一人暮らしを始めて二年。同じアパートに住む人達とも交流を持てるようになっていた。
春には井の頭公園でお花見。夏には河原でバーベキューをしたり新潟の海に行ったり。秋には紅葉を見に京都まで旅行したし、冬になればスキーやスノボーをしに長野まで出向いたり。
管理人さんを含んでの楽しい行事が目白押しだった。住人の人も皆いい人達ばかりで、内気で内向的な私でもすぐ打ち解けることが出来た。
……ただ一人を除いては。
このアパートに越してきてからというもの、隣の部屋の住人を見掛けたことがない。
引っ越ししてすぐ挨拶に伺ったのだが、留守なのか誰も出て来なかった。それ以来、いつ何時に訪ねてみても会えないのだ。
生活音は聞こえてくるので、誰かが住んでいることは明らかだ。だけど、まるっきり顔を合わせない。外出してるところを見掛けたことがなかった。
以前、管理人さんにそれとなく聞いてみたのだが……彼女は困ったように笑って言葉を濁すきりだった。
”少し変わってる人だけど、害があるわけじゃないから……”
そう言われた。確かにそうだ。生活音がやたらと煩いとか、嫌がらせをしてくるだとか、そういった迷惑行為は一切されたことがない。姿を見たことがないだけで、あとは特に気になることはなかった。
そんなある日のこと。朝、大学に行こうと部屋を出た時だ。ふと隣の部屋のドアに貼り紙がしてあることに気付く。
何だろう。そろりと視線を向けると、書き殴られたような歪んだ字でこう書かれていた。
『覗いて下さい↓』
↓の差し示すものーーーそれは郵便受けのようだった。
「悪戯のつもりかしら……。覗いてくれだなんて、気味悪い」
私は肩を竦め、足早にその場を立ち去った。
○○○
バイト先のスタバで仲間と話し込んでいたら、すっかり遅くなってしまった。アパートに帰る途中、コンビニに寄り、オニギリやペットボトルのお茶などを購入し、慌てて帰った。
カンカンと階段を駆け上がる。ポケットから鍵を取り出したところでーーーつい隣の部屋の扉を見てしまった。
『覗いて下さい↓』
あの貼り紙はまだしてある。
「………」
貼り紙なんて無視してさっさと部屋に入るべきだったのだ。誰に宛てたものかも分からない、つまらない悪戯に過ぎないのだから。
だが、どういうわけか私は引き寄せられるように隣の部屋に向かって歩き出していた。ちょっとした好奇心だった。誘いに乗ってやりたくなったのだ。
「……面白いものでも見えるのかしら」
高鳴る胸を押さえ、そろそろと腰を屈める。そっと郵便受けに手を伸ばし、中を覗いた。
血走った二つの眼と目が合う。
「ヤ ッ ト ア エ タ ネ」
作者まめのすけ。