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中編4
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波間の人形

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これは数年前、

とある地方の、とある海辺の旅館に泊まったときのお話。

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当時の私は、学生時代から付き合っていた彼女を病気で亡くしたばかりで、生きる気力を失いかけていた。

ある友人の薦めで、彼女との想い出の地めぐりを兼ねた傷心旅行に出る事にした私が、最初の目的地として選んだのは、

彼女が亡くなる前の年に2人で訪れた、地元から程近い海辺の街だった。

その街にある唯一の旅館は、お世辞にも良い旅館とは言えないような、古い、小さな所だったが、

海さえ近ければどこでも良いと思っていた私は、特に気には止めなかった。

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当日。

小雨降るあいにくの天気の中、

夕方、旅館に到着して引き戸を開けた私を、

まず出迎えてくれたのが、艶やかな着物を召した「日本人形」たちだった。

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廊下の奥から小走りに現れた女将らしき年配の女性に、

「かわいい人形ですね」と声をかけると、

女将「え…?あ、はい。

主人が、趣味で作っていた物です…」

と答えてくれた。

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「ご主人がお作りに…?

へぇ…見事なものですね」

女将「ありがとうございます…。

さ、こちらへどうぞ」

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廊下を案内されながら、再び女将に尋ねた。

「ご主人は、どちらに?」

女将「……他界しました。一昨年の冬に」

「…そうでしたか。…失礼しました」

口では謝りながら、この時の私は不謹慎にも、漠然と、親近感を感じてしまっていた。

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部屋に通され、再び目に入ったのが、

日本人形だった。

「…ここにも」

女将「…ええ。

お気に召して頂けたようなので、人形のある部屋にさせていただきました」

「あ…わざわざ、どうも」

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…亡くなった人の形見となると、

一気に印象が変わるから、人間とは不思議なものだ。

なぜか不気味に見えてしまう…

雨の音が、強くなったような気がした。

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大浴場とは名ばかりの、

せまい湯船に浸かりながら、

私は彼女の事を思い出していた。

以前2人でここの海を訪れたとき、

子供が溺れてる!

と言い、服を着たまま海に向かって駆け出した彼女を、慌てて引き止めた事があった。

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私には何も見えなかったのだが、

彼女を落ち着かせるのには随分時間がかかった…

…そのすぐ後だった。

彼女の病気が発覚したのは。

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自然と、涙がほほを伝う。

だが、私も人間。

心とは裏腹に、お腹がすいたと思った私は、大浴場を後にした。

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部屋で食事を済ませ、テレビを見ながら休んでいると、

明らかに強まっている雨音に混じって、雷鳴が聞こえ始めた。

「……ひどい天気だな」

私は呟いた。

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shake

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次の瞬間、轟音と共に、

部屋の明かりが消えた。

「…!

……停電か」

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女将を呼ぼうかとも考えたが、

どうせそろそろ寝ようと思っていた所だったので、

そのまま布団に入る事にした。

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真っ暗だったので、

少しでも外の明かりを入れるため、

閉めていたカーテンを開けると、

ひどく荒れる海原が目に入った。

「……ん?」

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波間に、何かが見えた気がした。

気になって、どしゃ降りの雨の中、

私は窓を開けた。

「……あ」

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数体の日本人形たちが、

波にもまれ、見え隠れしていた。

「あんなところに…」

旅館にあったものだろうか。

海は近いが、高波にさらわれたのか…?

再び、雷鳴が聞こえ、

私は窓を閉めた。

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すると背後で、喋り声が聞こえた。

テレビだった。

どうやら停電が復旧したみたいだ。

心配して部屋にやって来た女将と軽く言葉を交わし、私は布団に入った。

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…布団に入って数分後、

私はふと、気が付いた。

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さっき波間で揺れていた人形たち。

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その顔が全て、あれほどの荒波の中、

皆こっちを向いていた事に。

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気のせいだとは思いつつも、妙におそろしくなってしまった私は、確認したい気持ちを抑え、そのまま布団に潜った。

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翌朝、帰り際の玄関先で、

私は昨晩のことを女将に尋ねた。

すると女将は、こんな話を教えてくれた。

女将「…昔、この近くの海で子供たちが波にさらわれる事故がありまして、その時見つからなかった子供たちのために主人が、供養のためだと言いながら、作った日本人形を海に流した事がありました…」

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「…なるほど」

女将「でももう十年以上前の事ですので…

…気のせいだと、思いますよ」

「……」

聞いた私が悪いのだが、妙に気まずくなってしまったので、

軽く会釈をし、私は旅館を後にした。

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あの傷心旅行から数年…

彼女の死からはどうにか立ち直りつつあるが、

あの日の晩のことは、今でも記憶に残っている。

そんな私の、怖話。

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