いらっしゃいま......せ?
......これはまた、可愛らしいお客様ですね
外は寒いでしょう。ささ、早く中へ。
ああ、扉はきちんと閉めておいてくださいね。
さて、お嬢さんは一人でこちらに?
......ええ。ええ、そうでしょうとも。大変でしたね。
よしよし......。
あなたのお名前は?
あい...り......ああ、愛里ちゃんですか。良い名前ですね。
はい?私ですか?
私の名は、ええと、そうですねぇ。何でしたっけ......。
すいません、もう忘れてしまいました...。
...好きなようにお呼びください。
お、おじちゃん...ですか。
ふふ、まあいいでしょう。
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愛里さん、コーヒーは飲めますでしょうか?
............そうですか、残念です。
きっと、いつかは良さがお分かりになることでしょう。
..はい?お母様に会いたい、ですと?
なるほど、その強い念でここに来られたのですね。
ですが恐らく...いえ、何でもありません。
突然ですが、お手を借りてもよろしいですか?
はい。では、少々失礼して。
............なるほど、分かりました。
もう結構ですよ。
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愛里さん、良く聞いて下さい。
私から一つ助言を致します。
「真実を知りたいなら、誰の言葉も信じてはいけない」
ふふ、お口をぽかんと開けていらっしゃいますよ。
今はまだ分からないかも知れません。しかし来たるべき時に全てが分かります。
お母様には......「後で」会わせて差し上げましょう。
...はい、今すぐ会いたい気持ちはよく分かります。
ですが今は、旅の疲れを癒すのが先ですよ。元気な愛里さんに会えた方がお母様も喜ぶでしょう?
ふふふ、いい子です...。
店の奥に大きいソファーがあるので、ゆっくり休まれるとよろしい。
ええ、お休みなさい。
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............子供は無邪気で可愛いものですな。
それなのに大人ときたら...何故その尊さが分からないのか......。
今回はかなり厄介な事になりそうですが......。
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......さて。
そこにいるんでしょう、香織さん?
店の外で待っていないでお入りなさい。
招かれざる客とはいえ、話くらいはして差し上げましょう。
...............これは...
何故、貴女の名を知っているか、と?
名だけではありません。
私は全て知っています。
......貴女と娘さんがここに来た理由も含めて。
......はい?愛里さん...ですか?
はて、私は知りません。
ここには来られていませんよ。
嘘つきとは人聞きの悪い....
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......。
返せ、ですと?「私の」愛里を?
寝言は寝たまま仰ってください。
貴女の様な人間に淹れるコーヒーはありません。
私をこれ以上怒らせる前にお帰り下さい。
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ーいい加減になさい!
失礼、大声を出しました。
ですが、はっきり申します。
愛里さんは......貴女の所有物ではない。
そんなこと分かっている?馬鹿なことを言わないで頂きたい。
分かっているなら......本当に理解しているなら、無理心中を図る親が何処にいるものですか......。
申したはずです。全て知っていると。
嘘などついてはおりません。
確認致しましょうか?
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貴女は幼い頃より自分の容姿に自信があった...
周りの大人からは可愛がられ、異性からも親しくされる。そんな環境にいた貴女は、何一つ失うことなく、欲しいものを手にして生きてきた。
学生時代には男友達と仲良くすることでクラスの中心人物として君臨し続けた。
......一応言っておきますが、別にこれに関して悪いと言っている訳ではありません。
...やがて月日は流れ、貴女の夫となる男性と出会う。
初めて異性に心奪われた貴女は、彼に尽くし、彼もまた愛を注いでくれた......と信じていた。
そして、2人は結婚し愛里さんが産まれた。
貴女はこれまで通り、望むものを手にし、思い通りになったことを喜んだ。
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ーしかし、現実はそう甘くはなかった。
完全に自分のモノだと思っていた夫の裏切り
すなわち、浮気が発覚
口論の末、1年にも満たない新婚生活が最悪の形で終わりを迎えた
家
周囲の信用
そして、信じていた夫
そのすべてを失い、残ったのは幼い娘ただ一人
喪失の絶望の中、一人で娘を育てることなど出来ないと心を閉ざした貴女は、現実から逃げようとした
そして.........
...この先は確認せずともよろしいですね?
貴女の行くべき場所は既にご存知のはずです。
しかし、愛里さんはまだここに来るべきではない。
分かりますね?
少しでも......ほんの少しでも貴女に子を思う心があるなら...行きなさい。
そして、愛里さんを諦めなさい。
さあ......!
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..................さて、と。
最後の仕事が残っていますね。
(......嘘をつくのは趣味ではありませんが...)
おや?
お早いお目覚めですね、おはようございます。
少しは休めましたか?
...それは良かった。
はい、そろそろ帰る時間ですね。
愛里さん、よく聞いて下さい。
私は先程、お母様に会わせて差し上げると申しました...。
憶えていらっしゃいますね?
......ええ。
ですが、そのためには愛里さんに一つ約束をして頂く必要があります。
大丈夫です、難しい事ではありませんから。
愛里さん、「店を出たら、目を閉じ耳を塞いだまま、真っ直ぐ右に走って下さい」
どうして?...そうですね......念のため、とでも申しておきましょうか。
とにかく、約束をしてください。
さあ、小指を出して。
......知りませんか?「ゆびきりげんまん」ですよ。
ふふふ、ありがとうございます。
ところで愛里さん。
お金はお持ちですか?
......可愛い小銭入れですね。
少々失礼。
..................はい、これをお持ち下さい。
これは空のお財布です。
忘れてきたわけではなく、愛里さんが船に乗る意思がないことを象徴するものです。
少々難しかったですね。
すいません。
まあ、ただのお守りとして持っていって下さい。万が一の時に備えて。
......さあ、そろそろ出発しなくては。
はい、行ってらっしゃいませ。
...きっとまた会えますよ。
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ふぅ......
......いつかは、私の助言の意味が解る時が来るでしょう
私がこうせざるを得なかったことも。
果たして私の選択はあの子の為になったのでしょうか.......
考えても詮無いこと。
分かっています
それでも私は......
作者ダレソカレ
こんにちは、ダレソカレです
やってしまいました。BAR続編です。続編と言いつつ短編の連投になってしまい申し訳ないです。暖かく見守って頂けると、本当に嬉しいです。
引き続き、怖い、コメント、タグ等大歓迎です