「ねえ、知ってる?この辺に最近、オバケ出るんだって。」
下校中らしい高校生ほどの少年が二人、肩を並べて歩いている。
「え、マジかよ!怖えー。どんなん?」
「それがさ。狐なんだってよ!」
言って、バカにしたように笑う少年。もう一人の少年も、
「なんだそれ!昔話じゃないんだから…。」
と笑う。
僕はそこに割って入り、
「君達。」
「あ?」
「何だよオッサン…?」
む…。オッサン…。…まあ気にしない。
「あんまり狐をバカにしちゃ駄目だよ。」
「は?何だよいきなり?」
少年達はこちらを嘲るような目で見て、
「おい、もしかしてここに出るのって狐じゃなくて変質者なんじゃね?」
「ハハハ、そうかもー。」
二人してへらへらと笑っている。
「ま、そうとも言えるかな…。」
僕は軽く笑って、怪訝そうな顔をする少年達の前に歩み出た。
「ちょっと見ててごらん…。」
そして、胸の前で印を結んだ。
変化が解けて、僕は本当の姿を現した。
「…!」
「ひいぃ…!」
少年達は後退り、何度も転びながら逃げていった。あー、いい気味だ。
僕はカーブミラーに映った真っ黒な毛並みの己の姿を見て、満足して笑った。
もうお察しの方もいらっしゃるだろう、僕は妖狐・黒狐。
「はは、もう狐をバカにするなよー。あと僕はオッサンじゃないぞー。人間で言うとまだ20代だぞー。」
もう一度人間の姿をとり、足元に落ちた財布を拾い上げる。落とすならもっといいもの落とせよな、油揚げとか。僕はそのまま財布を投げ捨てて、ある場所へ向かった。
*
向かった先にあったのは、一軒のバー。僕はその裏にまわり、隠すように存在している扉から中に入った。
「マスター、ただいま。」
声をかけると、すらりとした僕より少し年上の(人間年齢)男性が出てきた。
「お帰りなさい。今日は少し遅かったですね。」
「ん、ちょっと遊んできた。」
彼の名前は周防鷹志、この店のマスターだ。僕の正体を知っている数少ない人物でもあり、歳は28才。あまり表情を顔に出さない男で、狐の僕にも何を考えているかよく分からない人物だ。僕はこのバーに住み込みで働いて、人間社会で上手く暮らしていけるよう手伝ってもらっている。というのも、僕の社が開発で壊されてしまったからなのだ。
*
「あー、やっぱ油揚げはいいねえ~!」
その日も僕はいつものように、お供え物の油揚げを食べながら境内でくつろいでいた。
「生もいいけど、ちょっと炙るとまた美味しいんだな~、これが!」
そんな幸せがずっと続くと思っていたのだ。しかし。
「!?」
突然響き渡る謎の轟音。それと同時に大きな震動が。
「な、何事だ!?」
外に飛び出して見ると、社の周りに重機が沢集まっていたのである。
「こ、こらー、人ん家に何すんだー!」
急いで人間の姿になって叫ぶが、
「お兄さん、危ないからどいたどいた!」
の一言で片付けられ、現場から放り出されてしまった。
「かくなる上は、妖狐の力を使って…!」
僕は印を結び、
「…はっ!」
気合いを込めた。
たちまち僕の姿は漆黒の大狐と化し、重機の前に躍り出た。
「僕の家に手を出すなー!」
「うわあああっ、化け物だああー!」
人間達は重機を乗り捨てて逃げていった。
「よっしゃー、家守った!…ってああ~!!」
だが、時既に遅し。僕の社は殆ど壊れてしまっていた。
「ど、どうしよう…。」
僕は普通サイズの黒狐に戻り、途方に暮れていた。その時。
「どうされたのです?」
突然声をかけられた。見上げると、切れ長の目をしたポーカーフェイスの男性が、買い物袋片手に立っていた。まさか喋ってたの聞かれてたのか!?
「えっ、あっ……。」
何とか誤魔化さないと…。
「………こん。」
咄嗟に口から出た言葉は、それだった。
男性はポーカーフェイスを崩さない。気まずい…。
「こんこんっ♪」
今度は前足のフリ付きで。これでどうだ?
すると男性が口を開いた。
「どこの世界にそんな芸達者な狐がいますか。」
「へ?」
彼は続けた。
「お社がなくなって困っているんでしょう?家に来るといい、暫く匿ってあげましょう。」
「えっマジ!?…あっ」
つい喋ってしまった僕に、
「ふふ、大丈夫ですよ。さあ、ついてきなさい。狐の姿では目立つから、何かに化けて。」
微笑して、彼は言った。出会ってから初めての笑顔である。
「え…じゃあ、お言葉に甘えて…。」
僕は人の姿に化けて、彼についていった。
*
これが僕がこのバーで働く事になったいきさつである。
「お客様がお待ちです。支度をしてください。」
このバー、これで結構繁盛しているのだ。マスターのあの性格で繁盛するとは、世の中分からないものである。まあ、このバーのもう1つの顔のせいでもあるだろうが、その話はまた後程。
「分かった。」
僕は自室に入り、着替えを始めた。
白ワイシャツに黒ベスト、そして名札。
『湊 禄郎』
これが僕の偽名だ。
「湊君。着替えが終わったら私の部屋に来てください。」
「?…分かった。」
いつもはすぐ店に出ないといけないのに。何だろう?
「マスター、どうしたの?」
彼は、いつもと変わらずポーカーフェイスで僕を迎えた。
「君に話さなくてはならない事があります。」
え、何だろう…?深刻な事だったらやだな…。
「何?」
マスターはこちらへどうぞ、と部屋の奥から何かを招き寄せた。
「彼が湊君です。ご挨拶をどうぞ。」
周防の隣を見ると、髪の毛に白のメッシュを入れた僕より少し年下くらいの見た目をした青年がいた。
「…よろしくお願いします。」
彼は無愛想に言うと、ぺこりと頭を下げた。
「…何?この人。不良?」
「違います。」
マスターは即座に否定し、青年の背に手を置いた。
「彼は、今日からここで働く事になった五十嵐ましろ君です。」
マスターの紹介で、五十嵐なる人物はまた小さく頭を下げた。
「え、でもマスター、人間のバイトはいらないって…あ。」
そこまで言って気付いた。
「マスター、ましろ君って…。」
マスターは頷き、
「お察しの通り、彼は妖怪です。君と同じ、狐のね。」
微笑して、ましろに目配せをした。ましろはそれに応えるように頷いて、床を蹴って軽く宙返りをした。
「おおー…。」
先ほどまでましろが立っていた場所には、まぶしいほどに白い狐がちょこんと座っていた。その白さのせいか、大きさの割に神々しい。
「白狐です。湊君と同じ境遇だったので、連れて帰ってきました。仲良くしてください。」
そうか…。最近この辺開発進んでるからなー。壊される社多いんだ。
「さ、五十嵐君。準備をして、早速店に出て下さい。」
「はい。」
頷いて、ましろは再び人間の姿をとり、着替え初めた。
「えー、五十嵐ましろ君、だよね?」
「…偽名ですがね。」
「僕も偽名だけど…。湊禄郎っていうんだ。よろしく。」
「はい。こちらこそ。」
簡単な自己紹介を終え、僕は店に出た。カウンターには一人の女性の姿がある。
「マスター、彼女ですか?」
彼は頷いて、女性に声をかけた。
「若田さん、お待たせいたしました。どうぞごゆっくりお話しください。」
女性はマスターに軽く会釈して、僕の方に向き直った。
「本日はどのようなご用件で?」
僕が声をかけると、彼女は言った。
「本当に、どんな事件も引き受けていただけるんですか?」
僕は彼女に微笑みかけ、答えた。
「勿論でございます。この、「Bar・雪月花」ではね。」
さて。裏の仕事、初めようじゃないか。
作者狛狼
初投稿です。改善点、疑問点あれば教えていただけると嬉しいです。