人を恨み、呪いという過ちが連鎖する

長編17
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人を恨み、呪いという過ちが連鎖する

だいぶ前の話。

「やっぱりもう帰らない?

何だかだいぶ風が吹いてるし」

茂る草木をわけながら突き進むAに、僕は弱々しい音をあげた。Aはそんな私の態度に納得がいかないようで舌打ちをする。

「お前がこの先に廃墟があるって言い出したんだろ、俺が好きなの知っててそういうこと言ったんだ、帰りたいなら一人で帰れよ」

Aの他に一緒にいるBもCもどっちにもつけないような態度で、無言になりながらも足を進めている。

この茂みを歩いて5分ほどになるし、何よりバイク(中型)を2人乗りしてきたため、一人で帰ることなんて不可能だ。バイクは2台、ちょうど4人。それに僕は免許を持っていない。

「まあまあ、お前が怖がることなんて起こらねーよ。人目につかない草むらん中にある廃墟ってだけで何かあったわけじゃねーんだろ?」

その廃墟は昔、民宿だったらしい。僕がその話を聞いたのはつい一週間前のことだ。とは言っても、僕が直接話を聞いたわけではない。家にお客さんがきた。向かいに住む90くらいのじーさんだ。祖母が部屋に通してひそひそと話す会話がその民宿の話だった。

それまでは、老人会の相談やら彼岸の相談やらでそんなに重たい雰囲気ではなかったのに、その民宿の話になった途端に祖母の部屋が静まり返ったのがわかった。

あ、ちなみに祖母の部屋と僕の居た居間は襖で軽く仕切られているだけで、こっちのテレビの音とかもあっちには聞こえるくらいのものでした。

祖母は主にじーさんの話を聞くだけだったようで、じーさんの話にちょいちょい相槌を打っているのがわかる。

話を要約してみると

「あの民宿が閉められてもう50年。そろそろどうにかしないといけないけれど、私はもう90にもなるので、若い者たちに頼みたい、どうしたらいいのだろうか」

みたいな感じだった。

しかしそれはボソボソと話されていたので、ハッキリとは聞き取れない部分もあったが、僕は小学生の頃にやっていた秘密基地のようなわくわく感を感じて、高校生にもなって恥ずかしい気持ちもあったがA.B.Cに話してみたのだ。

冒頭でわかっていただけていると思うが、僕は4人の中では特に怖がりで、その廃墟となった民宿がこんな茂みの中にあるなんて思ってもいなかったし、まさかそこに「肝試し」を目的として真夜中に向かうことになるなんて望んでいなかった。本当に、あくまで秘密基地への憧れを思い出して、の彼らに対する提案だったのだ。

だからAが「今夜行こうぜ!北区手前のあの廃墟みたいなやつだろ?学校の屋上からちょっと屋根が見えるやつだ」と言ったとき、僕は後悔しすぎて止めることも出来なかったのだ。

ちなみに、僕が後悔した理由は「夜中」に対してではない。場所が北区手前だったということだ。田舎すぎるうちの地元では、市町村の不仲が当時もよく障害として存在していて、北区には行くなとか友達を作るなとか注意されていたものだった。

A.B.Cは今時の若者らしく、そんなものを気にしないで北区の友達も多くいるようだったが、僕は引っ込み思案で家族から何か言われるのが怖くて、そっちまで出かけたことがなかった。

夏にしてはやけに涼しい。冷たい風が僕らを茂みの隙間から襲い、夜の優しい音でさえも不安を煽っている。

少し歩くと、その廃墟らしいものが想像を上回るボロボロっぷりで現れた。

僕だけではない、Aでさえも声を失うほどの廃り方と凄みだった。本当、何でこんなとこに来なきゃいけなかったのかと思った。

廃墟は3階建てで壁には蔦が絡まり、窓があったであろうところにはもう朽ちてしまった板が何とか張ってある。ドアにも板が打ち付けられていてその頑固さとは裏腹に建物自体は今にも崩れそうに見える。

「ひゃー、来るもんじゃないよ、A。帰ろうよ」

最初に口を開いたのはB。彼はAに比べては温厚だけどAの意見には絶対従う弟分みたいなやつだ。Cは中立的で僕の話をよく聞いてくれるけど、八方美人なところもある。僕はそんな風にみんなを思いながらも行動を共にしてる臆病者だ。

「いや、ここまで来たんだ。こいつの話じゃ、この建物がどーにかなるんだろ?壊されたらどーすんだよ」

Aは、僕の肩を抱きかかえて歩きだした。自然と僕の足も前に進む。僕はものすごい怖い気持ちを声にすることが出来ずに従う。

とは言っても、建物は蔦と板で隙間ひとつなくねずみ一匹も入れないような様子だった。こんな自体を想像しなかった僕はもちろん、Aたちも懐中電灯以外持ち合わせていない。Aは素手で固そうな蔦をおもむろに引き抜き、「大したことなさそーだな」とにやついた。

そのまま、板に手を伸ばしおもいっきりひっぱった。その重苦しい雰囲気にそぐわない、木が剥がれていく音がした。Aが力強かったのではない、やはり木がだいぶ朽ちていたのだ。

Aをライトで照らしていたBも、「嘘だろ?」と少しうんざりした顔をした。

廃墟のかつての玄関だったものが顔をだす。外の壁に比べて、雨風に触れていなかった分少しだけ綺麗だ。

Aは当たり前のようにドアを開ける。引き戸はあっさりと開いて、Aは自分の家かのようにずかずかと入っていく。それを追う僕ら。

この時にでも引き返しておけば、どんなによかったか。後で後悔してもしきれない。

廃墟は民宿だっただけあって、小さな部屋がこまこまあるようだ。廊下からいくつものドアが見える。しかしやはり中の空気は埃臭くカビくさく、雰囲気は絶大だ。しかしなんだろう、それとは違う匂いがする。その匂いに鼻をつまむ4人。

建物内はもちろん真っ暗で頼りになるのは懐中電灯くらいだ。僕が入り口に立ち止まっていると、Aが再びずかずかと廊下に入っていく。ギシギシと軋む木の床。やはり中もだいぶ朽ちているようだ。

「外から見てたよりもだいぶ広そうだなー。手分けしよーぜ。俺が3階いくからお前らも散らばれ。じゃーな」

それだけ言ってAは歩いていこうとする。さっきは廃墟の暗がりに怯えているように見えたのに、やはりAはずっと肝が座っている。

僕らはそこに取り残されたまま立ちすくんだ。

「どうしようか?」

Cが帰たそうな雰囲気を出すも、結局僕が2階。B.Cが1階を回ることになってしまった。僕はひとりでこの廃墟を歩くことなんて無理だと思い、Aが登ったであろう階段(ここも埃が積もって暗く、軋んでいましたが)の2階に通じる踊り場のようなとこで座り込んで待つことにした。

民宿と言ってもそこそこ大きな建物内だったのか、階段も廊下も幅がある。廊下には何もなかったが、階段には壺とチェストのようなものが置いたままになっていて、この様子だと他の部屋にもまだ家財などがあるのかもしれない。

そしてひっそりとした空気とこの匂い。廃墟ってどこもこうなのかな?何だか肺がどんどん汚れていくような気持ちになって少しだけ息をとめたりした。

何もしないで過ごすつもりだったが、踊り場にも慣れてしまって、Aらがいつ戻ってくるかもわからなかったために退屈な気持ちも芽生えてきた。

僕らしくないかもしれないけれど、緊張していた分、気持ちが大きくなっていたのかもしれない、2階に踏み出した。

2階にもいくつかの部屋があった。どこもしっかりとドアが閉められている。僕はゆっくりゆっくりと足を進めた。止まることが出来ないくらい、後ろを振り返ることが出来ないくらい緊張していた。

さっきの気持ちなんて、もうどこにもなかったんだ、怖くて怖くて仕方なかった。

僕が思わず足を止めたのは、だいぶ廊下を進んで突き当たりに差し掛かる手前の部屋だった。

そこにはドアがない。

中が見える。

いや、真っ暗だから見えるわけではない。ライトを照らすとすぐに見ることができる。僕はそのとき廊下に懐中電灯を向けていたが、その部屋から放たれる闇をどうしても見たくなった。何もない、何かあるわけがない、と自分に言い聞かせる証明がしたかったんだ。

ばっと思い切って懐中電灯を向ける。

部屋にはかつて絨毯だったであろう布と、机、衣類のようなものが散らばっている。そして壁には外国人のポスターのようなものが貼ってある。

それだけだ、怖いものなんて何もなかった。僕はそれだけでAらに伝えられる情報は得ただろうとお腹いっぱいになって、早足で階段を降りた。階段でAと偶然合流した。

「おう。何かあったかー?

3階は特に何もなかったわ。ただ荷物がおかれたままの廃墟」

Aはがさつで乱暴者だけど、このときばかりはかなり安心した。僕も2階での話をして、玄関まで歩いた。

そこには既にBがいた。Cはいなかった。

「Cは?」

「…はぐれた」

Bはバツが悪そうに俯きながら話し始めた。1階を捜索中、Cが怖がって引き返すことを提案したもののBは好奇心から進むことにした。Cは先に玄関に戻ると言い引き返した。とのことだった。

僕とAはため息をついて、再びCを探すために1階を歩きはじめた。1階は部屋の他にもキッチンや居間のようなものもあって、構造も単純ではなさそうだった。

「おい、C!帰るぞ」

Aは大声を出してCを呼び続けていたが、返事がない。こんな静まり返った屋内で聞こえないわけがない。僕は気味が悪くてビクビクしながらCを探していた。

しばらく探してもCは現れなかった。

Aは、まさかCが先にバイクのとこまで戻ったんじゃないかと推理をしはじめ、廃墟を出ることになった。

「あいつならあそこまでひとりで戻ってブツブツ文句言ってるかもしれねーしな!こんなに歩かせやがって」

廃墟を出て、再び茂みを歩く。

茂みはさっきAがかきわけただけあって軽く道のようになっていて、行きに来たときよりもずっと早くバイクの前まで来ることが出来た。しかし、そこにCはいなかった。

時刻は明け方、すこし明るくなる空を見て

「親が起きる前までに帰らないと」

とBが言い出し、廃墟に戻ってCを探したがるAと喧嘩になった。

僕はほんとは帰りたかったが、Cを置いて行くわけにも行かず、どっちつかずの状態でいると

「じゃあお前はBと帰れ!

俺はここにバイク置いたままCを待つからよ」

とAが投げやりに言い出した。

結局、僕とBが先に帰ることになった。

僕はすこし心が痛んだが、Bに急かされでバイクに乗り込み帰路につくことになった。内心、恐ろしい廃墟から離れられることが嬉しかったのも事実だ。

自宅の玄関の敷居をまたぐと同時に、祖母の部屋の襖が開いた。僕の顔をまじまじと見る。

「お、遅くなってごめん」

僕は怒られるのだと思って、思いっきり謝ったが祖母の口から出たのはもっともっと恐ろしい言葉だった。

「何で入った」

祖母はそれだけ言って、襖を閉めてしまった。僕は、入った場所が廃墟のことだとすぐにわかったし、何でわかったのか気になって気になって仕方なかった。

すこし玄関に立ちすくんだままになったが、ゾクゾクと恐怖に煽られて、祖母の部屋の襖を叩いた。

祖母はいつになく機嫌が悪そうな顔で、何だ。と言った。

「な、なんでわかったの?」

祖母はため息をついて話した。

「憑いてるとかじゃあないよ、安心しな。ただ、臭いんだよ。あそこは匂いが強いんだ。お前があそこで何か見たとかは関係ない。その匂いは一生消えないだろうね」

匂い…あの廃墟の埃やカビの匂い?それともあの冷ややかで鼻につくあの匂い?

何か見たってなんだ!?

祖母はそれだけ話してすぐにまた襖をしめて寝てしまったようだった。僕はすぐにシャワーを浴びてベッドにもぐりこんだ。

翌日、正しくいえばその日の昼過ぎに、我が家の玄関を激しく叩く音で目が覚めた。尋ね人は向かいの家のじーさんだった。ドアを母さんが開けたと同時に、僕の部屋に入ってきて僕の肩を揺さぶる。

「お前だ!お前から匂いがする!何であそこに入ったんだ?」

寝起きの頭がグラグラする。じーさんの様子から、その状況が最悪なものだと気がついたのはすこし経ってからだった。

そのとき新たな来客。Aだ。Aは昨夜と同じ服を着て顔は汗をかいているものの真っ青だ。Aが僕の部屋に入るなり、じーさんとその時かけつけてきた祖母が、唸りながら鼻をつまんだ。

「お前もだ!お前も入ったんだ!」

僕は状況が把握出来ない中だったが、やっと、廃墟をきっかけに恐ろしいことが起こっていることに気がついた。

「Cが見当たらなかったんだ。どうしよう、あいつ、家にも帰ってねーらしいんだ。まだ廃墟に居るのかもしれねー」

Aは震えながら僕を見た。

いつものAとは違う、かなり弱々しい顔をしている。

おっさんと祖母は、それを聞いてすぐに部屋から出て行った。

僕とAは、ふたりが慌てて出て行く様子を見て、後についていった。

居間には、不機嫌そうな僕の父がいた。僕とAを睨みつけながら舌打ちをして、車の鍵をポケットから取り出し歩きだした。

廃墟に行くんだ。

すぐにわかった。

いつも乱暴なAも静かになって父のあとについて庭に出る。それに僕も続く。父がエンジンをかけた車に祖母とじーさんが乗り込んだ。Aと僕もその車に無言で乗り込んで車が発進する。

「あそこで何か見たか?」

祖母が僕に尋ねた。

何かとは何のことだろう、家財くらいしか…僕はそう思って首を振った。Aも首を振った。

「あそこには、人のようで人でないものが眠ってるんだ。後世に投げ出してしまうほどの禍々しいものがな」

「あの民宿で…?」

「民宿なんて呼んでるけど民宿じゃないんだ、呪いをするために建てられただけの恥ずべき館なんだ」

ここからは祖母とじーさんの話。

僕らの地区と北区はやはり仲良くなかった。いつだかの時代に武将が極端な土地改革を設けてそれぞれの地区で貧富の格差が現れた。僕らの地区は、北区に比べて貧しくそれを見た北区は僕らの地区に嫌な仕事や不平等な仕事を言いつけるようになった。

僕らの地区の長老?は、彼らをどうにか押さえつけるために、当時南蛮から伝わってきた「呪い」に魅入られてしまう。

商人も営業目的だ、長老にうまい話ばかりを聞かせてその代償の大きさを伝えることがなかった。そのうまい話は北区の撲滅。代償は、呪いとはいつまでも誰かを呪い続けないといつか自分に返ってくるというもの。

呪いの方法については伏せるが、湿気の多い部屋にこもることがひとつの条件だった。長老は商人に力を借りて、北区に極めて近い林の中に平屋の館を建てる。そして地下室を設けて村人らには秘密でじわじわと呪いを成長させたそうだ。

ある年の暮れ、北区の質屋の一族が全員一夜で亡くなった。事故、家事、発作などさまざまだったらしい。その中には、何の罪も知らない幼いこどももいたという。一夜で何人もの人が亡くなる偶然などありえるはずもない。北区の騒ぎはすぐにこちらにも伝わってきた。長老は自分の呪いが天罰をくだしたのだとすぐにわかった。

呪いを信じていたからこそ、館を建てていろいろしてきたわけだが、効果を目の当たりにしてしまうと急に怖くて仕方なくなったという。長老はすぐに呪いの館から足を離した。

しかし、呪いはすぐには消えない。翌年の春には北区の学校の校長一家で一家心中がおきた。一家心中とは言われているものの、全員の死因はバラバラで、たまたま学校の経営に悩んでいたタイミングだったために心中だと報じられた。そして、同じ頃に北区のある地域に山犬が襲いかかり食いちぎられる事件も多発しはじめた。

呪いの恐ろしさに震えてしまった長老だったが、その頃には気がおかしくなってしまったのか、それは自分による呪いが原因だと親族に自慢げに話すようになった。

「お前らも北区にいろいろされただろう?思い出せよ、あいつらに天罰をくだして思い知らせてやろう。」

今の世の中なら、長老は何か制裁を受けていただろう、しかし物資もまともにない、政治も整っていない時代だった。話を聞いた若者たちは、長老よりも北区に怨念があったのだ。呪いは長老から若者たちに受け継がれた。

呪いは、人から人へ受け継がれ、時代も変わっていった。差別が薄れる時代に。

若者たちの北区への感情ももちろん薄れ、呪いの伝統もなくなっていくように感じられた。

しかし、事実として北区では不審死や災害が多発し、政治すら歪んだ時代もあった。だけど北区ではその原因が、自分たちが馬鹿にしている地域による呪いだなんて思っていなかったのだ。

それから何十年も経ったとき、北区に対する呪いのための会議が開かれた。要は、差別も薄れてきたし呪いなんてやめないか、みたいな会議だ。話は呪いをやめる、という方向で終わるわけだが、大事になるのはここからだ。人が亡くなってきた呪いにたいして今までが大事じゃなかったと言うわけではない。ここからが呪いの恐ろしさを我々が感じる瞬間だった。

呪いを辞めて数年後、村で不審死が多発した。いきなり自殺する者。死因が見当たらない者。知らない病にかかる者も現れた。若者たちはすぐに呪いだと気がついた。そしてその呪いは誰かにかけられていると考えたのだ。この回想の最初の方に述べたが、呪いはだれかを呪い続けなければならない。しかしそれを商人はうまく伝えなかった。いや、伝えていたのかもしれない。人から人へ受け継がれるうちに、どこかで途絶えたのかもしれない。

身内を呪われたと考えた若者たちはまた呪いの館へ足を運ぼうと考えた。呪い返してやらなくてはと思ったのだろう。

数年ぶりの呪いの館。外観はそのままだったが、そこに入った5人のうち3人がその日のうちに不審死を遂げた。その3人は直接地下で呪いの儀式を行った者。あとの2人は地下へはいかなかったという。

しかし、馬鹿みたいな話。彼らは相変わらずそれを誰かによる呪いだと思い、翌日、翌々日も館に足をはこんだ。しかし毎日、地下へ入った者が亡くなった。

事態に気がついたときにはもう遅かった。村の半分近くの若者が亡くなっていたのだ。

彼らが呪いの代償に気がついたのは、その頃だった。呪いを持ち寄った商人と同じ国の人が村を訪れたのだ。旅人だった。

その年の冬。旅人によって館を封鎖することになった。呪いの気みたいなものを、建物内に閉じ込めることが目的だった。当時は、世間もだいぶ揺らいでいて(外交でしょうが)、旅人も国に帰らなくてはならない中での作業だったために、急いで仕事が行われたそうだ。

しかし、その早急な作業の最中に、1人の若者が謝って埋めかけの地下に落ちてしまったそうだ。地下に入った者は助からない。彼らは1番にそう思った。若者は落ちた衝撃で頭を強く打ち出血もしていて、1人で登ってくるには困難な様子だったという。しかし、誰も彼を助けるために地下に降りることは出来なかった。誰も、死にたくなかったのだ。

その場にいた者はみな、彼を見殺しにするように土をかぶせた。「どうせ、今日死ぬのだ。誰かが彼のために地下に降りる必要なんてない。犠牲者が増えるだけなのだ」と。

そうしてあっという間に館の地下は埋めたてられ、平屋も壊された。呪いによるものだと疑われる事件や災害もぱたりとやんで、村中が安心したときだった。

今度は夜中に家畜の肉が引き裂かれるという事件が立て続けに起こった。鳥や牛はあっという間に数を減らしていったが、誰もなす術がなかった。呪いはまだまだ残っていたのだと村中が嘆いた。どうしたら身内を救うことができるのか、村中が頭をかかえた。

そしていつの間にか、呪いを排除することではなく、その呪いを誰かにぶつけ続ける必要性を訴える者たちが現れるようになってしまう。村内は2つに対立した。呪いを消し去るための方法を考える集会と、呪いを誰かにかけ続け身内を守る集会だ。

人というのは何とも酷く脆く軟いものだろうと思う。彼らの論争はすぐに止むことはなく日々熱をあげてしまい、互いのリーダー、影響力のある者をその呪いを用いて殺めることを次々と行うようになる。

さて、彼らはいつ、道を違えたのだろうか。

それともこれも、呪いなのだろうか。

呪いは彼らの人間味を悪い方にばかり引き立てて、いつの間にか村の人口は激減していた。北区の名のある坊が、この地区の実態の正体に気がついたのは、だいぶ月日が経ったときのことであった。

坊の意見が正しいのかは別とするが、坊が彼らを鎮めた第一人者として、彼の話を肯定して話をまとめると、館を埋めた後の呪いは、初期に持ち寄られた西洋の呪いと、埋める際に落ちてしまった若者の呪怨との合体したもので、その矛先にはこの村全ての人に向けられているというもの。

その呪いはすぐに消すことは出来ないし、坊がどうにかできるレベルではないこと。西洋の呪いの解き方がわからないとも言ったらしい。

その呪怨をどうにか落ち着かせるには、その地下の上に家を建てて生贄を住ませなさい。ということだそうだ。

さあ、村中では困ったことになった。誰を生贄にするのか、争いになったからだ。家自体はすぐに建てられた。3階建てで、何人でも収容出来るような小部屋の多い家だ。そこに誰を住ませるのか、いや、閉じ込めるのか。

最初に閉じ込められたのは、呪いという事の発端を招いた長老の末裔だった。まだ7歳という右も左もいまいちわからない年齢なのを利用して、あっという間に館に送り込まれた。坊の言う事には、館に住む人数を言わなかったのでとりあえず彼だけを住まわせた。

両親は心を病んでしまうが、末裔の子供自身はすくすくと育ち、立派な大人に成長した。

その頃には村の争いも、人を殺めるほどの自体にはなっておらず、子供を英雄だと称える者さえも現れた。本当に馬鹿らしい時代だと思う。

しかし、ある時に子供が「もう1人住んでる人がいる」と言い出した。もちろん、そんな事実はない。

子供は、その「もう1人」と友達になった。「ひと昔前の服を着ているけど、いつも家のどこかに隠れているんだ」と話していたという。

村ではこれが生き埋めた若者ではないかと、騒ぎになるのは当然だった。

そして、いつの間にか子供に怯え、近寄る者がいなくなってしまった。子供の横に、いつも若者が憑いているんじゃないかと誰かが言い出したからである。

それから数年後、子供は館の中で孤独死を遂げた。村中で会議が設けられ、再び坊も村へ訪れる。坊は悲しそうな顔をして「可哀想に」と何度も連呼していたという。しかし、その頃には呪いの力も薄らいでおり、坊によって館の封鎖は始まった。

それが、僕たちの知っているあの廃墟だ。

坊いわく、50年後、取り壊すことを条件にあの板をはりつけたのだという。50年も経てば呪いも薄くなって、祓うことができるのではないか、ということだと思う。

ここまでの話を聞いてる間に、廃墟に着いた。僕はこれまでにないくらい萎えていて、

Cがもう戻ってこないことの想像もついた。Aもそんな顔をしていた。

ちなみにBはこの晩に連絡をとったわけなので、話の最後までは出てこない。

廃墟までの林は昨日僕らが通ったのがハッキリわかるようにかきわけられた跡が残されていた。じーさんや父親は、ここでも舌打ちをして、歩き出した。

明るい昼間なのに、昨日よりもずっとずっと怖かった。怖い気持ちはきっとCの方が強かったはずなのに、僕はビクビクとしていた。

Aと祖母が見兼ねて、僕と祖母は林の手前で待つことになった。何とも情けのない男だと思うだろうが、僕はもうだめなんです、腰が立っていませんでした。

2時間ほどした頃だろうか。

ぐったりとした顔の3人が戻ってきた。その後ろを紙袋を頭にすっぽり被せられたCが両手を紐に繋がれてじーさんに引っ張られて歩いている。

Cが生きている!僕はほっとした。

しかしそれも一瞬だった。

「お前は見るな」

Aは涙がいっぱい溜まった瞳を僕にむけて、車にCを押し込み、自分も乗り込んだ。

CはCらしくなく無言だった。頭にすっぽり袋がかぶせられているから、表情もわからないのだけれど。だけど僕はAの涙、Cの様子を見て、Cがもう助からないことを察した。

その日を境に、僕らはCの行方を知らない。

僕らの中からCという存在がすっぽりと消えた。誰も話さない、抜け落ちたように。

そして記憶として残されたこの出来事を、誰かに伝えることもないのでしょう。

僕が伝えたいことは、呪いが怖いことではございません。誰かが誰かを憎み、形を変えて人を殺める術を人が生み出すこと。それが波のように人にあたり、反射していくということなのです。

誰がどこで道を違えたのでしょう。

誰が引き返すことが出来たのでしょう。

そして、長老の末裔は若者を本当に見ていたのでしょうか?彼自身が呪いとして、村に対する怒りを生んでいたのではないでしょうか?

誰も口に開かない、悲しい話。

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