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長編11
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カルテ

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数年前の夏。

大学の長期休暇を利用して、友人のTとYと3人で旅行したときの出来事。

   

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T「あ"ぁぁ~…ちくしょぉぉ…」

Y「これはダメだよK~」 

(以下 K=俺)

俺「…っるせ~なぁ……」

   

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"旅館"とは名ばかりの、

もはや下宿に近い、古く小さな宿での夜。

あまりの暑さに3人ともパンツ一枚で、8畳ほどの部屋に布団だけ敷き、真夏の熱帯夜に苦しんでいた。

恐らくこの時全員が来たことを後悔していただろう。

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TもYも大学で知り合ったのだが、当時バイトをしていたのが俺だけだったため、残りの2人が生活費を削った上で出せるギリギリの額でとにかく安い宿を探しだした結果…

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Y「まさかクーラーがないとはね~(笑)」

…少し妥協し過ぎたようだ。

T「冗談じゃねぇ…」 

俺「チッ…文句あんなら働けアホ共」

   

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さっきからずっとこの調子だ。

横になり始めてからかれこれ1時間。

5分愚痴を言い合っては5分黙りこむ。

その繰り返し。

   

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…しかし暑いのは事実。

いくら安いからとはいえ、夏のこの時期に"宿"として貸し出すなら、もう少し冷房設備をしっかりしてもらわないと、お年寄りなら命に関わりそうな、まさに蒸し風呂状態だった。

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Y「…いま何時?」 

俺「…23時ちょい前」

T「…もうダメだ、一回起きようぜ」 

   

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這うように移動し、そのまま座椅子に腰かける。しかし起きたからといって特にすることはない。

お酒を飲んで酔いつぶれようにも、全員がお酒に弱く習慣がないため、買い置きがない。

   

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T「ちょっとその辺、走ろうぜ」

俺「…はぁ?」

突然、何か言い出したTに俺たちは驚き、呆れ返る。

T「いや高校の頃な、めっちゃ運動した日の夜はすぐ眠れた記憶があんだよ…」 

おそらくは冗談だったのだろうが、この時は本当に暑さで頭をやられているのかと心配し、Yと顔を見合わせた。

    

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このままではまずいと思った俺たちは、取りあえず受付横の自販機に行くことにした。

   

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T「…酒もねぇのかよ」 

と、酒の弱い奴が言っても滑稽でしかないセリフを吐くT。

Y「ほんとひどいねこの旅館…」

俺「あの値段じゃ仕方ねぇだろ。おれポカリ」

   

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ここで、この旅館を見つけた経緯を話しておこう。

見つけたのはネットだったのだが、この旅館のウェブサイト等があった訳ではなく、とあるクチコミサイトでたまたまこの旅館に宿泊したことがある人のコメントを見かけたからだった。

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コメントにはこうあった。

「値段がとにかく安い!建物は古く、部屋も広いとは言えないが、下宿っぽい雰囲気が楽しめて何だか懐かしい気持ちになる!玄関先に飾られた日本人形たちも、味があっていい!」

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一緒に添えられた地図の示した旅館の場所は、ほぼ合っていた。

書いてある事もほとんどその通り。

俺たちが着いた時には日本人形は見当たらなかったが、それはまあ良しとしよう。

唯一の失敗は、このコメントを書き込んだ人は夏から秋にかけての比較的過ごしやすい時期に泊まったらしく、空調設備に関する情報が一切ないのを見逃していたことだ。

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T「ちゃんと下調べしねぇからこんな事になるだよなぁ…」

先程から文句ばかりのT。この暑さでイライラしているのは分かるが、それは俺も同じ。

俺「悪かったな!お前らがバイトしてればもっといいとこ泊まれたのによ!!」 

T「あぁ!?俺のせいかよ!」

俺「さっきから全部俺のせいみたいな言い方してんのはてめーだろ!!」

夜中にも関わらず怒鳴りあう俺とT。見かねたYが静かに口をひらいた。

Y「このままじゃ埒があかないね。少し、涼みに行こっか」

一瞬の静寂。

二人でYの方を振り返ると、再びYが口をひらく。

Y「Kがここを見つけた時さ、あんまり安いもんだから"曰く付き"かも、なんて話が出たでしょ?」

俺「…あぁ」

思い返せばそんな話もした。私としては軽い冗談のつもりだったのだが…。

Y「ちょっと気になってあのあと調べてみたんだよね」

T「…?」

Y「例のクチコミサイトに、ここの場所を示した地図が載ってたでしょ?その地図の中に、宿とは別にひとつ気になる場所を見つけたんだ」

そう言いながら、部屋に向かって歩き出すY。

T「何だよ。どこだよ?」

慌ててそのあとを追う俺とT。

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それからしばらくYは何も言わず、部屋に戻って座椅子に腰かけ、買った飲み物を一口飲んで、ようやく口を開いた。

Y「たぶん地図記号からすると…"病院"」

   

低く囁くような言い方をされたせいか、聞いた瞬間、心臓がキュッとなった。

俺「…あったか?近くに病院なんて」

言い忘れていたが、クチコミサイトに載っていた地図は"手書き"で、最寄り駅からだいたいの道筋しか書かれていなかった。

そのため改めて携帯のマップで同じ地域を詳しく調べたのだが、その時近くに病院があった記憶がない。

Y「最新の地図には載ってなかったよ。だから気になったの。あの地図がいつ書かれた物なのか知らないけど、結構前の地図だったんだろうね」

ここで、Yの隣に腰かけながらTが呟く。

T「…で、その有るか無いか分かんねぇ病院がどうしたんだよ」

   

Y「さっきも言ったでしょ?…涼みに行こうって」

   

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着替えを済ませ、部屋を出たのは深夜12時をまわった頃だったろうか。

旅館の受付脇に大きめの地図はあったのだが、やはりと言うか、病院のマークはなかった。

俺「…やっぱり無いよ」

Y「だから、最近のには載ってないって」

T「……ハァ」

あまりの信憑性の無さからか、Tがため息をつく。

ここまでの話の中で近くに病院がある可能性を示したものは、私が最初に調べた手書きの地図の中でYが見たと言う病院の地図記号だけだったが、

部屋を出る前に再びあのクチコミサイトにアクセスしても、同じコメントを見つけることが出来ず、地図を確認出来なかった。

なんの確証もないまま、俺たちは外に出た。

   

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~~~~~

T「なぁ…ホントにこっちで合ってんのか?」

15分ほど歩いた所で、Tが呟いた。

Y「たぶんね~」

現状、目的地を示した地図も何もないため、Yの記憶だけを頼りに進んでいる訳だが…。

俺「ま、俺らの中で一番記憶力が良いのはYだしな」

T「…ったくよぉ」

街灯も少なく、辺りは真っ暗。

正直、かなり不安だった。

   

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~~~~

旅館を出てから20分。

まだ病院は見えないが、ここでTが声を上げた。

T「おっ…」

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暗闇に目を凝らすと、古い踏切が見えた。

俺「へぇ、電車なんて通ってんのか」

少し間をあけて、Yが呟いた。

Y「…いや、廃線だよコレ」

   

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何で分かるんだよ、と言いかけた所で、異変に気が付いた。 

踏切のバーが、閉まりっぱなしだった。

俺「……」

警告音は鳴っていない。

聞こえるのは、虫の声だけ。

   

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Y「たぶん、こっちで合ってる」 

踏切の奥の暗闇を見つめながら、Yが言った。

T「…何でだよ」

俺「おれも…そんな気がする」

T「あ?だから何で。

これじゃ車通れねぇし、実質行き止まりだろ?」

Tの言うことはもっともだったのだが…

Y「だからこそだよ。"こっちに来るな"って、言われてる気がしない?」

   

…そう。それが、逆にこの先に何かがあるという意味に思えてならなかった。

   

心臓の鼓動が大きくなり始める。

   

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~~~~

線路をまたいで再び歩き始めてからさらに20分。

…ついに、見えた。

Y「…やっぱり」

T「……」

俺「……」

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闇夜に突如として現れたのは、間違いなくかつて病院だったであろう、古い大きな建物。

敷地内には草木が生い茂り、いたるところで窓ガラスが割れている様子から、廃墟であることは明らかだった。

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T「へぇ…!雰囲気あるじゃねぇか」

Y「涼めそうでしょ?」

涼めそう、と言うことは、やはりYは中に入るつもりのようだ。

正直俺は、不気味な外観を眺めてるだけで充分だったのだが…

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俺「…入るのか?」

一応、聞いてみた。

Y「えっ?じゃあ何しに来たの?」

…やっぱりな。

そりゃ、そうか。

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俺「いや…ほら、Tにも聞いてみないと」

ここに来るまで結構めんどくさそうにしていたTなら、あるいは…

Y「Tなら、入れそうなとこ探しに行くって、走ってったよ」

俺「……おう」

   

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俺って結構ビビりだったんだな、と気付かされた瞬間だった。

   

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~~~

Tの見つけた、草丈の低い場所から敷地内に侵入し、途中クモの巣を顔面に食らってパニックになりながらも、何とか建物の下までたどり着いたのが、午前1時を少しまわった頃だったと思う。

正面入り口にはやはり鍵が掛かっていた。

俺たちが入った裏口も、おそらく掛かっていたのだろうが、ドアその物が外れていたため関係なかった。

   

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Y「暗いな…さすがに」

携帯のライトを頼りに薄暗い廊下を進んでいく。

途中、"手術室"や"霊安室"の横も通ったが、さすがの2人も、

「ここが霊安室か…」

などと呟くだけで、部屋の中まで入ろうとはしなかった。

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階段を上がって2階にさしかかった時、先頭を歩いていたYの足が止まった。

俺「…どうした?」

T「"でた"か(笑)」 

ホントに"でた"のなら笑い事ではない。

Y「いや、お化けじゃないけど…

何か落ちてる」

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Yの指差す先を見ると、月明かりに照された廊下の真ん中に、紙のようなものが落ちている。

T「あんだ?ありゃ」

俺「紙…かな」

Yがゆっくりと近づき、拾い上げた。

Y「…これって…」

と一言呟き、立ち尽くすY。

Tと近づいて覗き込むと、なにやら文字がたくさん書かれている。

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T「これ…"カルテ"ってやつか?」

Y「…だね」

   

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…カルテ。

言葉は聞いたことがあったが、ここまでまじまじと見たのは初めてかもしれない。

患者と思われる人の名前、性別、年齢。

そして、病気の症状と、その進行過程。

当たり前だが、見ていてあまり気持ちのいい物ではなかった。

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俺「こういうのって、落ちてるもんなのか?」

読みながら疑問に思ったのはそれだ。

T「超個人情報だし、普通はありえねぇだろ」

…じゃあなぜ。

しかも、何年も前に閉鎖されてる病院の廊下に。

Y「ほら、ここ。見てみなよ」

そう言われ、再び目をおとす。

俺「……」

T「……」

Y「この患者、死んでるよ」

   

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背筋を、嫌な汗が伝う。

Y「死亡カルテって、確か5年とかで処分されるはずだけど…」

T「詳しいじゃねぇか」

Y「俺の親戚、お医者さん。言ってなかった?」

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…2人が普通に会話してる最中、俺はどんどん気分が悪くなってきていた。

俺「なあ…そろそろ戻らないか」

あれほど暑かったのが嘘のように、恐怖からなのか、震えていた。

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T「あ?まだ半分も来てないぞ」

…来る途中の閉まりっぱなしの踏切も、落ちていたカルテも、俺たちを足止めして追い返そうとしているような気がしてならなかった。

どうしても、この先には進みたくなかった。

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Y「ん~?…ちょっと具合悪そうだね。

無理しないで、先に帰ってなよ」

T「…俺たちが戻らなかったら、頼むな(笑)」

   

…だから笑い事じゃ……。

   

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2人には申し訳なかったが、お言葉に甘えさせてもらい、1人帰路へとつく俺。

本当は皆で帰ってきたかったのだが、その時は2人を引っ張ってくるだけの元気も無かったので、ただただ無事を祈るばかりだった。

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1人で旅館に戻って来たのは午前2時過ぎ。

何かと不安だったので、自販機で缶コーヒーを買い、そのままロビーで2人を待つことにした。

   

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~~~

30分ほどたった頃か。

shake

気づかぬ間にウトウトしてしまっていた私はふと、電話の音に目を覚ました。

音がする方を見ると、フロントの電話が鳴っているようだった。受付に人はいない。

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そのうちやって来るだろうと思い、放っておいたのだが……どうにもうるさい。

当時、俺は複数のバイトを掛け持ちしており、その一つがホテルのフロントマンだったせいか、いっそ出てしまった方が良いんじゃないか、と訳のわからない解釈に至った。

   

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夜中にかけてくる方が悪い!と勝手に自分を正当化し、電話に出た。

俺「もしもし。○○旅館です」

*「………」

俺「…もしもし?」

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何だ…?いたずらか?

   

もしかしてあいつらか…?

   

*「…し……もし…」

俺「…おい。Yか、Tか?」

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*「…もしもし」

俺「……?」

…違う。もっと年上の、男の声だ。

*「もしもし。夜分遅くに申し訳ありません」

俺「あ…いえ、はい」

*「わたくし、○○病院の者ですが」

俺「……」

*「カルテの返却をお願いしたく、お電話させて頂きました」

   

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…額から、滝のように汗が滴り落ちる。

*「もしもし?聞こえていらっしゃいますでしょうか」

俺「……」

待て…落ち着け。

一体、どうすれば…

*「もしご都合が悪いようでしたら、こちらからお伺いさせて頂きますが?」

俺「…!?」

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その瞬間、俺はとっさに電話を切っていた。

静寂の中、自分の荒い息遣いだけが聞こえる。

   

……カラカラカラ…

   

背後で、扉の開く音。

   

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俺「…クソッ!」

と小声で叫び、そのまま一気に振り返る。

しかし、恐怖で目が開けられない。

   

声が、聞こえてきた。

          

Y「あれ、待っててくれたんだ」

T「…あ?何してんだ?」

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パッと目を開けると、あくびをしながら近付いてくるTと…

…あのカルテを持った、Y。

俺「Yッ!!」

俺は叫んだ。

T「!?」

Y「…びっくりしたぁ、なに?」

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俺「なんだよそれ!?」

Yの右手に握られた物を指差す。

Y「あぁコレ?調べたらあの病院の事について何か分かるかなーと思って」

   

……こいつっ…!

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俺「今すぐ返しに行こう。今すぐ」

T「まてまて。どうしたんだお前?」

Y「…K?」

…とにかく、急がないと。

俺「急がないと…来ちまう」

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T「…来ちまうって、誰が」

Y「どうしたのK?

何か"でた"みたいな顔(笑)」

……このやろう!!

ヘラヘラしやがって…!!

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恐怖と怒りでおかしくなりそうになっていたその時。

…救急車のサイレンが、聞こえた気がした。

そこでおそらく、俺は気を失った。

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~~~~~

翌朝目を覚ますと、俺は部屋で横になっていた。

横を見ると、TとYが座椅子に腰かけウトウトしていた。

俺「…なあ」

と小さく呼びかけると、Yが気づき、

Y「K…大丈夫~?(笑)」

と寝ぼけ顔で笑いかけてきた。

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T「…んおぉ、煮てた」

Tも起きたようだ。

俺「"煮てた"って何だよ(笑)

"寝てた"だろ?」

上体を起こした所で、ふと気がついた。

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俺「…!!病院は!?」

突然の大声に、2人とも目を見開いた。

T「…あぁ?」

Y「……あれ?

そういえば、アレどこ行った?」

T「何だアレって」

Y「…カルテ」

   

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それから部屋中探したが、あのカルテは見つからなかった。

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~~~~~

いまだにあの2人とは仲良くしているが、

あれ以来、3人で旅行には行っていない。

   

俺の怖話は、これでおしまい。

   

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楽しめて頂けてなによりです。

他の作品も是非ご覧ください(^^)

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ほんのり怖い…。本当にほんのり怖かったです(笑)
びっくり系じゃなくて、じわじわくる怖さがとても面白かったです。

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すべての怖い話は共通して、感情移入する事でより楽しめる。

どうやら楽しめて頂けたようで…。
書き手として嬉しく思います。

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暑い日こそ怖い話。
全くその通りですね。

読んで頂き感謝します。
他の作品もご覧ください(^^)

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