今回は高校講師2年目に僕の体験した話を紹介します。麦わら帽子の件があった学校を去り、僕は地元の高校で講師をすることになりました。今度の学校は進学校ではないものの、生徒達が非常に明るく、活気のある学校です。校舎は築10年と新しく、以前の学校とはやり方も雰囲気も全く違う環境に心機一転、また新しい教員生活がはじまりました。
今度の高校は僕と同年代の先生が10人近くいて教員的にも若く勢いのある学校です。僕は、30代前半のM先生と行動することが多く、可愛がられていました。仕事で分からないことがあったら教えてくれ、教員として道に迷った時には厳しく指導してくださいました。プライベート面でも趣味の合ったM先輩とは毎日のように遊び歩き、夜8時までは部活、次の日の授業準備を1時間、次の日の学級の準備を1時間そして、10時からは美味しい物を食べに行くといったような毎日でした。
そんな僕たちが一番羽を伸ばすことができるのが定期考査中です。高校では試験1週間前から部活動は中止になります。試験問題を作り上げていれば、生徒と同様いつもより早く(だいたい6時くらい)には帰れます。1学期の期末考査中のある日、M先輩が他の若手も誘って何人かで飲みに行こうと提案しました。参加したのは、僕と同じ年の寺の娘とこれまた同じ年のT君で、行きつけの餃子屋に飲みに行きました。
餃子屋は隣町にあるので車で向かいます。運転手は寺の娘で、ハンドルキーパーです。ひとしきり盛り上がり、「最後にデザートが食べたいね」とみんなで話していると、T君が「家にきませんか?」との提案。T君の家はその町にあり、餃子屋から車で5分ほどの距離です。「よし、31アイスを買ってT君ところに行くか!」M先輩の一言で僕たちの行動が決まりました。
さっそくアイスを買ってT君の家に到着。時間は10時過ぎだったと思います。場所は町中から少し離れた住宅地帯。川沿いに並ぶ数件の一軒家に紛れてT君のアパートはありました。2棟が並んで建っている古いアパート。その隣にある整備されていない広場が駐車場になっています。付近の住宅の通りには外灯があるのですが、そのアパートの一角だけは外灯がついてなく、その場所だけ昭和の時代がひっそりと残っている感じです。
玄関の前に立ち鍵を開けるT君。鈍い音を立てて開く古いドア。T君、M先生、僕の順番で彼の家に入りました。
玄関のドアが閉まりました。
寺の娘が入って来ません。ガチャガチャとノブを回す音が聞こえます。僕が鍵を開けてやると、「かず君、閉めたやろ!」身に覚えがありません。とりあえず、玄関からすぐ正面にある居間に進みました。
違和感
彼の家は1階に台所と風呂トイレ(セパレート)と居間。2階には6畳と8畳の部屋があります。「広いね、家賃はいくら?」と尋ねると、「1万9千円。」と答えるT君。
安すぎる、、、
違和感の正体。少し見えた気がしました。「とりあえず2階へどうぞ」と僕たちを促すT君。玄関の左側にある細い真っ暗な階段を上ります。「電気を付けてよ」と言うM先生に、
「すみません、上からしか電気がつけられないんですよ」
どんどん上って行くT君。上から電気をつけてくれました。木の階段はそれぞれの段が黒ずんで、ギシギシ音を立てます。電球は6段ほど上った所の折り返しの段の頭上にありました。
「ひっ」
家に入って以来、ずっと静かだった寺の娘が小さな悲鳴をあげました。「どうした?」と尋ねる僕に彼女は少し広い段を指さしています。
チョークで何かを書いた跡。 事故現場などで見るような書き方です。
頭で色々なイメージが浮かびます。とにかくチョークの跡を踏まないように2階に上がる僕たち。寺の娘は僕の真後ろについてきます。2階ではM先輩はさっそくT君の部屋で物色しています。僕たちは部屋を眺め、あることに気付きました。
生活空間が完全に2階であること。部屋の中心に置かれたちゃぶ台の上には胡椒や醤油などの調味料が並んでいます。洗濯物も2階の部屋に干しています。寝床も2階にあります。机、テレビ、本棚など冷蔵庫以外の必要な物は全部2階にあるんです。
「何で1階で生活しないの?」と尋ねる僕に、「なんか嫌なんで。」と答えるT君。寺の娘はずっと僕の後ろにいます。黒猫が彼の布団から出てきました。ヤマトという名前と聞いて少し場が和みました。しかしヤマトは階段にゆっくりと歩いて行き、1階に向かって「キーッ」と唸り始めました。
「いつもの事なんで気にしないでください。」
嫌な雰囲気は的中のようです。M先生に「帰りましょう」と提案し、急いでアイスを食べると僕たちは1階に降りました。まず、寺の娘が逃げるように玄関を出て、M先生、僕の順に出ました。
階段から玄関までの短い廊下にも消えかかったチョークの跡を発見しました。
「空気を見るような感じで見てごらん」R先輩の言葉が頭に浮かびます。
僕たちを送り出そうとするT君の右後ろに台所が見えたので、ちょっと意識してみました。
長い髪の女性が台所で何かを作っています。白い服を着ていました。
急いで寺の娘の車に戻ると、寺の娘はガクガク震えながら泣いていました。
「台所におったやろ、女の人だったよね。」と言う僕をキッと睨みつけ
「それだけしか見てないと!・・・最初からおったやん、
ずっとT君の後ろから私を睨み付けてたやん。」
僕たちが1階の居間にいたとき、台所にいた彼女は寺の娘を見ると、すーっとT君の後ろにまわり、彼の後ろから寺の娘を睨みつけたそうです。そのまま階段を上がり部屋までついてきた彼女はずっと寺の娘を睨んでいたそうです。しかし、猫が起きてくると、1階に移動し、その後は上がって来れなかったそうです。
「もう1回行ってみようか?」というM先生の意見を流し、僕たちは帰路につきました。
後日談。
3学期期末考査の前日、T君は結膜炎になり、学校に来れなくなりました。3学期の試験問題担当だった僕は試験の前日にすべての試験問題を金庫に入れてからでないと帰れません。仕方が無いので、彼の自宅に試験問題をもらいに行くことになりました。あれ以来僕らの中でT君の家は噂になっていたので、だれもついて来てくれません。僕はちょっと怖い気持ちと、ちょっとの好奇心で彼の家に向かいました。お見舞いに果物ゼリーを買って彼の家に向かう僕。駐車場に着いたときには薄暗くなっていました。
とりあえず、試験問題をもらう僕。台所に彼女の姿は見えません。トイレに行きたいのを我慢していた僕は、彼に申し出てトイレを借りました。隣は風呂場で入り口が開いていました
今までで一番の違和感
原因はお風呂の片隅に置いてある長い髪の毛の束。
T君はどちらかというと短髪であり、間違いなく彼の髪の毛ではありません。
「この髪の毛は何?」
と尋ねる僕に、彼は
「掃除をする度に出てくるんだよ、なんかもったいないから集めてるんだ。。。」
この部屋に越してきてからずっと彼女のいないT君。彼が長い髪の毛を集めて束にしている姿が目に浮かびました。尋常じゃありません。
意識していないのに、台所に人影が見えた気がしました。
ヤマトは最近、いなくなったそうです。
家を出た僕が駐車場から2階を見上げたとき、僕に手を振るT君の後ろに
彼に寄り添う嬉しそうな女性の姿が見えた気がしました。
作者kazuyoshi2006
学校講師シリーズ第3段です。
よろしくお願いします!