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これは数年前、
とある地方の、とある海辺の旅館に泊まったときのお話。
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当時の私は、学生時代から付き合っていた彼女を病気で亡くしたばかりで、生きる気力を失いかけていた。
ある友人の薦めで、彼女との想い出の地めぐりを兼ねた傷心旅行に出る事にした私が、最初の目的地として選んだのは、
彼女が亡くなる前の年に2人で訪れた、地元から程近い海辺の街だった。
その街にある唯一の旅館は、お世辞にも良い旅館とは言えないような、古い、小さな所だったが、
海さえ近ければどこでも良いと思っていた私は、特に気には止めなかった。
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当日。
小雨降るあいにくの天気の中、
夕方、旅館に到着して引き戸を開けた私を、
まず出迎えてくれたのが、艶やかな着物を召した「日本人形」たちだった。
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廊下の奥から小走りに現れた女将らしき年配の女性に、
「かわいい人形ですね」と声をかけると、
女将「え…?あ、はい。
主人が、趣味で作っていた物です…」
と答えてくれた。
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「ご主人がお作りに…?
へぇ…見事なものですね」
女将「ありがとうございます…。
さ、こちらへどうぞ」
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廊下を案内されながら、再び女将に尋ねた。
「ご主人は、どちらに?」
女将「……他界しました。一昨年の冬に」
「…そうでしたか。…失礼しました」
口では謝りながら、この時の私は不謹慎にも、漠然と、親近感を感じてしまっていた。
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部屋に通され、再び目に入ったのが、
日本人形だった。
「…ここにも」
女将「…ええ。
お気に召して頂けたようなので、人形のある部屋にさせていただきました」
「あ…わざわざ、どうも」
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…亡くなった人の形見となると、
一気に印象が変わるから、人間とは不思議なものだ。
なぜか不気味に見えてしまう…
雨の音が、強くなったような気がした。
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大浴場とは名ばかりの、
せまい湯船に浸かりながら、
私は彼女の事を思い出していた。
以前2人でここの海を訪れたとき、
子供が溺れてる!
と言い、服を着たまま海に向かって駆け出した彼女を、慌てて引き止めた事があった。
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私には何も見えなかったのだが、
彼女を落ち着かせるのには随分時間がかかった…
…そのすぐ後だった。
彼女の病気が発覚したのは。
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自然と、涙がほほを伝う。
だが、私も人間。
心とは裏腹に、お腹がすいたと思った私は、大浴場を後にした。
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部屋で食事を済ませ、テレビを見ながら休んでいると、
明らかに強まっている雨音に混じって、雷鳴が聞こえ始めた。
「……ひどい天気だな」
私は呟いた。
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次の瞬間、轟音と共に、
部屋の明かりが消えた。
「…!
……停電か」
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女将を呼ぼうかとも考えたが、
どうせそろそろ寝ようと思っていた所だったので、
そのまま布団に入る事にした。
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真っ暗だったので、
少しでも外の明かりを入れるため、
閉めていたカーテンを開けると、
ひどく荒れる海原が目に入った。
「……ん?」
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波間に、何かが見えた気がした。
気になって、どしゃ降りの雨の中、
私は窓を開けた。
「……あ」
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数体の日本人形たちが、
波にもまれ、見え隠れしていた。
「あんなところに…」
旅館にあったものだろうか。
海は近いが、高波にさらわれたのか…?
再び、雷鳴が聞こえ、
私は窓を閉めた。
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すると背後で、喋り声が聞こえた。
テレビだった。
どうやら停電が復旧したみたいだ。
心配して部屋にやって来た女将と軽く言葉を交わし、私は布団に入った。
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…布団に入って数分後、
私はふと、気が付いた。
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さっき波間で揺れていた人形たち。
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その顔が全て、あれほどの荒波の中、
皆こっちを向いていた事に。
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気のせいだとは思いつつも、妙におそろしくなってしまった私は、確認したい気持ちを抑え、そのまま布団に潜った。
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翌朝、帰り際の玄関先で、
私は昨晩のことを女将に尋ねた。
すると女将は、こんな話を教えてくれた。
女将「…昔、この近くの海で子供たちが波にさらわれる事故がありまして、その時見つからなかった子供たちのために主人が、供養のためだと言いながら、作った日本人形を海に流した事がありました…」
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「…なるほど」
女将「でももう十年以上前の事ですので…
…気のせいだと、思いますよ」
「……」
聞いた私が悪いのだが、妙に気まずくなってしまったので、
軽く会釈をし、私は旅館を後にした。
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あの傷心旅行から数年…
彼女の死からはどうにか立ち直りつつあるが、
あの日の晩のことは、今でも記憶に残っている。
そんな私の、怖話。
作者黒
こんにちは。
3話目の投稿です。
昔どこかで見た、妙に記憶に残っているお話。
今回も、大部分に筆者の脚色が入っております。
誤字脱字には細心の注意を払っていますが、
もし見つけた場合、また、読みにくい部分等ありましたら、厳しく注意して頂けると、
今後に生かせます。
それでは、コメント欄にて。