人間には二種類の人間がいる。
男と女。
そんな当たり前のものではなく、もっと深い意味での話をしよう。
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……………………………
『千石 卓也』は頭にきていた。
何が?
それを語るには彼の人生の話を語らなければならない。
生まれてすぐに親戚のうちに預けられた卓也は、その親戚の叔母に酷い虐待を受け育てられた。
小学生の頃にはすっかり無口で誰とも仲良く話す様な明るい子ではなく…いわゆる大人しい子に成長していた。
叔父は殆どうちをあけており、何時も暴力で支配する恐ろしい叔母と二人きりの生活であった。
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「卓也!お前のおかげでまた、近所から、嫌な事を言われたじゃないか!虐待をしているんじゃないか…なんて…お前…まさか外で誰かに話しているんじゃないだろうね?」
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「ぼ…僕は…」
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叔母は卓也の話しなど最初から聞くことなどなく、手を上げた。
それが恐ろしくて、言葉を出す前に頭を下げながら、泣くことしか彼には出来なかった。
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「ごめんなさい!ごめんなさい!」
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小さい頃は平手だった暴力はその頃には布団叩きへと姿を変えていた。
痛みは叩かれている場所よりも、もっと深い場所まで到達して、次第に彼の脳裏に殺意に似たモノが生まれ始めていた。
中学生になってもなお、その虐待は収まることはなかった。
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「なんで、私の言うことが聞けないんだ!お前なんか死んでしまえばいいのに!」
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どこで購入してきたものなのか「木刀』で背中を力一杯殴る叔母。
痛みに耐えかね避ければ更に酷い仕打ちにあうことを知っていた卓也は、それを無言のまま耐えた…
夜…
洗面所の鏡の前でからだにできた痣を眺め…涙する。
お父さん、お母さんは今どこで何をしているはのだろう?
幼少期からずっと想い続けてきた事を今更ながら考える…
学校に行けば、大人しい彼は、格好のイジメのターゲットになり…
家に帰れば叔母のストレス解消の餌食となる。
死のう…
何度も頭にかすめた事だった。
しかし、それが出来ない理由が彼には存在した。
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「あなたがいい子にしていれば必ず迎えに来ますから、辛抱してね…」
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母の言葉は、その頃まだ3歳に満たない頃だったというのに、今だに頭をかすめ続けた…
ある日、その言葉が全てどうでも良く思える時が来る。
母の死だった。
ヨーロッパのある病院から彼の母の死が知らされたのだ。
父親とは既に別れており、父の消息は不明だった。
今すぐにでも母のいるバルファラ(天国)へ旅立とう…
その思いを打ち破るかのような悲惨な言葉が叔母の口から発せられる。
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「お前…死のうなんて思ってやしないだろうね?
お前に幾ら金がかかっているとおもってるんだ!?死にたかったら
その金を返してから死にな!!」
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その言葉に、頭をうなだれたまま二階の自室へと戻り、何を思ったか小学生の頃、叔父から買ってもらった野球バットを手に取る。
扉を勢いよく開け放ち、階段を駆け下り台所へとむかう…
後ろ向きに家事を面倒臭そうにしている叔母の頭に彼はバットを振り下ろした。
躊躇などまったくなかった。
殺意という悪魔は、彼を完全に殺人鬼へと姿を変えていた。
一発目。
乾いた音、殺人鬼にはその音は素っ気ない愛想の無いモノに聞こえた。
二発目に放った音は、まるで、臨海学校の時に経験したスイカ割りの時の様な音。
3発目。
生ゴミの一杯に詰まったゴミ袋を力一杯殴ったらこんな音がするんじゃないだろうか…袋が避け、中身が飛び出るかの様に
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『ブッシャアア…』
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と軽快な音が部屋に轟く。
その後は彼は一心不乱…
目は血走り、唇を噛みちぎるくらいに噛みながら、でも、顔には笑顔に似た表情を浮かべながら、殴り続けた…
その後、血塗れの台所に真っ赤に染まったバットを放り投げ、息を切らしながら冷蔵庫を開けポカリスエットを出しラッパ飲みをする。
普段なら、叔母に叱られる行為…
だが、今なら誰一人彼を叱るものはない…
脳みそが辺り一面に散らばっている。
叔母の股辺りには、糞尿が零れ…
鼻を突く。
その光景に、まるでお笑い番組の笑どころを観たかのように高笑いをする卓也。
転がっているバットを拾い上げ、変わり果てた叔母の頭を突つく。
まだ、血液が残っていたのか、『ブリュ…』と音を立てながら血が吹き出る…
それに、また何が可笑しいのか笑う卓也…
時刻を見ると、叔父がそろそろ帰る時間。
風呂場に肉の塊とかした叔母の手を引きずり運ぶ。
廊下にペンキで塗りたくったような後が残る…
それも彼には不思議と笑えた…
家に響く彼の笑い声。
風呂場に着くと、叔母を抱え上げ浴槽に入れる。
しろいTシャツが元々赤かったのかと思うほどあかくそまる。
思いのほか重くやっとのおもいで、それを済ませると、浴槽上のシャワーの蛇口を捻った。
熱湯が真っ赤に染まった叔母の頭に掛かる。
血が洗い流され、死ぬ前と変わらぬ憎き顔が露わになる。
それを、無言のまま眺める…
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「あんたのおかげで、俺は地獄行きだよ…学校の図書館で読んだぜ…
人を呪わば穴二つ…
あはは…母さんの元に行くつもりが、またあんたの元に行くんだな…その時はまた殺してやるよ…くっくっく…あはは…あははははは!」
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おもむろに、ジーンズのポケットからカミソリを出すと、躊躇なく手首に斬り込みを入れる。
浅く入れた…それでも血の量は思いのほか多い。
大量の血が風呂場のタイルの上に滴り落ちる…
痛みは殆んど感じられない。
しかし、微かな快楽に満ちた感情とそれを上回る悔しさが頭に渦巻いていった。
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その時だった、
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「お前ら!何やっているんだ!!」
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叔父の声が風呂場にこだまする。
卓也はその声がする前にいつの間にか崩れ落ち目の前にタイルがあった。。。。。
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「叔……父…さん?」
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霞む目の前に真っ赤な血だけが流れていく…
意識の遠のくなか、叔父の声だけが耳を刺していた…
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「しっかり…ろ!!な…があ…た…だ!!」
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目を覚ますと、白い天井。
蛍光灯の光が眩しく感じられた。
横に目をやると、叔父が心配そうに涙を流しながら、彼の手をとり拝んでいた。
その横に見知らぬ男性が立っている。
見覚えがあるような…
その後、すぐに思い出した…
父親だった…
白髪がだいぶ増えているが間違いなく、アルバムで何度か見たことのある顔だった…
その横には、若い女性が赤ん坊を抱いて悲しそうな表情を浮かべている。その人には一切の覚えはない。
一度、目が覚めたものの、何らかの薬の影響で、また眠りに落ちる。
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また、目が覚めたのは、その翌日のことだった…
容体も落ち着き、叔父や父親などと話をする卓也。
もう少し遅ければ、命はなかった…
と医者に聞かされたという。
手首の傷は思いのほか深く、かなりの血が出ていたようだ…
父親は、今はリサイクルショップのオーナーをしているなどと話していたが、卓也にとってそんな話はどうでもよかった。
それよりも…
叔母を殺してしまったはずだった…
刑事事件となるだろう…
そう思っていた。
が、信じられないことに、叔母も命をとりとめて居ると、後で聞かされ卓也は、心の中でこう思った…
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(今度こそは…必ず)
作者ナコ