music:4
ハッ!
私が目を覚ますと、見知らぬ病院の天井が見えました。
視線を横に向けると、腕から伸びた管の先に、よく分からない黄色い液体の入った袋。
点滴というやつだ。
私はこの時人生で初めて、点滴というものを体験しました。
上体を起き上げると、頭の底から襲う目眩。
同時にボヤける視界の先に、こちらを振り向く二人の影があります。
......両親でした。
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「○○(私)っっ!!!!」
目に涙を浮かべ、抱きついてくる母親と、後ろでニッコリと微笑む父親。
私は、もう何年も会っていなかった気さえしました。
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「俺....どれくらい眠ってたの?」
「3日よ。
その間、ずっと眠れなかったんだから。」
再び涙が滲んできた母親の顔。
その時でした。
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コンコン....
病室を叩くノックの音。
「失礼します。
警察の者ですが....」
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少し強面な40代くらいの警察の男が、部下であろう2人を連れて入ってきました。
私は、今思えば失礼だったのかもしれませんが、まだ自由の効かない身体をベッドから降ろし、男にすがるように尋ねました。
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「あの....ノブは?
ヒロキさんはどうなったんですか!?」
病室に響く私の声。
恐らく、病室の外まで聞こえていたでしょう。
「そのことでね....
君に伝えに来たんだよ。」
どっくん...
締め付けられるように高鳴る鼓動。
男は一瞬間を置いて、私にベッドへ座るよう手を差し出し、口を開きました。。
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「まず、、二人とも無事だ。
命に別条はなかった。」
それを聞いた途端、私はその時初めてガクッと全身の力が抜け、はぁ〜っと息を漏らしたのでした。
「あの後...どのような状況だったんですか?」
「.....あぁ。」
男は、おもむろに財布から小銭を取り出し、部下に何か飲み物を買うように指示を出しました。
そして、私が意識を失った後の状況を話し出したのです。。
*************
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music:2
「君があの廃病院の入口付近で気絶したのを発見したのは、君が通報してきた約20分後くらいだった。
倒れる君の横には、相田ノブヒロ君が目の見えない不安と痛みで震えていたよ。
あの顔を見た時は、私も背筋が凍った。
そして改めて、応援を要請したんだ....。」
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(ノブ....あの後意識が戻ったのか。)
「そして君の言っていた通り、病院の地下にはエレベーターが落ちていた。
随分とグシャグシャになっていたよ。
にも関わらず、えーと、、
君の先輩である江田ヒロキ君だったかな?
彼は、脳震盪を起こして気絶していただけで、落下による外傷はほとんど見られなかった。」
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私はそれを聞き、心から驚いた。
目の前で、エレベーターが3Fから地下へ落ちる瞬間に居合わせた自分には、あの状況下での無傷というのが信じられなかったのだ。。
(あり....得るのか?そんなことが。
あの病院全てを巻きこむような衝撃の中、外傷が全くのゼロ....?)
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sound:18
「....ただ、ね。」
男は驚く私をチラッと見てから、意を決したように続けました。
「彼もまた、ノブヒロ君同様に目が無くなっていたんだ。
更に言えば....その....。」
男は少し口を濁らせた。
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「もちろん、もう少し検証してみんことには確定とは言えないのだが....
彼は、自分の手で目をえぐったようだったんだよ....。」
私はそこまで聞くと、急に嫌な汗が額から湧き出るのが分かった。
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(....どういうことだ?
確かにあの時、ヒロキさんはエレベーターへ乗る直前まで目はあったはずだ。
エレベーターに乗ってから自らえぐり取ったってのか...?
あの時間の中で....!?)
私は目を見開いたまま、男の話を聞き続けました。
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「結局、君たちを救急車に見送った後、20人程であの病院を捜査した。
私は絶句したよ。
308号室と、隠蔽されていた形跡のあった手術室の大量なカラスの死骸。
更に地下と、手術室からは白骨化した遺体も見つかってね....。
それに、1Fの病室からは設立者と見られる茂木道夫という人物の記録。」
男は、内胸ポケットから黒い本を取り出しました。
それは間違いなく、あの生贄記録でした。
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「それ....俺も拾って見たんです。
あの、もう一度見せてもらえませんか?」
私が頼むと、男は少し迷った様子だったが、「まぁ一度見ているということなら...。」と、本を私へ手渡した。
最初の病室で読んだこの記録。
私は、もう一度最初から目を通していきました。
途中、男の部下が缶コーヒーを買ってきて私に手渡してきましたが、私はコーヒーをあけることなく本を読み続けました。
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sound:18
「.....ん?」
記録の書かれたページの後に、汚れでくっついてしまっていたページの間。
あの時は紙の厚みだと思っていましたが、くっついたページの中に何かがある。
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ベリベリッ....
私は、その膨らんだページを少し無理矢理開けて見たのです。
すると、、
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sound:18
shake
「うわぁ!!!!」
思わず咄嗟に投げ捨ててしまった記録の本。
その本の合間から見える挟まった「何か」。
「な、なんだ....これは。」
男も、驚愕の顔で本を見ました。
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閉ざされたページの間には、絡み合った見覚えのある人間の頭髪が入っていたのです。
そう、それは忘れたくても忘れられない、あの「女」の不気味な頭髪。
ゾワゾワと沸き立つ鳥肌。
そして私はこの時、ある言葉を思い出したのです。
それは何年か前に見た、有名な霊能者の書いた本の内容の一部。
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「なぜ人の魂が、成仏せずに霊になるのだろうか?
霊とは、ほとんどの場合生前において強い怨念、または残留思念が残ってしまったのが原因だ。
そして、基本的に彼らは死んだその周辺から動けない。
よって、下手に関わらなければ人に害を及ぼすことは滅多にないのだ。
ただし例外はある。
霊が、生前に大切にしていたものや思い入れのあるもの、または身体の一部などを移動させてしまうと、霊はそれを通して移動する場合がある。」
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(まさか.....。)
悪い予感がしました。
しかし、もちろんこの説が本当かどうかは分かりません。
それでも、考えれば考えるほどに不安は募りました。
この本を通じ、もしもここへ「アレ」が来ているのだとしたら.....?
shake
「あ...あぁぁあぁぁあ!!!」
私はその瞬間、脳裏に焼き付いたあの「女」を見た時の映像がフラッシュバックして、叫んでしまったのです。
ガタガタガタガタ...
震える身体。
心配そうに立ち上がった両親が、必死に私を励ましました。
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しばらく震えが止まりませんでしたが、私が落ち着いてきたのを確認し、男は再び本を内胸ポケットへしまいました。
「すまない。
こんなものが挟まっていたのを見逃していたとは、、私のミスだ。
本当に申し訳ない。」
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男は、また少しの間を置いた後、話を切り替えて話し出した。
「それより、さっきも言ったが他の二人は無事だ。
相田ノブヒロ君は、少し今回のことで心に傷を負ってしまったようなので、私がそういう人を専門に見てくれるカウンセラーの方を紹介したんだよ。
今は、隣の精神科のある病棟にいる。」
カチッ
男は缶コーヒーをあけ、一口だけ口にした。
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「なに、心配することはないよ、彼の腕は確かだ。」
不安そうな顔をしていた私の気持ちを読み取ったのだろうか、男は気を使うようにそう言い足した。
(彼.....というと、そのカウンセラーの方は男なのだろうか?)
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「それと、江田ヒロキ君についてだね。
彼は、君と同様少し眠っていたようだが、昨日目を覚ましたそうだ。
ただ、食事を一切取らないようでね。。
もしかすると、ヒロキ君にもカウンセリングを受けてもらうかもしれない。」
そう言うと、男は更にもう一口、缶コーヒーを口へ運んだ。
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「なに、心配はいらないよ。
もう3日もすれば、君は退院できるだろう。
他の二人は目の治療があるから少し先になるが....
それでも、本当に命があって良かったな。」
男はそう言い残し、缶コーヒーを一気に流し込んだ。
そして、スッと立ち上がると、
「もし何かあればここに連絡してくれ。
あの病院についても、色々聞きたいことはあるのだが....
もう少し、君が落ち着いてからにしよう。」
と、一枚の名刺を私に手渡し、病室を後にした。
*************
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music:4
私は、もらった名刺を持ったまましばらく考えました。
あの夜のこと、「女」のこと、本のことを。
それでも私の中に残る様々な疑問を解く鍵は、この時はまだ、私は見つけられずにいたのでした。。
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******3日後******
「今日で退院ね!
あ、そうそう。あんたがあの日着てた服、ベッドの横に置いといたからね!
随分埃だらけだったみたいだけど、あんた勝手に服洗ったりすると怒るじゃない?
縮むだの伸びるだのって。
だから、一応洗わずにそこ置いといたわよ。」
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母親の話は長い。
本当は、「どんな服でも洗濯機にブチ込む母親が悪い!」と言い返したかったが、このまま続ければいつ話が終わるかわからないので、私は適当に流しました。
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その後少し会話をした後、母親はパートがあるからと病室を後にした。
母親が病室を出るのを確認した後、あの日着ていた服を紙袋にしまおうとしたその時でした。
クシャ...
(ん?ポケットに...何か入ってる。)
私はポケットに手を入れ、それを引っ張り出しました。
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sound:18
「あっ!」
私のポケットには、一枚の汚い紙切れ。
何も書いていませんでしたが、私はすぐにそれが何なのかを理解しました。
そう、それはあの病院の2Fで拾った一枚のお札。
あの時は確かに魔除けの文字のようなものが書かれていましたが、その文字は綺麗に消えていたのです。
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「あぁ....そっか。
お前が....俺を護ってくれたんだな。」
この時、なぜあの時私だけが何の被害も受けなかったのか。
なぜ一人だけ、操られずに済んだのか。
それは、唯一私だけが魔除けのお札を持っていたからだと、確信しました。
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恐らく、文字が消えたのは効力が無くなったからだろう。
あの凶悪な霊力には、一枚ではきっと効力が持たないのだ。
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(だから、あそこにはあんなに沢山のお札が貼られていたのか。。)
私はお札を握りしめ、額に当てながら少し涙を流しました。。
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music:2
****更に1ヶ月後****
私は、ヒロキさんが一時退院するということで、私が入院していた病院に向かっていました。
今日、ノブもカウンセリングが一通り終わったということで、退院する予定なのです。
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ヒロキさんに会うのは、あの時以来でした。
入院後、カウンセラーの方が退院するまで私と会わない方がいいだろうと言ったからです。
会って、あの日のことを余計に思い出す可能性があるからでした。
少し緊張しましたが、それよりも、死んだと思っていたヒロキさんが無事生きていたという事実が、本当に嬉しかったのです。
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(まず会ったら、たくさん謝ろう。
俺と違って、ノブもヒロキさんも目を失ってしまったんだ....。
命があっただけでもなんて、そんな甘い話じゃない。)
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私は一生をかけて、ノブとヒロキさんへ償うつもりでした。
例え、二人が私を許さなかったとしても。。
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病院へ到着する頃には、私は早足になっていました。
早くヒロキさんの顔が見たい、その一心で....
(えーと、、507....507.....。
ここだ。)
コンコン.....
「失礼します。」
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「その声.....○○(私)か?」
そこには、目を包帯で巻いたヒロキさんの姿がありました。
その姿を見た途端、悔しさと嬉しさが込み上げ、涙が止まらなくなりました。
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shake
「うぁぁぁあぁぁ!!
ヒ、ヒロキさん、あの時は俺...俺.....!
本当に....本当にすみませんでした。」
泣きつく私を、目は見えずともヒロキさんは悟ったのか、照れ臭そうに手で泣きつく私を追い払いました。
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「馬鹿、気にすんじゃねえよ。
それより俺達はあの日、確かに地獄にいたんだ。
なのに3人揃って生きて帰って来れたじゃねえかよ?
それだけでも、本当に...良かったよな。」
ヒロキさんは少し涙を堪え、ニッコリと微笑みました。
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(良かった....。
ヒロキさん、至って普通だ。。
少し痩せたけど、ちゃんとご飯も食べてるようだし。)
私は目の見えないヒロキさんに変わり、身支度を整えました。
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「行きましょうか。」
私はヒロキさんの肩を持ち、一緒に歩き始めました。
ゆっくりと、おぼつかない足取りのヒロキさんを支えながら。。
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ガッ...コン
ガー....
病院のエレベーターに乗ると、ヒロキさんは奥のエレベーター内に置かれた老人用の椅子に腰掛けました。
私が1Fのボタンを押し、扉が閉まったその時でした。
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music:3
sound:18
「あ...れ?」
ボタンを押しても押しても、反応しないエレベーター。
静まりかえる空間に、私は嫌な予感がしてきました。
そして、それを紛らわせるようにヒロキさんに話しかけました。
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「ヒロキさん、おかしいんですよ〜ボタンが反応しないんです。
緊急ボタンも押してるのになぁ。」
「・・・・・・・・・・・。」
相変わらず静まりかえる空間。
さっきまで、あんなに楽しかったのに。。
私の頭の中は、すでに楽しさなどは吹き飛び、変わりに不安が埋めつくしていきました。
「ヒロキ....さん?」
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「......ノブが死んだよ。」
「....えっ?」
(聞き間違いだろうか?
今...ノブが死んだって言わなかったか?)
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「え、あ、ヒロキさん、すいません。
もう一度言ってもらってもいいですか?」
ヒロキさんに背を向けたまま、私はもう一度聞き直しました。
「ノ、ノブが.....し、し、死んだんだよぉ....。
...は...はは....ひは...」
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shake
(ま、まさか....。
信じられない。
それに、ヒロキさんはなぜそんなことを知っているのだ...?
しかも、まさか笑ってる....のか?)
ヒロキさんの顔を確認しようと、振り返ろうとした次の瞬間、
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shake
sound:32
プルルルルルルル...
shake
sound:32
プルルルルルルル...
身体が悲鳴をあげるように、ビクっとしました。
電話....?
誰からだろう。
着信名を見ると、そこには
「母親」と書いてありました。
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「も...もしもし....?」
私は恐る恐る電話に出ましたが、電話の向こうはいつもの母親の声でした。
....しかし、少し様子がおかしい。
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「あ、あのね....
落ちついて聞きなさい。
今さっき、ノブ君の家から電話があって...その...
ノブ君、今朝亡くなったんですって。」
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カシャーン...
私は、思わず携帯を落としてしまいました。
携帯の奥では、母親の声が聞こえていましたが、今の私には携帯を拾う余裕すら残されてはいなかったのです。
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(うそ....だろ?)
湧き上がる冷汗。
そして、背中には重たく冷たい空気を感じました。
....息苦しい。
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(この感じ...身に覚えがある。。
「女」と向き合った時の、あの感じとよく似てる....。
....後ろにいるのは、本当にヒロキさん...なのか?)
そこで初めて気付く身体の異常。
shake
(....まただ。
身体が...動かない...!)
その時でした。
ゴー....
エレベーターが動き出したのです。
しかし、以前として動かない身体。
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shake
「!!!!!!!」
(な、なんで....。
俺は1Fを押したはずなのに。。
なんでこのエレベーターは上に昇ってるんだ....?)
最上階である10Fへ着く直前のことでした。
私のすぐ後ろ、耳の裏あたりから、ヒロキさんではない聞いたこともない低く不気味な声がしました。
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「シ....ネ.....」
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ガッ....コン...
エレベーターの扉が開いた。
sound:18
shake
「〜〜〜〜っっ!!!?」
そしてそこには、全身が青白く、皮だけの細い身体、ボサボサの絡みあった髪。
その髪から垣間見える穴の空いた二つの目。
あの「女」が、そこに立っていたのです。
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私は、この時全てを悟りました。
(あぁ....そういうことだったのか。。)
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あの時、ヒロキさんを振り切ってこの女の跡を追って見つけた記録。
それを私は今まで、女がなぜ自分がこうなってしまったのか、どんな仕打ちを生前に受けていたのかを知らせるために、私をあの場所へ案内したのだと思っていました。
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...そんなんじゃない。
あれはヒロキさんの言っていた通り、罠だったんだ。
「女」は、私が魔除けのお札で護られていることを知り、自分の一部である髪が入ったあの本を私に持たせようとしていたのだ。
ところが、私が運良くそれをその場に置いてきてしまった。
だから、私が外へ出ても追っては来れなかったのだ....。
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そして外へ出れない女は、憑依していても、警察に保護され救急車へ運ばれたヒロキさんについていくことは出来なかった。
だから、お札を持たない無防備なあの警察の男に一度憑依し、あの本を見つけさせ外へ持ち出させた。
そして再び、この病院で入院していたヒロキさんを見つけ、憑依したのだろう。。
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(なら、なぜ病院で男と俺が接触した際に俺に憑依しなかったのだ....?)
答えは簡単だった。
ついさっきまで、この場にいるヒロキさんへ憑依していたこの「女」が、開いたエレベーターの扉の外にいるということは、恐らく今ヒロキさんへの憑依を解いたのだ。
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今この場で、二人まとめて殺すために.....。
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music:7
閉まりゆくエレベーターの扉の奥で、「女」はニタァと微笑んだ。
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(現実はいつだって残酷なものだ。)
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「あぁ.....本当に..そうだ。」
私は、凄まじい勢いで落ちるエレベーターの中で呟いた。
終
作者鳴終魏-NAOKI-
このお話は、以前投稿させていただきました、「廃病院-霊安室-」
の続編となり、最終編となります。
※この物語はフィクションです。
物語の冒頭にある実話というのは、この物語内の(私)の実話であり、著者である私NAOKIの実話ではありません。
予めご了承下さい。>_<
これまで読んでくれた全ての皆様へ、感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
最後まで、ぜひ皆様の怖い時間のお手伝いになれば幸いです。
どうぞ、ご感想や意見、質問などございましたら、遠慮なく言ってください。
それでは、失礼いたします。。。
※一度更新したのですが、コメントを返信しようと送信中に携帯がおかしくなり、いつの間にか非公開になっていました。
申し訳ございませんでした。