俺には四つ年上の姉がいる。法律上も戸籍上も玖埜霧御影は玖埜霧欧介の姉ではあるが、実のところ俺達の間に血の繋がりはない。
こういう言い方をするべきではないかもしれないが……姉さんは「嘘」の生い立ちによって出来ている。血の繋がりがない両親、そして同じく血の繋がらない弟の俺。「嘘」の家族。
苗字も「嘘」だ。玖埜霧とは姉さんが引き取られた時に与えられた称号であり、本来は違う苗字を持っていたのだろう。続けて言えば御影という名前も本当の名前ではない。
御影というのは、姉さんを引き取った玖埜霧夫妻ーーーつまり俺達のパパとママだがーーー新しく名前を付け直したのだ。
御影ーーーこれを要約すると「神霊」という意味になる。どうして元の名前から御影に変更したのかは知らないけれど。元の名前が何だったのか、それすらも知らないけれど。
そもそも、どうして姉さんが養子に出され、玖埜霧家に引き取られることになったのかも分からない。まあ、そこら辺の事情については根掘り葉掘り聞くことではないから聞かない。
誰だって聞かれたくない過去の一つや二つ、あるだろう?
閑話休題。ところで姉さんといえば、俗に言う「見える側」の人間だ。
そりゃ一端の専門家ではないけれど。専門家並みの知識を持ち合わせているし、簡単な御祓いくらいなら出来るらしい。
姉さんと行動を共にしていると、色々と色んな目に遭う。未知なる恐怖に遭遇してしまう、と言えば分かりやすいかな。
姉さんが怪異を引き寄せているのか。それとも怪異に姉さんのほうから近付いていくのか。どちらにしろ、一カ月に一度のペースで事件が起きている。
ついこの間もおかしな出来事に遭遇し、結果として俺は右足首を負傷してしまった。まあ、この怪我に至っては姉さんのせいといえばそうなんだが……。
そういうわけで。聞き慣れた文句なので飽き飽きしてしまっているかもしれないがーーー玖埜霧欧介の体験談をどうか聞いてほしい。
それはある帰り道の出来事。部活動に所属していない俺は、掃除当番を済ませた後、定時刻に学校を出た。
つい半年前のことだが……いつも登下校に使っていたルートがわけあって使えなくなったので、わざわざ遠回りしている。使えなくなったというか通れないのだ。
だから今は全然違うルートを使って帰宅している。その途中に寂れた小さな公園があるんだけど。
小さな砂場と、ポツリポツリとある遊具。ジャングルジム、滑り台、ブランコ。そしてベンチ。たまに小学生くらいの子ども達が遊びに来ていたりする程度で、普段は人の出入りがそんなにない、物静かな公園だ。
公園の前を通り掛かると、子どもの声がした。チラッと横目で見やると、小学生くらいの子ども達が歓声を上げて走り回っている。
「……やれやれ。元気だねー、若いモンは」
頭の後ろで手を組むようにして、その光景を見つめる。男の子と女の子が合わせて十人ほどだろうか。あちらこちらを走り回っている。
一度立ち止まっては、しきりに後ろの様子を確かめている子もいた。かと思えば、また歓声を上げて走ってその場から離れていく。
「鬼ごっこ、かな」
鬼ごっこ。このポピュラーな遊びを知らない人はいないだろう。子どもの遊戯の一つであり、数人単位で行われる追いかけっこ。
ジャンケンなり何なりして「鬼」を決める。鬼になった者は他の者を追い掛け、捕まったら鬼を交代するという単純なゲームだ。
バリエーションも様々で、「色鬼」「手繋ぎ鬼」「隠れ鬼」「氷鬼」など。やり方は違えど、基本的にルールは同じだ。
鬼に捕まらないよう、逃げ回ること。それがこの遊びの趣旨である。
今まさに俺の目の前で行われているゲームは普通の鬼ごっこみたいだけど。それにしても楽しそうだなあ。俺も小学生の時はよく鬼ごっこしたよなあ。
懐かしい。今じゃすっかりやらなくなった。まあ、中学生くらいになると、やたらとカッコつけたくなるからな。子どもっぽいお遊びは卒業したんですよ、みたいな。
中学生なんてまだガキだと姉さんは言うんだけどな。
「……ん?」
童心に返ったつもりで眺めていたがーーーふと、違和感に気付く。最初はそれが何だかはっきりしなかったけど、今になって分かった。
逃げ回る子ども達を見て気が付いた。
「鬼は誰がやってるんだ……?」
砂場を走っている子か?いや……違う。じゃあ、ブランコの傍で立ち止まっている子?それも違う。必死な顔をしてジャングルジムに上っている子も、鬼ではなく逃げる側だ。
一人ずつ見て確かめたが、どの子も逃げ回っているだけだ。他の子を追い掛けるような素振りはしていない。
それにも関わらず、どの子も必死な表情をしていた。歓声に聞こえた声も、よくよく聞いてみれば悲鳴じみたもの。「助けて!」「捕まっちゃうよ!」と、泣きながら逃げている子もいる。
「な、何がどうなってんの?」
わけが分からない。鬼は一体誰なんだ?それにどうしてこの子達はこんなに必死になってるんだ?
たかがゲームだろ?捕まったところで、鬼役を交代するだけじゃないか。それくらいはゲームの醍醐味みたいなもので、泣くほどのこっちゃないだろうに。
呆然と立ち竦んでいると、ジャングルジムの天辺に上った男の子が「あっ…!」と叫んでこちらを見た。他の子も立ち止まり、つられるようにこちらを見る。
「………」
何、その「ヤバいもの」でもみるような目は。
俺も子ども達も、何秒かは何も言えずにお互いを見つめ合っていた。だが、先程の男の子がジャングルジムの天辺から叫んだ。
「お兄ちゃん、逃げて!」
「に、逃げてって……何で?」
そう口にした瞬間。ぶわあっと生温い風を顔に感じた。
「…ひっ、」
「お兄ちゃんの近くまで来てるよ!早く逃げて!」
ブランコの近くにいた女の子が金切り声を上げた。さそれを合図に、俺は弾かれたように走り出していた。
「……っ、来た!」
姿は見えない。誰も追ってきていない。でも、風を感じる。人が全速力で走った時に生じるような風を感じるのだ。
砂場を駆け抜け、右に折れる。そこには滑り台があり、数人の子どもが固まっていた。しかし、俺がスライディングしながら滑り台の近くまで来ると、蜘蛛の子を蹴散らすような勢いで子ども達は走り出した。
「わーっ!」
「莫迦、何でこっちに来るんだよ!」
「来ないでよー!」
子ども達の罵声を浴びつつ。滑り台をぐるりと一周し、一旦呼吸を整えるために立ち止まる。
ゼイゼと肩で荒い息を繰り返し、辺りに気を配る。
ぶわあっ。
またあの生温い風が吹いた。
おーにさん こーちら
てーのなる ほうへ……
あどけない子どもの歌が聞こえる。外部から聞こえてきたんじゃない。耳の中から直接聞こえてきたような感覚に怖気が走る。
「止めろよ!」
思わず叫ぶと、「キャハハハハッ」と楽しそうに笑う声に変わった。年端のいかない子ども特有の、甲高い声だ。
おーにさん こーちら
てーのなる ほうへ……
おーにさん こーちら
てーのなる ほうへ……
おーにさん こーちら
てーのなる ほうへ……
ぶわあっ。
「うわわわわっ!また来てる……のか!?」
俺はまた走り出した。がむしゃらに、何も考えずに突っ走る。
ベンチを飛び越え、一直線に左手側のジャングルジムがある方角へ走る。ジャングルジムの天辺や、その周辺にいた子ども達が悲鳴を上げて散っていく。
見えない相手に追い掛けられるというのは、こんなにも恐ろしいものなのか。これなら、どんな姿でもいいから見えているほうが多少なりともマシかもしれない。
「ええと……次はどっちに逃げたらいいんだ?」
姿が見えない分、相手との距離感が分からない。逃げた先で待ち構えられている可能性もあると思うと……嫌だ。そんなことは考えたくもない。
「おい!皆大丈夫か!?」
ベンチの周りに避難していた子ども達に聞く。女の子達は泣き出しており、男の子達は戦意を喪失したように立ち竦んでいた。
かなり長いこと逃げ回って疲れたんだろう。だったら公園から出ればいいんじゃないか?そしたらこの「鬼ごっこ」から解放されるんじゃないだろうか。
一人の男の子が口元に両手を翳して叫んだ。
「公園から出ちゃ駄目だって言われたんだ。鬼ごっこが終わるまで帰っちゃ駄目だって」
「誰がそんなこと言ったんだ!?」
「今、お兄ちゃんの後ろに来てるーーー」
「それを早く言えーっ!!」
おーにさん こーちら
てーのなる ほうへ……
「キャハハハハッ」と笑う声がして。
一歩出し掛けた足が、止まる。
つーかまえた
ぶわあっと生温い風が全身を包むーーー
と。
ガツン!
「いっ……てぇぇえ!」
右のこめかみに何かがぶつかり、俺はバランスを崩してその場に突っ伏した。その背中の上をぶわあっと生温い風が通り過ぎていく。
こめかみをさすりながら、ぶつかってきた何かを見る。それは高そうなバッシュだった。
……これ、当たりどころが悪けりゃ結構危険じゃないのか?
「欧介ー、大丈夫かー?」
「こめかみが痛い……」
「莫迦。そんくらい我慢しろ」
ニヤリと不敵な笑いを浮かべ、上下ともぴったり体にフィットするタイプのジャージに身を包んだ姉さんが俺を見下ろしていた。
姉さんのジャージ姿。これも滅多に見られるものじゃない。どうせなら写メに撮ってブログにアップさせたいものだ。
ブログなんてやってないんだけどね。
「姉さん、それよりも」
「分かってる。もう手は打ってある」
姉さんは腕時計を見ながら指折りでカウントダウンを始めた。
「伍、泗、参、弐、壱」
ーーー零。
すると。公園の入り口の辺りから懐かしい童謡が流れてきた。
とおりゃんせ とおりゃんせ
ここはどこのほそみちじゃ
てんじんさまのほそみちじゃ
ちーっととおしてくだしゃんせ
ごようのないものとおしゃせぬ
このこのななつのおいわいに
おふだをおさめにまいります
いきはよいよい かえりはこわい
こわいながらも
とおりゃんせ とおりゃんせ
ーーーキャハハハハッ。
またあどけない子どもの笑い声がして。ぶわあっとした生温い風が全身を駆け抜けていく。
ほんの一瞬のことだった。体を起こし、辺りを見回す。さっきまでベンチの周辺で固まっていた子ども達はどこにもいない。まるで今の風に攫われてしまったかのように。
「あれ……?さっきの子ども達は……?」
「帰ったんだろ」
バッシュを履きながら姉さんが呟く。
「あいつら、生きてるガキじゃねーもん。さっきの童謡が呼び水になって、この公園から出て行ったんだ」
「い、生きてるガキじゃないって……。じゃあまさか、あの子達はーーー」
「水子霊だ。この近くに水子供養をしてくれる社があったんだが、土地開拓なんかで社がブッ壊されちまってな。迷い出てきたんだろーよ」
「……うそぉ」
「さまよってるとこを”鬼の子”に見つかっちまったんだろうな。公園内に閉じ込められて、出るに出られなかったんだろうよ」
「”鬼の子”って……何?」
「聞かないほうがいいよ」
姉さんはニヤリと笑うと、スタスタと公園から出て行った。そして公園の入り口に置かれたスマホを拾い上げる。
さっき聞こえた「とおりゃんせ」の童謡は、このスマホから流れてきたのだろう。時間に合わせて流れるようにセットされていたに違いない。
どちらにせよ助かった……のか?
ほっと息を吐く。安堵した途端、右足首に激痛が走った。
「いってぇ!」
ズキンズキンとダイレクトに響く痛み。ズボンを捲って確かめると、足首が紫色になり腫れている。
間違いない。これは捻挫だ。転んだ時、変な風に捻ってしまったんだろう。
「欧介、いつまでしゃがみ込んでやがんだ。帰るぞ」
「立てない……。足捻った……。痛い……」
「はあ!?ったく、仕方ねー奴だなお前は」
姉さんは小さく舌打ちすると、俺の元に戻ってきた。そしてしゃがみ込むと「ほら、乗れ」と自分の右肩を叩く。
「おんぶだおんぶ。立てねーならおんぶして帰るしかねーだろ」
「おんぶ!?姉さんが!?俺を!?おんぶするの!?」
この年になっておんぶ!?それは結構キツイものがあるぞ……。恥ずかしいし、みっともないし。
だからといって、自力では歩けないし……。うーん、どうしたものか。
「おんぶが嫌なら肩車してやろうか。私は構わないけどな。むしろ肩車のほうがーーー」
「いや、おんぶでいいです……。お願いします……」
その日。俺は久し振りに姉におんぶされて帰宅したのだった……。
作者まめのすけ。
年の瀬も近付いて参りました。皆様、いかがお過ごしでしょうか。まめのすけ。です。
今年一年を振り返ってみると、やはりこのサイトに初めて登録した六月のことが思い出されます。
オカルトが好きで、ホラー映画が好きで。とにかく怖い話に目がなくて。何か形として残しておけないかと探していたところ、このサイトに出逢うことが出来ました。
九月にはアワード賞という素晴らしい賞を頂け、評論家の山口様より有り難いお言葉を頂きました。拙い作品ではありましたが、「キャラが活きている」という評価を頂きました。
その言葉が今でも忘れられません。本当に嬉しかったことをしみじみと思い出しました。
親鳥が日夜、お腹の下で大事に大事に温めている卵のように。作品一つ一つに確かな思い入れと愛着があります。
まだまだ若輩者で、寸足らずな未熟者ではありますが。こうして皆様に支えられ、同じくしてホラーを愛する皆様と活躍を共に出来たことを感謝致します。
今後とも宜しくお願い致します。