三年目というお噺…
夫婦というものは、色んな形が御座いますようで、中には仲が悪い…なんて方々もおりますが、やはり仲の良いご夫婦を見ておりますと、此方も何とも気持ちの良いものであります。
まあ、だからと言ってあまり目の前でベタベタされても、困りものと言ったものですが…
とあるご夫婦で、仲の良いご夫妻がおりまして、ご主人もそれはそれは奥様を愛しておいでで、仕事が終われば寄り道などもせずに真っ直ぐに奥様の元にお帰りになるし、お休みの日などはいつも奥様を彼方此方にデートに連れて行き、片時も離れずにおいででありました。
勿論、奥様も旦那様を心から愛しておいでで、お帰りになれば、仕事などでお疲れになっている旦那様に色々とお尽くしになっておいでになりました。
こんなお幸せの夫婦に残酷な悲劇が襲ったのは、結婚をして僅か二年目のある日の事でした…
奥様が原因不明の死にみまわれたのです
旦那様は、まさかこんな事が我が妻に起ころうとは夢にも思わなかったに違いありません。
お通夜、お葬式などを滞り無く済ませてもなお哀しみにくれるばかりで、何一つ手につけられない程で…ご親戚の方々にも色々とお慰め頂いても、悲壮感と喪失感だけが彼を蝕んでおりました。
………………………
この事で何より…原因不明によって亡くなられ、事件性があるやもしれない…などのために解剖しなければならなかったことが更に、彼を苦しめました。勿論、それは解剖結果によって事件性はないとされましたが、全てが済み我が家に戻って来た妻を見て彼は、愕然とし言葉を失いました。
あれほど長く美しかった彼女の髪が全て剃り落とされ、坊主にされていたからです。
傷を隠すために頭巾を被されておいでではあったものの、悔しくて悔しくて成りませんでした。
(なんて姿で帰ってきやがんだお前は…捜査のために解剖ったってあんまりじゃねえかよ…畜生)
「く……ぅぅぅ…」
しかし…泣いてばかりもいられず、彼は立派に喪主を勤め上げることで亡き妻と自分を慰めることしかできませんでした
葬儀など全てが終わり、遺影の前で彼は一人、妻の生前の事をつらつらと思い出しながら、涙と共に350mlの缶ビールを無理やり胃袋に流し込んでいました。
(そういや、何時だったか…お前、俺に変な約束をしやがったなぁ…)
それは結婚して一年目のある日のことでした…
…………………
奥様(今後サツキ)「ねっ!カズ君?一つ約束して欲しいことがあるんだけどさ!」
夫(今後カズアキ)「ん?何だよ…」
サツキ「もしよ?もし…あたしがカズ君よりも先に死ぬとするじゃない?しかも、あと数年後とか早い段階で…」
カズアキ「なっ!!馬鹿言ってんじゃねえよ!何だそりゃ?!」
サツキ「だ〜から!もしだよ!」
カズアキ「もしでも何でも変なこと言うなよ!怒るぞ馬鹿!」
サツキ「イイから聞いて!」
カズアキ「何だよ…」
サツキ「もしあたしが死んだら、カズ君…他の誰かと結婚したりする?」
カズアキ「ばっ…しねえよ!するわけねえだろ!アホか…」
サツキ「ホント?嘘じゃない?絶対?約束できる?」
カズアキ「あたりめえだろ!」
サツキ「今はそんな事言ってるけど……カズ君…ただでさえ女好きなんだもん…」
カズアキ「なっ!ばっ…女好きって…あのな…俺は、お前意外の女となんか結婚は、し・な・いって!」
サツキ「ホント??絶対だよ??もし、嘘だったら、あたし…結婚式の晩に化けて出るからね!」
カズアキ「怖っ!!分かったよ…出れるもんならな…まあ、お前が出てきても怖かねえしな。ははは!むしろ嬉しいわ……それに、そうすりゃ…あの男と結婚するとその晩に先妻の幽霊が出るって妙な噂が立って俺も一生結婚できなくなるし、お前の望みも叶うってなもんだろ……つか、まずそれよりも…死なせねえよ!言ったろ、結婚する時に…お前を守るっつって…」(しかし女ってのは妙なこと考えやんだな…ったく)
サツキ「えへへ…うん…じゃ…約束ね…絶対だよ…やぶっったら〜ホントに〜化けて〜出〜る〜か〜ら〜ね〜?
丑三つ時に…う〜ら〜め〜し〜や〜…なんてね!きゃはは」
カズアキ「馬ぁ鹿!ははは」
………………
この妙な約束の事を思い出しながら、鼻でフンッと少し笑い、彼は敷いてあった座布団にごろりと横になると…
愛する妻を守ってやれなかった哀しみを癒すためにと飲んだ酒が効いたのか、いつの間にか眠りにつくのでありました…
………………
数ヶ月が過ぎると彼も賢い方でしたので、流石にいつまでも死んだ奥様のことばかりを考えてはおりませんで、仕事に尽力を注いでおりました。
その頃になると、だいぶ周りの彼に対する態度にも変化が起こり始めました。
彼は器量も良し、その上だいぶ出来た男でしたので、当然周りの女性は彼をほっときはしませんし、同僚や上司からも何度かコンパなどに誘われるようなこともありました。
勿論、亡くなられた奥様との約束の事もあり、初めのうちは理由をつけてお断りしておいでではありましたが…
流石に人のご好意を…(彼の性格も性格ですし)これ以上無下にも出来ず、ある日、お誘いに乗ることにしたのでした。
その時にお会いになった方と何度か会う事で、その方の気質や明るさで何と無く安心感を感じ…まだ亡き奥様がお亡くなりになって数ヶ月ではあったのですが、その方との結婚話がまとまり、ついに結婚をする運びとなったのでした。
しかし、彼の頭の中にはまだ、先妻との、あの約束の事がありました…相手の女性には悪いとおもいましたが、もしサツキさんが幽霊となって出てきて、それをこの女性が見て驚き、出て行ってしまい戻ってこなかったとしても、それはそれで自分は構わないかな…などという少し曲がった考えもありました。
結婚式当日、先妻がなくなり半年も経過していないし、お相手の女性もバツイチで二度目の結婚というの事もあり、親族のみで細やかに式を済ませました…
そうです。とうとう、その夜を迎えたのです…
でも、半信半疑…そんな事はないだろう…と思っていましたが…
信じてみるのも悪くはない…彼はできる事ならば、サツキさんに幽霊になって出てきて貰いたいとも思っていました。
奥さん「あれ?寝ないの?」
カズアキ「ん?ん…ちょっとね…あまり眠くないから…あっ、いいよ先寝て。」
奥さん「私もあんまり眠くないし起きてようかな…」
カズアキ「いや、無理しなくていいよ…疲れたろ?寝なよ…」
奥さん「でも…旦那さんより先に寝るなんて…」
カズアキ「気どりなさんな、ふふ…いいから寝なよ。ちょっとこれから色々あって疲れるから…」
奥さん「なぁに?」
カズアキ「いや、何でもない…まぁ兎に角気にしなくていいからさ、ね?」
奥さん「ね?さっきから時計ばかり気にしてるけど…なんかあるの?」
カズアキ「え?そ…そう?別に何にもないよ…うん。いや兎に角寝てくれよ!頼むから…」
奥さん「あ…ほら、今時計に目がいった…ふーん、まぁいいけど?じゃ先に寝るね。」
カズアキ「…ああ、おやすみ。」
(ふう…やっと寝てくれたか…しかし…ホント化けて出るのかな?あまり、こうしてたんじゃ、嫁さんにも悪いし…俺も布団に入るか。。。)
時刻は一時半を回りそろそろ丑三つ時…布団には入ったものの彼の目はパッチリと開けたまま…
シーンと静まり返った寝室…
……………………………………
デジタル腕時計が小さな音を立て午前2時を知らせる。
『ピピ…』
……………
しかし、何事も起こらない…
カズアキ(ふっ…当たり前だよな…そんな事あるわけないもんな……でも…あいつ…結構執念深い質だったよな…そのわりに、おっちょこちょいなところもあった…もしかしたら、隣の家にでも出てたりしてな…はは…隣に出たら、驚きやんだろうねお隣さんも…いや、もしかしたら、あいつの性格だ…もったいぶってんのかもしれねぇぞ?そろそろ出てきやがるだろ………
??…
なにしてやがるんだ…早く来いよ…あっ、もしかしたら…十万億土(じゅうまんおくど)って遠い所から来るから、間に合わなかったのかもしれねえな…明日は来るかしら?)
などと考えているうちに夜が明けてしまいました…
仕方なしに、今夜は来るだろうと待ちましたが、来ない…その次の日も…その次も…五日たち十日たち一ヶ月たち、夜寝ないで昼間寝て待ったがサツキさんは現れませんでした。
カズアキ(へっ!馬鹿にしやがって…そりゃそうだ…俺はもともと信じてなんかいなかったんだ…馬鹿馬鹿しい…)
…そんなこんなで、今の奥さんも満更、嫌というわけでもなかったし、段々と仲睦(なかむつ)まじくなり…そのうちに…一人の男の赤ん坊がお生まれになりました。
そして、結婚から三年目が経ちました…
先妻であるサツキさんの法事があり、家族で墓参りを済ませ、その日の夜を迎え…疲れもあり、その日は直ぐに眠たせいか、彼は一人夜中に目を覚ましました。
カズアキ「ん〜…あぁ…ぅぅん…今…何時だ?
…ありゃ…何だ…まだ1時半か…ふぅ…ん?」
(ふふ…二人ともよく寝てやがる…小せえ手で母ちゃんのおっぱいにすがって…可愛い寝顔して…ふふふ…しかし、家族で墓参りも悪くないな…今までは、気が引けて中々墓参りも出来なかったが、女房も理解ある女で良かった…
だけど、…今日は墓前の前で手を合わせている時に…何だか妙なことを考えちまったな…
もし、あいつが生きていて…こんな子供が出来ていたら、どんなに喜んだろう…なんて。
子供好きだったからな…あいつには苦労をさせて死なせちまって悪いことをした…かわいそうな事をした…何だか今日は変だな俺は…)
その時、デジタル腕時計が小さな音を立てる…
『ピピ…』
すると、どこかの窓を開け放してあるのか生暖かいような風が『スウ…』っと入ると、寝室のドアの扉が、『ギギギ…』と音を立て開く…格子にはめてあった障子にサラサラっと髪の毛が当たるような音がして…『ガタガタッ…』っと何かが床に落ちる…
まるで、背中に水を浴びせられたようにゾォォっとして…
「な…なんだか今日の夜は変だぞ…?」
と当たりを見回す…
何と無く、気持ちが悪く布団を頭まで被り、その隙間からジッと布団の外を見ていると…
半透明の真っ白い足がユックリとした足取りで彼の枕元に来てピタッ…と止まると…
ニュウ…っと長い緑の黒髪が徐々に布団の隙間におりてきて…蒼白い顔が布団の中を目を剥き出しに覗き込み…
「カ…ズ…君…怨…ん…で…や…る…」
カズアキ「ひゃああ!!さっさっサツキ!?ななっなんで?!ままっ…まさか昼間の法事の礼に来たのか?だっ…だったらそんな必要無いから消えておくれ!南無阿弥陀仏!南無阿弥陀仏…」
サツキ「か…ず…く…ん…の、嘘…つ…き。」
カズアキ「ええ??」
サツキ「あん…な…に、約…束…した…のに…こんな…綺麗な…奥さんと…仲よく…暮らすなんて…」
カズアキ「ばっ!じょ…じょ冗談じゃないよ!こうなったら俺は幽霊と掛け合うよ!お前は生きている時は、ものの分かる良い女だったがこうも変わるもんかね?…確かに約束はしたけどさ、お前…あの時の約束じゃ…結婚式の晩に出るからって話しだったじゃないか…俺はずっと待ってたんだぜ?まあ…十万億土って遠い場所から来るんだから、もしかしたら、間に合わなかったんじゃねえかって…明る晩もその次の晩も…夜寝ないで昼間寝てずっと待ってたんだ…それを…こんな…子供が出来て、今更出てくるなんて…お前…今まで何処で何をしていたんだよ!?」
サツキ「だって…無理じゃん!」
カズアキ「何が??」
サツキ「ほら…あたしが死んだ時…なんだかんだ言って髪の毛をみ〜んな剃っちゃったでしょ?」
カズアキ「そりゃ…原因不明で亡くなったからとか、事件性があるから…なんて警察が言うから…俺が頭にきて、だったらお調べ下さいって解剖して貰ったんだ…で、あちこち切って頭も切開するって事になって、髪を剃ったんだ…俺だってショックだったんだぜ……
そしたら、脳腫瘍だったってんで、何事も無く済んだんだ…それがどうしたってんだよ?」
サツキ「坊主頭で出たら…愛想をつかされると思って…」
カズアキ「ん?」
サツキ「髪が伸びるまで待ってたの…」
作者退会会員
このお噺は落語の『三年目』というお噺を現代風にアレンジしたものです。気になった方は検索してみては?