私が小学生の時、流行った歌があった。
歌のタイトルは「おつきみの歌」
低学年の時に、そのタイトルを知り、内容を知ったのは六年生になった年の初夏の頃だ。
仲の良かった友人達と、小学生最後の夏休みをどう楽しもうかと計画を立てていた時だった。
お昼休み、教室にはそれぞれ仲の良いグループが固まって話していた。大体が女子で、男子はいつものように校庭に出て遊んでいたと思う。
私達のグループも例外では無く、A、B、C、D、私の五人のいつものメンバーで固まり、窓際の席で机を囲んで話していた。
細かい話は覚えていない。
多分、定番の海や山に行きたいだとか、東京の某遊園施設に行きたいなどと話していたんだと思う。
いくら仲が良くても、それぞれの夏の過ごし方がバラバラで、話はなかなか決まらなかったんじゃないだろうか。
家族と親戚の家に行くとか旅行に行くとかで
、みんなの唯一共通する日程は夏休みが終わる前の四日間のみだった。
私が頭を悩まして、遥か遠くの山間にかかる入道雲を見つめている時、Dが声をあげた。
「そうだ! ねえ、みんな『おつきみの歌』って知ってる?」
タイトルしか知らなかった私は、興味本位でDに聞いた。
「名前は聞いた事あるけれど、それって何なの?」
若干興奮気味のDに対し、他のみんなも私と同じような反応だった。ただ一人、Bを除いてー。
「私、お兄ちゃんに聞いたんだけど、この学校の七不思議の一つが、その歌なんだって!えーと、どういうものかと言うとー」
そう言って、何故か紙とペンを取り出して説明を始めようとしたDに、Bが紙をスルリと取り上げて聞いた事の無い低い声で話した。
「それは止めようよ。うん、止めた方が良い。止めよう」
一瞬、空気が重くなった気がした。
突然の事に、私とAとCは口を噤んで二人を見た。
Dは椅子に座りながら、隣で紙を高く持ち上げてヒラヒラさせているBの目をジッと見ていた。
Bもまた、Dの目を見ていた。ただ、今思い出すとその目は憎悪と嫌悪に満ちている様な、とても小学生には合わない眼つきだった。
その出来事が古い記憶であり、やり取りがあの事件の始まりだった。この時、Bの、彼女の静止の理由をハッキリと聞いておけば良かったのだ。
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結局、その後DはBから紙を取り返し、何事も無かったように説明を始めた。本当に何事も無かったように。時折、無邪気に笑いながら話していたことに、私は何故か子どもながら恐怖を感じたのを憶えている。
Bも、近くの椅子に座り説明を聞いていた。
説明の内容はざっくりとしか憶えていない。
私達の学校は、比較的新しかった。何故なら建て替えられたばっかりだったからだ。
旧校舎は写真でしか見た事無い。既に壊されていたのだ。
ただ、口の形の新校舎の真ん中。つまり中庭部分に、旧校舎の面影があった。
小さな池と、ベンチと長椅子がそなえられた小屋。小屋と呼ぶかは分からないが、当時私達はそう呼んでいた。
そして、小屋の屋根の上には月を模ったオブジェが取り付けられていた。
Dの説明によると、四人それぞれが中庭の四隅に配置し、一人が小屋から池に向って願い事をすると叶うというものだった。
Dは丁寧にも紙に中庭の絵を書いて説明をした。
それから、願いが叶う条件として、真夜中で月が出て明るい事。そして四隅の人間が歌を歌うといことと、これを三日続けるという事を付け加えた。
そう、その歌こそが「おつきみの歌」だった。
そして歌の歌詞を絵の下に書き始めた。
結論として、その歌はおつきみの歌なんかでは無く、童謡の「月」だった。
ただ、歌詞を小学生が悪ふざけで考えたようなくだらないものに書き換えられたものだ。
D曰く、要は定番の肝試しも兼ねた七不思議の研究をやろうというものだった。
正直、話を聞いて楽しそうとは思わなかった。
それに翌日から、Bの予定変更をお願いする話を聞いて気分は盛り下がったまま、夏休みに入った。
そんな話を忘れて、気がつけば夏休みも終わろうとしていたある日、自宅にDから電話がかかってきた。
要件は、もうすぐ夏休みも終わるけど、あの時の話の続きをするから来てというものだった。
私がDの家に着くと、既にA、B、Cがいた。
夏休みが終わる五日前だった。
クーラーの効いた涼しい部屋で、それぞれが談笑するなか、Dが飲み物をもって部屋に入ってきた。それから、みんなに飲み物を渡して、夏休み前のあの話の説明の続きをした。
歌詞の内容は書かない。書かない。
そして、私達は中庭にいた。
夏休みが終わる三日前だ。予め、校舎に侵入出来るように準備をしていた為、すんなりと入れた。
それぞれの親にはDの家に泊まると伝えており、夜中にみんなでDの家を抜け出したのだ。
夜の校舎は不思議と怖く無かった。条件の月明かりも出ていて、中庭は幻想的な雰囲気を醸し出していた。
これから行う儀式に何の疑問も持たずに、私はむしろコッソリ学校に侵入した事と、幻想的な雰囲気に胸をワクワクさせていたと思う。
小屋の中で願い事をするのはD。予め、みんなで決めていた願い事を願うのだ。内容は、中学校に上がってもみんな同じクラスで三年間過ごすというものだ。
Dの合図で、私を含めた四隅に配置されたA、B、Cで替え歌を歌った。
あんなに嫌そうだったBも、ただ中央に位置する小屋を見ながら歌っていた。
そうして歌が終わったが、特に何事も無くそれは終わった。
二日目も同様に。
そして、事件が起こった三日目。
前日、前々日同様に、Dのいる小屋を四隅のみんなが見つめながら歌い始めた。
しかし歌い始めた直後、私は違和感を感じた。
中庭には観葉植物が沢山あり、当然夏の虫達が集まり、それぞれが音色を発していた。
それなのに、歌い始めた直後に急に静かになったのだ。
風の音も、学校近くの道路を走る車の音も何もかもが静かになり、ただ私達の歌声だけが中庭に響いていた。
四辺にある校舎が、私達の歌を何倍にも膨らませていって、幻想的な雰囲気もあってか、別世界にいるような感覚になった。
そして歌の途中から沢山の視線を感じるようになり校舎を見上げると、中庭を見下ろせる窓という窓に、黒い人のようなものが見えた。
その時になって、ようやく私はこの行為に恐怖を感じ始めた。額や背中からは汗を感じ、頭がぐるぐる回り、吐き気も感じた。
そして、最大の恐怖が訪れた。
小さな池に、黒い月が生まれた。それは、月明かりで屋根の上の月のオブジェ映し出した影だった。
その影に、私達が歌い終えた直後、
「あああああああああっ」
という叫び声を上げなから、小屋の中からDが出て来て飛び込んだ。
一瞬の出来事だった。
Dが飛び込んでからもなお、私達はその場を動く事な出来なかった。
何十分、いやもしかしたらまだ数分しか経っていなかったのかもしれない。
私の耳に、いつもの夏の虫達の音が入ってきて、一歩前に踏み出した。
私は黒い月の浮かぶ水面に向って一言、「D?」と言った。
そして再び、二歩目を踏み出そうとした時、Aの叫び声が中庭に響いた。
気がつけば私達は、悲鳴をあげながら校舎から抜け出して走っていた。
無我夢中だった。Dを見捨てた罪悪感は、その時な無かった。ただひたすら、あの恐ろしい場所から少しでも離れたかった。
学校からそれほど離れていないCの家に着いても、私達の悲鳴は止まなかった。
そこからの、記憶は無い。
私達の内の誰かが、Cの親に説明したのだろう。いや、そんな事をしなくても町中やCの家で叫び声をあげている異常な光景があるのだ。
夜中だったか、早朝だったか憶えていないけど、警察とそれぞれの親がCの家に集まっていた。
私達はただ見た事を話すしか出来なかった。
当然、Dが池に飛び込んだという所を話した時に、それまで狼狽していたDの母親が私達に殴りかかってきた。
泣きながら、何か聞き取れない叫び声をあげて殴ってきたのだ。
直ぐに警官や、他の父親達に止められていたが、それでも暴れ回った。
そして、我に帰ったかと思うとC宅を飛び出していった。
警官は直ぐに応援を呼び、私達のそれぞれの父親達も家を出た。
向かった先は、勿論学校だ。
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だけど、明るくなって大人達で探し回っても、Dは見つからなかった。
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当然、始業式は延期。
私達は暫く母親達とC宅にいた。警官から質問されても、見た事しか話せなかった。
Dの母親は、それから五日目には行方不明になった。私は、私の家は、十月には他県に引っ越した。
それから暫くは引きこもりの生活と、病院と自宅の往復生活が続いたけど、更に時が過ぎて何とか高校に入学して卒業する事が出来た。
そして、社会人になって二年目。
私宛てに手紙が届いた。
何と送り主はBだった。あの事件以来、誰とも連絡を取らず、住所すら知られるはずも無いのに。しかし手紙は間違い無くBからだった。
手紙には一言、『御憑身』とあり、字の下には逆さの鳥居と黒い丸が描かれていた。
Bの住所が書かれていなかった為、返信して内容の確認が出来なかった。
作者朽屋’s