞑ると、意識がすぐに遠のいていった…
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目を開けると、僕は西村の部屋の中にいて、西村が寝ているベッドのそばに立っていた。西村は寝息を立てて熟睡している。
僕は西村のお腹辺りに乗っかり、正座をして西村の顔を見下ろした。
西村の顔を見れば見るほど、憎しみが込み上げてくる。憎しみが込み上げてくるほどに、僕の膝は西村の体に食い込んでいった。西村は苦しいのか、体をもぞもぞと動かし、小さく呻き声を上げている。
「もっと苦しめ」
僕の声で目覚めたのか、西村が目を開けた。しかし、西村の体は動かない。目だけがギョロギョロとあたりを見回している。そして僕と目が合うと、ガタガタと体が震えだした。口はパクパクと動かすが、声が出ないようだ。目には涙を浮かべている。
僕はしばらくの間、西村が苦しんでいる様子を見続けた。そして、
「お前を一生呪ってやる」
西村の耳元で囁くと、白目を剥いて気絶してしまった。僕はその様子が可笑しくて大声で笑った。こんなに大声で笑ったのは初めてかも知れない。
でもまだ足りない。こんなもので足りるはずがない。
僕は西村の首筋に顔を近付けた。そして、力の限り首筋に噛みついた。僕の怒りや憎しみ、憎悪の感情を西村に流し込んでやった。
「ぎゃぁぁぁぁぁあ」
西村の叫び声が部屋中に響き渡った。
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「ピピピピピピピピ」
目覚まし時計のアラームで目が覚めた。なんとも清々しい気分だ。まだ西村を噛みついた時の感覚が残っている。僕はいつものように学校に行く準備をして登校した。
朝礼が終わると、僕は西村のクラスの教室に向かった。教室の入り口に行くと、西村の友達がいたので、声を掛けた。
「西村くん、今日学校来てる?」
「あぁ、今日は熱が酷くて学校休みだよ」
僕は思わず両手を口に当ててしまった。顔がにやけてしょうがないのだ。
僕が教室に戻ると、七海が僕に近付いてきた。
「龍くん、昨日どうしたの?気分でも悪くなった?心配したんだよ…」
そんな言葉にはもう騙されない。
「もう話し掛けなくていいから」
僕はそれだけ言って、自分の席に座った。学校が終わるのが待ち遠しい。僕のポケットには石が入っている。次はあいつだ…
学校が終わると、真っ先に杉田の家に向かった。杉田も僕のことをよく苛めていた奴だ。またも家の前に石を置き、すぐに家に帰った。
ご飯を食べても風呂に入っても、頭の中にあるのは復讐することだけであった。
少し早かったが、僕はベッドに横になり目を瞑った。すぐに意識が遠のく感覚に陥っていった。
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目を開けると、杉田の部屋の中に立っていた。しかも杉田以外に二人いる。その二人も僕を苛めていた奴らだ。何やらテレビゲームに夢中になっている。
「パチン」
僕は部屋の明かりを消した。テレビの明かりだけが部屋を不気味に照らしている。
「おい!何だよ急に!」
杉田たちは驚いたようだが、すぐに電気を点けようと立ち上がった。
その時杉田と僕の目が合った。杉田は怯えた様に後ずさりをしている。
「な、なんなんだよこの化け物は!」
杉田はそう言って尻餅を着いた。他の二人も僕の姿に恐怖を感じているようで、座りながら動けないでいた。
姿見が僕の視界に入ってきた。姿見が映しだしている僕の姿は異様であった。全身真っ黒で、目は不気味に赤く輝いている。口からは涎を垂れ流し、口は耳まで裂けているのだ。
「近付くなぁ!」
杉田はそう言って、駆け足で部屋から出て行った。逃げても無駄。どこにいるかはすぐ分かる。
僕は怯えている二人を睨みつけた。すると二人は急に静かになり、ぴくりとも動かなくなった。僕は二人に近付き、二人の首を絞めた。
「うかが…がが…」
二人ともみるみると顔が赤くなっていく。僕は両手を離し、二人の耳元で囁いた。
「一生呪ってやる」
僕は立ち上がり、その場を立ち去った。早く杉田のところに行かなくては。
僕は杉田から微量に出ているオーラをたどっていった。少し歩くと杉田の家の近くの公園に着いた。杉田のオーラはこの公園の中から強く感じる。
「みつけた」
杉田のオーラが公園のトイレから出ていることに気付き、トイレに近付いた。
「なんなんだよあの化け物。俺が何かしたっていうのかよ!」
杉田の声がトイレから聞こえてくる。トイレの中に入ると個室が四つあり、一番右の個室のドアが閉まっていた。
杉田が一番右の個室にいることは分かっていたが、一番左のドアを叩いた。
「コンコン」
「ひぃっ!」
杉田の小さな悲鳴が個室から漏れた。僕は可笑しくて笑い出してしまいそうになるのを必死にこらえ、更に右の個室のドアを順に叩いていった。ドアを叩く度に杉田は小さく悲鳴を漏らす。
そして僕は杉田の入っている個室のドアの前に立った。早く襲いたくて体がウズウズするのを耐えながら、ドアをよじ登った。
ゆっくりと顔を出していくと、杉田が便器に座り、頭を抱えて俯いているのが見える。
「クックックックックッ」
僕が笑うと、杉田の体がビクンと動いた。ゆっくりと杉田は頭を上げていき、とうとう僕と目が合った。僕はニターっと笑い、杉田の目を怨みを込めて見つめた。
「ぎぃぃいえぇぇぇぇ!」
杉田の甲高い悲鳴が耳に刺さる。僕は杉田のいる個室の中に飛び降りた。目の前で杉田は耳に手を当てて目を瞑り、激しく体を震わせて悲鳴を上げ続けている。
「コワイかい?ボクはねぇ、もっとコワかったんだヨ」
僕はそう言って杉田の両肩を掴んだ。杉田はすぐに気絶してしまった。西村と同じように首筋に噛みつき、憎悪の感情を流し込んだ。
禍々しい黒いオーラに包まれていく杉田を、僕は満足げな表情で見ていた。
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「ピピピピピピピピ」
アラーム音が僕を現実の世界に引き戻す。目を開けると窓から朝日が差し込んでいた。
学校に行く準備をするために自分の部屋から出て、洗面所へ向かった。顔を洗い、鏡を見る。鏡に映るのはいつもの僕の顔ではなかった。
目は白目が無くなるくらい真っ赤に充血していて、目の下には大きなクマがあり、頬は酷くこけている。鏡に映る僕の顔の口元が自然と上がりだした。
『ツギはナナミ』
分かっているよ。次は七海だって決めてたんだ…
学校に到着し教室に入ると七海が席に座っていた。僕が教室に入るのを見て、近付いてきた。
「龍くん、顔色悪いけど大丈夫?」
七海は僕の顔を覗いてくる。
「大丈夫だよ。それより今日学校が終わったら僕の家に来てほしいんだけど」
七海の顔は明るくなった。
「本当?私なにか龍くんに変なことして嫌われちゃったのかと思ってた…」
「そんなことないよ」
僕はそれだけ言って自分の席に座った。学校が終わるのが待ち遠しく感じた。
学校が終わると僕と七海は真っ直ぐ僕の家に向かった。僕の部屋に入ると七海はちょこんとベッドに腰掛けた。
僕は机の上の石を手に取り、七海に見せた。
「七海!これ何だか分かる?」
僕の手の上にある石から黒いオーラが溢れ出ている。七海は引きつったような表情をして、後ずさりをした。
「そんなのどこで拾ったの?」
「これはね…僕が作ったんだ」
七海は怯えた表情をしている。僕はベッドに乗り、七海を押し倒した。七海の両足の間に体を入れ、両腕を掴みベッドに強く押し当てた。
「僕はね、お前のことを壊したいんだ。何で僕なんかと一緒にいるかやっと分かったんだ。ただの同情だろ?裏では僕を馬鹿にしているんだろ?」
七海は強く首を横に振った。
「龍くん聞いて!同情なんかじゃないよ!龍くんを馬鹿になんかしたことない!私は心から龍くんを…」
七海は途中でしゃべるのを止めた。七海の顔に水滴がポタポタと落ちているのだ。
「龍くん、泣かないで」
七海は僕の首に腕を回し、抱きしめてきた。視界が涙のせいで歪んでいる。何故か涙が止まらない。
「痛い!」
急に僕の頭に激痛が走った。全身が痺れたような感覚に襲われ、僕はそのまま意識を失ってしまった…
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誰かが僕のそばでお経を唱えている。気が付くと僕は七海の家のお寺の本堂に横にされていた。
体を起き上がらそうとしたが、体に全く力が入らない。全身が鉛のように重く、だるくてしょうがなかった。
「おい、聞こえるか」
重いまぶたを開けると、そこには七海の父親が心配そうに僕を見ていた。更に僕を囲むように三人のお坊さんが座ってお経を唱えている。
「今お前は大変なことになっている」
何が大変なことになっているのか聞こうとしたが、声を発することが出来なかった。
「詳しく説明すると、お前は自分の呪いの力に体を蝕まれている状態だ。それも物凄い強い力のせいで体へのダメージが想像以上に大きい」
七海の父親は淡々と説明した。
「これから俺たちはその呪いを解く『努力』はする。ここまで強い呪いを俺は解いたことがない。この呪いを確実に解くことが出来るのは、俺が知ってる中で虎司しかいないんだ。」
七海の父親の目つきは急に鋭くなり、両手を強く合わせた。
「いいか、先ずは『邪念』を捨てろ!そしてとにかくお前が大切にしている人のことだけを考えろ!時間がないから始めるぞ!」
七海の父親はお経を唱え始めた。温かいぬくもりが左手を包み込む。七海が僕の左手を握り締めてくれていた。七海も目を瞑ってお経を唱えている。
僕の体は徐々に冷たくなっていくのが分かった。もう、指すら動かすことが出来なくなっている。七海が握ってくれている僕の左手は黒く変色しているように見える。
「政樹くん!」
女性の大きな声が聞こえた。その女性は僕の右側に座り込んだ。『花蓮さん』だ。
「政樹くん!今の状況は?」
「かなりまずいことになっている。はっきり言って、あとどれくらい持つか分からない」 花蓮さんは僕の胸に手を当てた。そして表情が険しくなる。
「政樹くん!虎司くんがよく作ってた御守りは?!」
「二つだけ残ってて、この二人に渡しておいたんだが、『廃神社』の一件で二つとも使っちまったらしい!」
花蓮さんは七海が握っている僕の左手の方を見た。
「この子が付けてる数珠は?!」
「その数珠は虎司のだ!!」
花蓮さんは僕の胸から手を離し、僕の両腕に付いている数珠を外して握り締めた。
「これが、最後の希望ね…」
花蓮さんは握り締めた数珠を自分のおでこの前に持ってきて、静かに目を瞑った。
「虎司くん、少しでいいから力を貸して。今はあなたの力が必要なの」
花蓮さんはゆっくり目を開き、数珠を両腕に付け、僕の胸に両手を当てた。
花蓮さんの手から温かさが伝わり、それが徐々に体全体に広がっていく。
でも、もう僕の体力は限界だった。目を開けていることさえ辛く感じる。七海を見ると、僕のために涙を流してくれていた。
七海に伝えなきゃ…
今の気持ちをちゃんと伝えなきゃ!
頭の中は七海のことでいっぱいになっていく。最後の力を振り絞り、七海に向かって気持ちを伝えた。
「七海、ずっと一緒にいてくれてありがとう。大好きだよ…」
僕のまぶたは完全に閉じ、周りの声は段々と小さくなっていった。
僕を呼ぶ七海の声を最後に、ついには何も聞こえなくなった。
ごめんね七海。もう七海を呼ぶことも、七海の声を聞くことも出来ない。
僕の意識は静かに暗い闇の底へと沈んでいった。
『よく頑張った。もう大丈夫だよ』
薄れゆく意識の中で男の人の声が聞こえた。とても優しい声。小さい頃七海を助けた時に聞こえた声に、どこか似ているような気がした…
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「龍悟!龍悟!」
誰かが僕を呼んでいる。
目を開けると、真っ白な天井が見えた。点滴の管が僕の右腕に伸びている。僕は病院のベッドに横になっていたのだ。
「龍悟!」
声のする方を見ると、僕の母親が右手を握り締め、目に涙を浮かべて僕のことを呼んでいた。
「母さん…仕事は?」
「まったく馬鹿なこと言って!3日間も寝てたのよ!喉渇いたでしょ。何か買ってくるね!」
母親は涙を拭いて、病室から出て行った。左を見ると、花蓮さんが椅子に腰掛けていた。 「花蓮さん、助けてくれてどうもありがとうございました」
「私の力じゃないわ。あなたのお父さんが力を貸してくれたおかげよ。それにあなたはちゃんと邪念を捨てることが出来たからね」
花蓮さんは優しい眼差しで僕を見た。
「あの水晶玉はもう捨てるわ」
「え?あんなに高そうなものを…」
花蓮さんは悲しそうな表情に変わった。
「もしまた、あなたみたいに強い霊感を持っていて、心に闇を秘めた人が見たら大変なことになるからね…それに私のけじめでもあるの」
花蓮さんは大きなため息を付いた。
「あの水晶玉を覗くと、いつでも虎司くんに会えるの。危険な物と分かっていながら捨てられなかった」
「でも確か、花蓮さんは僕の父さんのことフったんでしょ?」
「大人になるとね、色んな事を考えないといけないのよ。自分のことだけ考えてちゃだめなの。まだあなたには分からないかしらね?」
花蓮さんは優しく微笑んだ。
「それと、占いの結果を話すのを忘れていたわね」
花蓮さんは僕の額に手を当てた。
「まだまだこの先色んな困難が待ち構えているわ。そしてあなたの助けを待っている人が大勢いる。あなたは自分の信じた道を進みなさい。それがみんなの道しるべにきっとなるから」
花蓮さんは立ち上がり、コートを羽織った。
「それから、彼女のことは一生離さないこと!」
花蓮さんはにっこり笑って病室から出て行った。
「龍くん!」
花蓮さんと入れ違いで七海が病室に入ってきた。七海は僕に駆け寄ると、僕の胸に顔をうずめ、床に膝をついてしまった。肩を小さく震わせている。
僕は震えている七海の頭を優しく撫でた。
「七海、ごめんね」
七海はゆっくりと顔を上げた。目は腫れていて、鼻は真っ赤になっている。僕のせいで毎日泣いていたんだと思うと、心が張り裂けそうになった。
僕は体を起こして七海の腕を引っ張り、強く七海を抱きしめた。もう、七海のことを離さない。そう強く気持ちを込めた。
幸いに衰弱しきっていた僕の体はみるみる回復していき、一週間程で退院することが出来た。入院中に恐怖の心霊体験が起こったりもしたが、それはまた後日お話するとしよう…
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クリスマスの夜
雪がしんしんと降り続く中、僕と七海は僕の部屋にいつものように二人でベッドに腰掛けていた。
七海は家から持ってきた袋を開け、中からお揃いの暖かそうな手袋を取り出して僕に渡してきた。
「暖かそうだね」
「この手袋を毎日着けてね!」
僕と七海は早速お揃いの手袋を着けた。七海は嬉しそうに微笑んでいる。
「僕からも!」
僕はベッドの下に置いておいた紙袋を膝の上に置き、中からお揃いのマフラーを取り出して、七海の首に巻いた。
七海はマフラーを両手で握り締め、顔を赤くしている。
「これじゃあ、海藤さんと園山くんみたくなっちゃうね」
七海はペロッと舌を出した。
「まだあるんだ!」
僕は紙袋の底から、真っ赤な薔薇を三本取り出して、七海に渡した。
「花蓮さんに聞いたんだけど、三本の薔薇には意味があってね…」
僕が説明するのを止めるように、七海はキスをしてきた。
ゆっくりと顔が離れると、七海の目に涙が溜まっているのが分かった。
「知ってるよ」
七海は今にも泣き出しそうだった。そんな七海を優しくベッドに横にした。
「いつも泣かせてごめんね」
僕がそう言うと、七海は首を横に振った。そして僕の首に腕を回す。
「龍くん、来て」
外の雪は段々と激しくなる。
僕たちは外の雪が溶けるほど、熱く熱く重なり合った。
僕はありったけの愛情を七海に注ぎ込み、七海は僕の全てを受け入れてくれた。
「龍くん」
「なあに?」
「私も愛してるよ」
作者龍悟
今回の投稿で中学時代の話は一旦終了とさせていただきます!
今回はほぼ自己満足の内容となっております。
『怖い』と感じていただけるような話を投稿出来るよう精進して参りますので、今後もご愛読の程宜しくお願い致します!