創作です。
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ある夏の昼下がり、私は無線を受け、殺人事件現場に先輩刑事と向かった…
かつて『ニュータウン』と呼ばれた古い団地には事件を何処で聞きつけたのか、黒山の人だかりが出来ており、容易には現場に入る事が出来なかった。
「すいません…通ります…警察のものです、通ります…(ったく…野次馬どもが…)」
人垣をかき分け、ようやく現場であるB棟-203号室にたどり着いく…
部屋には鑑識がすでに来ており、あらゆる道具を使って証拠品などを集めている。
「ご苦労様です…うわぁ…」
部屋にはいるなり、血の匂いを感じる…と言うより精肉店にはいったときの匂いに糞尿の臭いを混ぜたような複雑な臭い…
部屋全体が血で真っ赤に染まっている…その真ん中辺りにシートを被せられた『ホトケ』があった…
先輩が手袋をはめながら先に来ていたベテラン刑事の坂下さんに険しい表情のまま聞いた…
「どんな感じです…?」
鑑識と会話をしていた坂下刑事は、ちらっとこちらに目を向け、
ニシャっと苦笑いを浮かべると東北訛りの言葉で現状を答えた…
「おぅ!ご苦労さん…あぁ…死亡推定時刻は昨夜の9時頃から11時のあいだだ…、
害者の身元は遺体の状態が、あんまり酷ぇから、はっきりすた事は分んねっけども、恐らく…この部屋に住む森○○子(24歳)のものでまつぃげぇねぇと思う…
それより、お前ぇ達、見ってみろよこの害者ぁ…長んげぇこと、この仕事についてるが、こんなホトケは、はんずめてだ…』」
東京に来てそれなりに長いというのに、東北弁が抜けない坂下刑事は酷く顔を歪めながら答えると、遺体に被せられたシートをめくり上げた。
およそ人間の形をとどめていない肉の塊が寝そべっている…
真っ赤な血に染まった顔と思しき部分は完全に潰れ、脳味噌がまるで粘土のようにはみ出している。
左腕は肘から先が無く、腹部も裂け、内臓がはみ出し、糞尿などの内容物が飛び出していた…
とても直視出来ないその遺体を前に私は冷静ではいられず…喉元辺りまで逆流した嘔吐物の波を手で抑え、思わず外へ駆け出していた。
テレビドラマでよく観る、新人刑事などが気分を悪くし、嘔吐する…といった、お決まりの出来事だ…
私はこれで二回目の現場、前回の首の無い遺体の時は、意外にも何とも無く、冷静でいられた…
しかし、流石に今回は朝、食べたトーストと牛乳の逆流を…我慢する事が出来なかった、
「大丈夫か?ははっ…ありぁ流石に俺も気分が悪ぃや…」
先輩がタバコをくわえ火を付けると、そばに来て私の背中を摩ってくれた…
ここ最近連続で凄惨な事件が起こっている。
殺人事件と言う事は誰が見ても明らかで、近隣住人への事情聴取でも争う声や悲鳴、物音を耳にしている人が何人かいたので、ほぼ間違いないだろう…
だが、不思議なのは、どの遺体も体の一部が必ず無くなっており、その切り口が司法解剖の結果でも、どんな刃物が使われているのかが判断できない事であった。
解剖医の話はこうだ…
「ノコギリやチェンソーなら切り口はこうも潰れた切れ方はしないだろうね…かといって包丁や日本刀などの刃物を使ったってこうはならない…鉈(なた)かなんかを想像したが…違うだろうね…骨の切り口が刃物って感じじゃないんだよ…ほら、砕けた感じになってるでしょ?…お手上げだなこりゃ…あはは…」
「センセぇがそれじゃ、困んまるでねか、な〜んが、考えられる事ぁ無ぇの?」
坂下刑事が腕組みをしながら、解剖医を睨みつけると、何とも奇妙な返答が返って来た。
「う…ん…そうですね…例えばですよ…例えば、虎やライオン、そういった肉食獣なんかの猛獣が噛み付いた時に出来る切り口ってのはこういったものになりますがね。あはは…」
この発言に一同で「はっ?」
となったが、更にわけのわからない事を解剖医は続けた…
「爪の後が彼方此方にありましてね…腹部を切り裂いた痕もどうやらナイフやなんかでは無いように思われる…こう…鋭い爪でズバッと切りつけたような…感じでね。
小さな爪のあともそこらじゅうにあります。ほら…ココと…あとコッチにも…
まあ…人間の爪痕では無いですなぁ。
あとね…頭を踏み潰した跡があるのですが…これは、かなり凄い力でない限りこうはいかない…人の力じゃまず、無理でしょうね…
そうですね…さっきも言ったように肉食獣などの動物だとは思うのですが…どんな猛獣かは…ちょっと…あはは…」
すると、入口の扉に腕組みをしたまま黙って話を聞いていた先輩が口を開いた…
「すると?先生はその虎だかライオンだかが害者の部屋に押し入って襲ったとでも言うんすか?」
「いや、そうは言っていないがね…だが、この遺体の損傷状態は君…何とも奇妙じゃないか…前回の公園で発見された首の無い遺体も同様だったし…あはは…」
確かに、前回見つかった害者の損傷状態は動物に襲われたかのような爪痕や噛み跡が見られた…
しかし、聴き込み調査を行ったが動物園などから逃げ出した猛獣などは確認できなかった。
「あの…先生。つまり、その…猛獣…?…何らか、動物の食事だったんすかね?」
私のこの発言に先輩と坂下さんが恐い顔で私を睨みつけた…
「馬鹿言うでねぇ!食事なんて…まっだく、最近の若ぇもんっつのは、なぁに考えてるか…ブツブツ…」
すると、解剖医は
「うん、確かに、前回の遺体の首と今回の遺体の腕には食いちぎられたような痕が残っている…未だ前回の遺体の頭部が見つかっていないところを見ても、食べられてしまったと考えるのは間違ってはいないでしょうな…あっ!それからね腹部に歯型っぽい痕が…これは猛獣の仕業で間違いないね…なんちゃって。あはは…」
「センセぇまんで…何を抜かすんだ!前回の遺体の頭は今も公園周辺を捜索中だぁ!!」
坂下さんが目をまん丸にして怒鳴った為、解剖医は「しかし…その……あは…は…」
と言葉を失ってしまっていた。
……………
第三の事件があったのは、その二日後…現場は閑静な住宅街の一戸建ての民家だった…
立ち入り禁止のテープをくぐり、現場に入ると、またあの嫌な臭いがしていた。
「あっ…坂下さん…早いですね。」
坂下刑事が何時ものように、先に現場に到着していた…
「ダんメだぁ…」
と首を降りながら、お手上げポーズをとりながら玄関から出て行ってしまった。。。
「どうかしたんですか?!」
と玄関に目を向けながら、遺体がある部屋に入ろうと足を踏み入れると「あっ!ダメです」と鑑識に止められた…
「は?」と部屋を見て愕然としたのは言うまでも無かった…
血の海が部屋全体に広がっている…ホトケは一つだけでは無く、一家全員…六つの遺体が横たわっていた…
「滑るので、気を付けて入って下さい…」
鑑識の言うとおり酷く滑る。
それに現場に入るときには必ず靴にビニールを履くのだが、そのせいで余計に滑る…
…………………
シートを剥がす…
「ぐわぁ…」
顔の半分上が無い…
ここでひるめば、どうなっているのかしっかり分からない…
意を決して傷口をマジマジと見てみた。
明らかに歯型のような痕が見られた…
「先輩?これ…歯型じゃないですか?」
「は?どれ…?う〜ん…違うだろ…だってお前…いくら虎だかライオンだかの猛獣でも大人の頭をイチゴみたいに一口で囓れる(かじれる)と思うか?さすがに無理だろ。」
確かにその通りだ…
それにその手の猛獣なら皮を剥ぎ肉だけを食べる…骨は残すはずだ。
しかし、遺体のどれを見ても骨までばっくりと無くなっているものばかりだ…
「化け物…UMAかもな」
怪しげな表情を浮かべ、先輩の口からおよそ彼らしくない言葉が飛び出した。
UMAとはご存知の通り、未確認生物の略でよくテレビなどで取り上げられたりする…そう、例えばツチノコとかビックフットなどのアレだ。
「は…ははは…マジで言ってます?」
「阿呆ぅ…んなわけ無ぇだろ…」
と冷静な顔に戻ると先輩は部屋から出て行ってしまった。
こんな場所に一人にされてはたまらないので、急いであとを追った…
『ズル!!』
「あたっ!!!」
急いだのが悪かった…
部屋の真ん中辺りに広がる血に足を滑らせ私はその場にすってんころりん…転倒してしまった。
………
「痛たた…。。。。。うぇあ!」
この家の主人だろうか…
目を見開き、絶命時には相当の恐怖だったと思われる表情をした遺体が目の前にあった…
「ひゃ!!!」
「ちょっ!気をつけてくださいって言ったじゃないですか!」
鑑識のおっしゃる通りである。
ドジった…
起き上がり遺体に目を向けた…
「なんだこれ…?ねえ…えっと…?鑑識の…」
「植原です。」
「あぁ…植原さん、この害者の頭に着いてる毛?これなに?」
その遺体の額辺りに毛状のものが付着している。。
「ああ…それ前の現場でも、かなり大量に現場にあったんで、検査にかけて調査中なんですけどね…何かの動物のものだとは思うんですけど…でも、この現場も前の現場でも犬や猫は飼われてなかったんですよ…まぁ、何の毛なのかはそのうち分かるはずですよ…」
取り敢えず、立ち上がり血で汚れてしまったスーツの上着を脱いで先輩の元へ行く…
「うわ…お前、どうしたのそれ…転けた?ははは…気をつけろって言われてただろ…馬鹿。
まぁ、着替え持って来てもらえよ…川島あたりに。」
川島というのは、同僚の女性署員だ…
「あ、そういや鑑識がな…前回の現場から採取した指紋の中に害者のものじゃない指紋があったって今連絡があってな…」
この連絡から事件は思いもよらない進展を見せ始めるのである。
続く…
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